護衛料もとい身代金1万文を要求する侍に即答で払うと話周囲が驚く。そして腹減っちるやろうからと飯をふるまう
博之は、座敷の真ん中に一万文の包みを置いたまま、六人の地侍を見た。
「まず、勘違いせんように言うとくけどな。これは払う」
年かさの地侍が、少しだけ目を細めた。
「払うんか」
「払う。名張と上野の二人を、ここまで連れてきた。守ったと言うなら、まあ、
そういう言い分もあるやろ。半分は身代金みたいなもんやとしても、払う」
ヨイチが横で少し眉を寄せた。
和尚は静かに見ていた。
博之は続けた。
「ただし、飯食いながら聞け。腹減ったままやと、話が荒れる」
膳が出された。
豚汁、混ぜ飯、焼き飯、すり身天、漬物、麦茶。
六人は最初こそ警戒していたが、一口食べると、すぐに目つきが変わった。乱暴な箸使いで、
がつがつと食べ始める。
「……うまいな」
「なんやこれ」
「飯屋やからな」
博之はそう言って、少し待った。
腹に物が入ると、人間の顔は変わる。先ほどまで張り詰めていた空気が、少しだけ緩んだ。
「飯食ったら、あとで湯浴みもしていけ。汚いからな」
「おい」
「悪口ちゃう。道中歩いてきたんやろ。うちの高い湯あみも使わせたる。麦茶と饅頭もあるから、
それも食え。甘いもん食ったら、もうちょっと話聞ける顔になる」
地侍の一人が、困ったように笑った。
「なんや、この飯屋」
「で、本題や」
博之は一万文の包みを叩いた。
「あんたらが言うてる一万文。これは大金や。けどな、うちの感覚で言うたら、
六人が一か月働いたら届く金額や」
「何?」
「今、うちの雇いたてのお侍さん衆は、一日四十文からや。飯と寝床つきでな」
「四十文?」
「そうや。飯つき、寝床つき。月にしたら、一人千六百文ぐらいや。六人なら、九千六百文。
まあ手当やら何やら入れたら、一万文から一万二百文ぐらいにはなる」
地侍たちの箸が止まった。
「つまりな。お前らが今日、名張と上野の二人を連れてきて取ろうとしてる一万文は、
うちで六人が一か月働いたら、普通に出る額や」
「……たかが飯屋が、なんでそんな金を出せる」
年かさの男が低く言った。
博之は、ヨイチを見た。
「ヨイチ、この前の半月の売上、松坂と伊勢でざっくりなんぼやった」
ヨイチは帳面を抱えたまま、少し考えて答えた。
「ざっくりで言えば、松坂が九十万文ほど、伊勢が四十万文ほど。合わせて百三十万文ほどです」
「利益やなくて、売上やぞ」
「はい。売上です」
六人は、完全に固まった。
「百三十……万?」
「半月でか?」
「飯屋が?」
博之は頷いた。
「そうや。もちろん、そこから仕入れも人件費も寄進も設備も出ていく。
全部が手元に残るわけちゃう。けど、銭は動いとる。飯でそれだけ動いとる」
「飯で……」
「そうや。腹減った人間に飯を食わせる。うまけりゃまた来る。人を雇う。店を増やす。魚を買う。
米を買う。味噌を買う。そうやって銭が回る」
若い地侍が、信じられないという顔でヨイチを見た。
「その小僧も、そんなにもろてんのか」
博之は、にやりとした。
「そうや。ヨイチ、お前、今一日なんぼやったっけ」
ヨイチは少し嫌そうに答えた。
「一日百八十文です」
「ほらな」
地侍たちがざわついた。
「百八十文?」
「小僧が?」
ヨイチがむっとした。
「小僧ではありますが、帳面を見ています」
博之は笑いながら言った。
「この子坊主もな、最初は飯をじいっと見てたんや。拾った時は、ほんまに何もなかった。
最初は十文とか、飯と寝床をどうするかってところからや」
ヨイチは少し目を伏せた。
「旦那様、そこまで言わなくても」
「ええやろ。今は一日百八十文や。月でざっくり五千文はもろてる」
地侍たちは、もう言葉が出なかった。
「うちでは、ちゃんと働けば上がる。お侍さん衆も、最初は四十文や。でも使えるとなれば、
すぐ上げる。護衛ができる、道を知ってる、買い付けができる、危ないところを見分けられる。
そういう者には銭を出す」
博之は、一万文の包みに手を置いた。
「だから聞け。この一万文を取って帰るのは簡単や。でもそれは一回で終わりや。
次はまた誰かを捕まえなあかん。そんなことを続けて、気持ちよく寝られるんか」
六人は黙っていた。
「逆に、うちとつながったらどうなるか。伊賀の道、名張の道、信楽焼、大和の細麺、
山の物、川の物。そういう情報や荷を持ってこれるなら、銭になる。しかも次がある」
和尚が、静かに頷いた。
博之は声を少し落とした。
「一万文は払う。けど、それで終わるか、始まるかは、お前ら次第や」
地侍たちは、目の前の飯と、一万文の包みと、半月百三十万文という途方もない話の間で、
ただ黙っていた。
ようやく年かさの男が、かすれた声で言った。
「……ほんまに、飯屋なんか」
博之は即答した。
「飯屋や」
ヨイチが横から、ぼそりと言った。
「ただし、かなりおかしい飯屋です」
その言葉に、座敷の空気が少しだけ緩んだ。




