表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

162/290

松坂城主から手紙が来る。寄進と飯多めにとのこと。内宮のこと、長野家のこと。全部知ってるwww

松阪の城主から手紙が届いた。

文面は、いつもより少し軽かった。

 最近、ずいぶん面白い動きをしているそうやな。

 一度、話を聞かせに来い。

 寄進よりも、飯を多めでよい。

 家臣たちにも振る舞いたい。

 それを読んだ博之は、しばらく黙った。

「……これは、耳に入ってるな」

 ヨイチが帳面を抱えながら頷いた。

「入ってますね」

「内宮さんのことか」

「それもでしょう」

「津のことか」

「それもでしょう」

「長野様のことか」

「確実にそれもでしょう」

 博之は頭を抱えた。

「全部やないか」

「全部ですね」

 お花が静かに言った。

「ただ、文面は怒っているというより、話を聞きたいという感じですね」

「それが逆に怖いねん」

 博之は布団から起き上がった。

「とりあえず、寄進は一万文。飯も一万文分ぐらい出す」

「かなり持っていきますね」

「飯多めって言われてるんやから、飯多めや。あと、蔵から出せるものは出す。

 松阪で買い付けられるものは買い付ける。上司のところに行くのに、

 松阪に金落とさんかったら、また何言われるか分からん」

「正しいです」

「それと、朱印付きの油吸い紙も持っていく」

 ヨイチが顔を上げた。

「丸に井戸の井の紙ですね」

「そうや。たぶん内宮の話はもう通ってる。なら、実物を見せた方が早い」

「すり身も持っていきますか」

「持っていく。棒串と、小判型の平たい練り物。揚げたてを出すのが一番やけど、

 ある程度は包んで渡せる形にする。朱印の紙で包んで、家臣たちに配る」

 お花がすぐに段取りを考え始めた。

「では、店の者を何人か連れていきましょう。台所をお借りできるなら、

 現地で揚げた方がよろしいです」

「そうやな。城主に冷めた飯出すわけにはいかん。台所借りて、鮪も少し煮よう。

 焼き飯も少し出す。すり身は目の前で揚げる」

「家臣の方々にも?」

「もちろんや。今回の主役は、城主だけやなくて家臣たちや。飯を食わせたら、

 だいたい空気が柔らかくなる」

 ヨイチがぼそりと言う。

「旦那様の常套手段ですね」

「飯屋やからな」

「外交飯屋です」

「変な言葉作るな」

 そうして博之は、店の者を引き連れて松阪の屋敷へ向かった。

 寄進一万文。

 飯一万文分。

 朱印付きの油吸い紙。

 棒串のすり身。

 小判型の練り物。

 鮪の煮込み。

 焼き飯。

 漬物。

 まるで飯会を一つ持ち込むような荷であった。

 屋敷に着くと、城主はすでに待っていた。

「来たか」

「お呼びいただき、ありがとうございます」

「飯多めと言うたやろ」

「はい。多めに持ってまいりました」

 城主は、荷の量を見て笑った。

「ほんまに多いな」

「家臣の皆様にも、とのことでしたので」

「そうや。今日はわし一人で食うつもりはない。お前の飯と、噂の品を見せたい」

 博之は頭を下げた。

 すぐに台所を借り、連れてきた店の者たちが動き始めた。油を温め、すり身を成形し、

 棒串と小判型を揚げる。鮪は出汁で温め直し、焼き飯は小さめに分ける。漬物も添える。

 やがて、まず城主へ膳が運ばれた。

 すり身の棒串。

 小判型の練り物。

 鮪の煮込み。

 焼き飯。

 混ぜ飯。

 漬物。

 上司は棒串を手に取り、朱印付きの油吸い紙を見た。

「これが噂の、丸に井戸の井か」

「はい。伊勢松坂屋の印でございます」

「内宮さんで歩いとるやつやな」

 博之は少し固まった。

「そこまでご存じで」

「知っとるわ」

 城主はにやりと笑った。

「だいぶ派手にやってるらしいな」

「ご挨拶が遅れまして、申し訳ありません」

「短期間や。そこは別にええ。だから飯多めにと言ったやろ」

 城主は朱印紙を指で弾いた。

「お前、ちゃんと空気読んで、これを持ってきてるやないか。内宮で何かあったんやろ」

「はい。先だって、半月に一度、内宮さんの端で鮪とすり身を出させていただきまして」

「一刻で売り切れたそうやな」

「……はい」

「その後、十万文出したら常設してええと言われたんやろ」

 博之は息を止めた。

「その話まで」

「知っとる」

 城主はすり身をかじった。

 しばらく黙り、うなずく。

「うまいな。これは売れるわ」

「ありがとうございます」

「で、十万文は?」

「納めました」

 城主は笑った。

「やっぱりな。お前なら出すと思った」

「出さない方がよかったですか」

「いや。出せるなら出した方がええ。条件として書かれたなら、払って道を取る。そこはお前らしい」

 それから、家臣たちにも飯が振る舞われた。

 揚げたてのすり身を、朱印付きの油吸い紙で包んで渡す。家臣たちは最初こそ

 物珍しそうにしていたが、一口食べると目の色が変わった。

「これはうまい」

「魚のすり身でこれか」

「紙に印があると、なんか格好がつくな」

「内宮で売れるのも分かる」

 そんな声が広がる。

 博之はその様子を見て、少し胸を撫で下ろした。

 すると上司が、鮪を食べながら言った。

「あと、長野の方でも何かあったらしいな」

 博之はまた固まった。

「……それもですか」

「長野のばか殿が、飯を城まで持ってこいと言うたんやろ」

 家臣たちの何人かが笑いをこらえた。

「それでお前が、城へは持っていけません、寺で食べてくださいと言うたと」

「はい」

「九鬼まで呼んでな」

「念のためです」

「念のために水軍呼ぶ飯屋がおるか」

「切られたくなかったので」

 城主は声を出して笑った。

「そこが面白いんや。今日呼んだ理由は、それを聞きたかったからや」

「ご心配をおかけしました」

「心配というより、面白そうやった」

「面白がらないでください」

「いや、面白いやろ。長野の殿に“城へ飯を持ってこい”と言われて断る飯屋やぞ」

 城主は、すり身をもう一つ取った。

「それで、長野はどうなった」

「飯を食べていただいたところ、港と郊外に横丁を作ってよいと。将来的には城下も、と」

「ほう」

「ただし、津の者を雇い、津の魚を使い、津に銭を落とせ、と」

「まともなところに落ちたな」

「はい。切られずに済みました」

「そらよかったな」

 城主は、にやりと笑った。

「しかし、長野のばか殿より、うちの方が先に城へ来させて飯を食うてるやろ」

 博之は思わず顔を上げた。

「その言い方をされますか」

「するわ。お前は松阪の飯屋や。まずうちに顔を出すのが筋や」

「はい。申し訳ありません」

「まあ、今回は飯が多いから許す」

 家臣たちが笑う。

 城主は少し真面目な顔になった。

「ただし、博之」

「はい」

「伊勢、内宮、津、九鬼、長野。お前の飯は、もう飯だけで済まんところまで来ている」

「……はい」

「だからこそ、松阪を軽く見るな」

「見ておりません」

「ならよい。松阪に金を落とし、松阪の者を食わせ、松阪の顔も立てろ」

「承知しております」

「そのうえで、面白い話はちゃんと聞かせに来い」

「そこですか」

「そこや」

 城主は笑いながら、朱印付きの紙を家臣に見せた。

「見ろ。飯屋が印を持ち、内宮で売り、長野を寺に呼ぶ時代や」

 家臣たちは、感心したように、あるいは呆れたようにその紙を見た。

 博之は深く頭を下げながら、心の中で思った。

 情報、回るの早すぎるやろ。

 だが同時に、少し安心もしていた。

 怒られたわけではない。

 見られている。

 試されている。

 そして、飯を持ってくれば話を聞いてくれる。

 松阪は、まだ自分の根っこである。

 その根っこに、丸に井戸の井の朱印付きのすり身が、いま家臣たちの手で配られていた。

 城主は最後に、鮪の椀をすすりながら言った。

「次は、内宮の常設がどうなったか聞かせに来い」

「はい」

「飯多めでな」

「……承知しました」

 博之は苦笑しながら、もう一度頭を下げた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ