内宮さんから手紙が来る。失礼な手紙でごめんwww寄進いらないし店舗立ち上げの時に来るならお話したい
内宮さんから、また文が届いた。
その知らせを聞いた瞬間、博之は布団の上で、少しだけ身構えた。
「……またか」
ヨイチが帳面を抱えたまま、にやりとする。
「旦那様、今度は何文と言われますかね」
「やめろ。十万文の次に何言われるか分からんやろ」
お花が文を差し出した。
「ですが、文面は少し柔らかいように見えます」
「柔らかい?」
博之は文を受け取り、ゆっくり開いた。
そこには、先日の文について、少し不躾であった、という謝意が書かれていた。
内宮側としても、飯屋に対してあのような書きぶりをしたことは、いささか強かった。
ただ、立場上、こちらから飯屋へ謝りに行くことは難しい。
ついては、次に内宮の端で店を出す折、博之にも来てもらい、少し話ができないか。
その際、あらためての寄進は不要である。
博之は読み終え、しばらく黙った。
「……なんやこれ」
ヨイチが文を覗き込み、読み終えると、思わず笑った。
「さすがに、失礼やったということは分かったんでしょうね」
お花も口元に手を当てて笑う。
「旦那様が顔も出さず、十万文だけをぼんと置いて帰らせたのでしょう。向こうも、
“これは機嫌を損ねたな”と思われたのでは」
「別に機嫌損ねたわけちゃう」
「損ねてました」
ヨイチが即答する。
「旦那様、雑に扱われるのが大嫌いですから」
「それはそうやけども」
「しかも、まだ常設もしていない段階で、十万文という札を出されたわけです。
世知辛い世の中ではありますが、銭で門をでかく見せるやり方は、少し下品に見えたのでしょう」
「お前、言うなあ」
「向こうもそれに気づいた。けれど、内宮さんの立場として、飯屋へ頭を下げに来るわけにはいかない。
だから、“次に来た時に話しましょう。寄進はいりません”という形にした」
博之は文をもう一度見た。
「つまり、開店挨拶みたいなもんか」
「はい。常設立ち上げの時に、旦那様も顔を出してください。その時に追加の金はいりません、
ということですね」
「嫌味の一つでも言うたろかな」
お花が即座に首を振った。
「神様に怒られそうなので、やめてください」
「神様相手に嫌味言うわけちゃうやん」
「内宮さんで嫌味を言う時点で危ないです」
ヨイチも頷く。
「旦那様、今回は行った方がいいと思います。向こうも折れてきている。こちらも、
十万文を出して常設する以上、顔を合わせて筋を通した方がいいです」
「まあ、それなら行ってもええな」
博之は少しだけ肩の力を抜いた。
「ただ、次の帳面が怖いわ」
「今回の帳面も怖いですが、立ち上がった後の帳面はもっと怖いですね」
「言うな」
「内宮常設、伊勢城下、津の港と郊外、津便一万文、すり身値上げ、鮪の量調整。全部乗ります」
「言うなって」
博之は頭を抱えた。
「伊勢へ行く時は船やろ」
「はい。九鬼様にお願いすることになりますね」
「立ち上げやし、二万文ぐらい包もうかなと思ってる」
「もう帳簿に書いておきます」
「まだ決めたとは言うてへん」
「旦那様の“思ってる”は、だいたいやるんです」
「腹立つな」
ヨイチはさらさらと帳面に書き込んだ。
「九鬼様への立ち上げ礼、二万文見込み、と」
「ほんまに書くな」
「必要です」
お花が少し考え込む。
「ただ、その話を九鬼様にされたら、鳥羽や志摩の話が出るかもしれませんね」
ヨイチも頷く。
「出ますね。内宮で常設できるなら、鳥羽や志摩にも港横丁を作ってくれ、と言われると思います」
「そこには乗らん」
博之は即答した。
「乗らんというより、いきなり横丁は無理や」
「では、飯会からですか」
「そうや。志摩は特に飯会や。いきなり店を出しても、人も道も分からん。まずは飯会で、
何が取れて、誰が動けて、どこに寺や神社があるかを見る」
「鳥羽は?」
「鳥羽は少し違う。伊勢から鳥羽へつなぐ道を考えなあかん。海道なのか、船なのか、
直接なのか。鳥羽の高台、港、城下町っぽいところ。その三つがどうつながるかを見ないと
横丁は出せへん」
ヨイチが少し驚いたように博之を見た。
「旦那様、だんだん腹芸ができるようになってきましたね」
「なんやそれ」
「昔なら、“面白そうやな、やろか”って言ってました」
「今も思ってる」
「でも、口では“飯会から”と言えるようになっています」
「成長やな」
「怖い成長です」
博之は苦笑した。
「九鬼様にはこう言う。鳥羽と志摩に興味はあります。ただ、横丁はまだ早い。
まず飯会。特に志摩は飯会。鳥羽は、伊勢からの道と港の筋を見てから。うちが勝手に出ると、
また周りに迷惑をかける」
「かなりまともです」
「わしは元々まともや」
「それは帳面が否定しています」
「帳面を人格判断に使うな」
お花が文を丁寧に畳んだ。
「では、内宮さんには、次の出店時に旦那様も伺うと返しましょうか」
「うん。追加の寄進はいりませんと言われたんやから、持っていかん。けど、手ぶらも変やから、
飯の見本と、朱印紙の包みぐらいは持っていく」
「それはよろしいかと」
「嫌味は言わん」
「絶対ですよ」
「言わんて」
ヨイチが疑わしそうに見る。
「旦那様、“十万文は重かったでしょうか”とか言わないでくださいね」
「……言わん」
「今、少し言いたそうでした」
「言わんって」
座敷に笑いが起きた。
内宮さんは、一度、強く出た。
博之は、十万文を黙って出した。
そして今、内宮さんの方から、少しだけ歩み寄る文が来た。
銭だけではなく、顔を合わせる段階に入った。
それは、内宮常設が本当に始まるという意味でもあった。
博之は文を見ながら、小さく呟いた。
「また、えらいところに足突っ込んだな」
ヨイチがすぐに返す。
「もう足どころか、店を出すんです」
「言うな」
「内宮、伊勢城下、津、次は鳥羽と志摩の話まで出るかもしれません」
「だから飯会からや言うてるやろ」
「はい。旦那様がそう言えるようになっただけ、まだ救いがあります」
「なんで上からやねん」
お花が笑いながら、茶を淹れ直した。
「まずは内宮さんとのお話ですね」
「そうやな」
博之は茶を受け取り、少しだけ真面目な顔になった。
「常設するなら、周りに嫌われんようにせなあかん。内宮さんにも、九鬼様にも、伊勢の店にも、
津にも。飯だけうまくても、筋を間違えたら終わりや」
ヨイチは頷いた。
「その通りです」
「ほんま、飯屋って面倒やな」
「旦那様の飯屋だけです」
「それも言うな」
丸に井戸の井の朱印は、いよいよ内宮の端に常に置かれようとしていた。
その前に、博之は一度、顔を出すことになる。
十万文を黙って出した飯屋として。
そして、これから内宮で飯を売る者として。




