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津のご飯会で長野様と対峙前に住民への振る舞い飯。100人前すぐなくなりそうやwww

伊勢便は、ひとまずこれまで通り四万文。松坂の買い付けも四万文。

 内宮の方は、十万文の寄進を持たせる。次の半月一回の百食限りも準備させる。常設の話も進める。

 だが、博之の頭は、すでに別のことでいっぱいだった。

「内宮さんは大事や。大事やけど、いったん置いとこう」

 博之は、麦茶を飲みながら言った。

「こっちは長野様に切られる準備に行かなあかん」

 ヨイチが帳面から顔を上げる。

「切られる準備って何ですか」

「鎖帷子でも着ていくか」

「やめてください。そんなものがちら見えしたら、逆に切られます」

「なんでや」

「九鬼様と一緒に来て、鎖帷子まで着ていたら、“こいつ、こちらを斬りに来たのか”と思われます」

 お花も苦笑する。

「仏様の前で首をはねられて、頭を納めに来たみたいになりますね」

「物騒やな」

「旦那様が物騒なことを言うからです」

 博之は腕を組んだ。

「ほな、丸腰で行くか」

「それが一番です」

「丸腰で領主様に“城には飯持っていきません”って言うんか。怖すぎるやろ」

「怖いですが、筋は通っています」

「筋で斬られたらどうすんねん」

 博之は少し黙ったあと、ふざけたように言った。

「子供でも作っといたらよかったな」

 場が一瞬止まった。

 博之は周りを見回し、わざとらしく声を張った。

「今から子供を作りたいと思う者は前に出ろ」

 お花が即座に冷たい目を向けた。

「旦那様、最低です」

「冗談やん」

「冗談でも最低です」

 ヨイチも呆れたように言う。

「切られる前に、店の中で刺されますよ」

「それは嫌やな」

 女衆たちは奥で笑っていた。

「でも、旦那様」

 お花が少しだけ真面目な声になる。

「本当に気をつけてくださいね。旦那様が今切られたら、飯だけは百年残るかもしれませんけど、

 私らは路頭に迷います」

「いや、笑いながら言う話ちゃうやろ」

「だって、旦那様がめちゃくちゃですもん」

 ヨイチも肩をすくめた。

「内宮に十万文を即日で出して、長野様には城へ飯を持っていきませんと言いに行く。

 普通に考えて、だいぶめちゃくちゃです」

「でも筋は通ってるやろ」

「筋は通ってます。だから余計に面倒なんです」

「なんでみんな笑うねん。結構深刻な話やぞ」

「深刻なのに、旦那様の動き方が面白すぎるんです」

 そう言われ、博之は不満そうに麦茶を飲み干した。

「ほな行くぞ。切られへんように祈っといてくれ」

「祈るだけはしておきます」

「助けには来てくれへんのか」

「まず斬られないように喋ってください」

 そんなやり取りをしながら、博之は津へ向かう準備を整えた。

 今回は九鬼水軍にも話を通してある。運賃分とは別に一万文を積み、飯会への参加と

 立ち会いを頼んだ。建前は炊き出しへの招待。実際には、長野の殿様相手に博之が

 一発で斬られないための用心棒である。

 津の港に着くと、空気は思っていたよりも明るかった。

 前回の飯会で鮪とすり身を食べ損ねた者たちが、早い時間から集まっていた。

「あ、伊勢松坂屋や」

「この前の鮪、もう売り切れてて食えへんかったやつや」

「今日こそ食うぞ」

「すり身の平たいのもあるんか」

 そんな声が、あちらこちらから聞こえた。

 九鬼の若い衆が、博之の横で笑う。

「旦那、すごい人気やないですか」

「人気というか、飯目当てやろ」

「それが一番強いですわ。これ、ほんまに国取れますで」

「やめろ。今日その言葉を聞かれたら、マジでばっさり行かれるかもしれへん」

「国は取れなくても、ちょっとした領地ぐらいなら取れそうですね」

「もっとやめろ」

 九鬼衆はげらげら笑った。

「笑いごとちゃうねん。わしは今から領主様に、城まで飯は持っていきませんって言うんやぞ」

「それを言える飯屋が、もう普通やないです」

「飯屋や」

「飯屋が一番怖いんですわ」

 港から寺へ向かう道でも、町の者たちがちらちらとこちらを見ていた。伊勢松坂屋の名は、

 前回よりも明らかに通っている。博之はその視線を感じながら、少しだけ背筋を伸ばした。

 寺では、住職が待っていた。

「松坂屋さん、ようお越しくださいました」

「本日はまた場所をお借りいたします」

「いやいや、こちらこそ。前回はたいへんな評判でした。今日も早くから人が来ております」

「今回は、先着百人分を振る舞いにします」

「百人分ですか」

 住職は目を丸くした。

「はい。その後、二百人分ほど販売します」

「羽振りがよろしいですね」

「羽振りというより、今回は筋を通すためでもあります」

 博之は少し苦笑した。

「ただ、値段は今回限りになるかもしれません」

「と言いますと」

「前回は五十文で出しました。今回も五十文で出します。ですが、次からは、

 鮪鍋は五十文でも量を少し減らします。すり身の天ぷらは七十文にそろえる予定です」

 周りにいた寺の者たちが、思わず声を上げた。

「七十文ですか」

「高くなりますな」

「はい。けれど、その分、味違いをそろえます。普通、しょうが、しそ、ごぼう、タコ、イカ。

 棒串と平たい小判型。選べるようにします」

「それでも、上がりますか」

「上げます」

 博之ははっきり言った。

「理由がございます。内宮さんで飯を出しているのは、ご存じですか」

 住職は首をかしげた。

「内宮さんで、ですか?」

「はい。半月に一回だけ、端の方で鮪とすり身を出させてもらっております」

「そんな話、聞いておりませんでした」

「前回、五十個だけ出しました」

「それで?」

「一刻ほどで全部売れました」

 住職の顔が固まった。

「一刻で」

「はい。しかも、内宮価格です。すり身は八十文、タコやイカ入りは百文。鮪も百文で売れました」

「百文……」

 寺の者たちがざわついた。

 九鬼の若い衆が横でにやにやしている。

 博之は続けた。

「その結果、内宮さんから、量を倍にしてもいい、ただし値段は下げるな、という話が来ました。

 さらに十万文ほど寄進すれば、一角で常設してもよいと」

「常設……」

「はい。ですので、津でいつまでも同じ量、同じ値段で出すわけにはいかなくなりました」

 住職はしばらく黙っていた。

「なるほど。内宮で百文のものを、こちらで大きく安く出しすぎると、筋が合わなくなるわけですな」

「そうです。津の方々に食べていただきたい気持ちはあります。けれど、飯の値打ちを崩すと、

 内宮にも、伊勢にも、こちらにも迷惑がかかります」

「飯にも、筋があるのですね」

「ございます」

 博之は小さく頭を下げた。

「ですので、今日は百人分を無料で振る舞います。これは寺と津の方々へのご挨拶です。

 その後の販売も、今回限りの値で出します。次からは値と量を整えます」

 住職は、感心したように頷いた。

「ただ飯を配るだけではないのですな」

「飯屋なので、飯で筋を通します」

「飯屋というより、もう何か別のものに見えますが」

「それは言わないでください」

 そこへ、外から人の声がした。

 すでに境内の外には、百人を超える人が集まり始めていた。

「もう始まるんか」

「鮪はあるんか」

「すり身の棒は?」

「今日は食えるんやろな」

 博之はその声を聞いて、思わず顔をしかめた。

「……これ、百人分、すぐなくなるな」

 ヨイチが冷静に言う。

「なくなりますね」

「二百人分の販売も?」

「たぶん、足りません」

「やめろ。今日は長野様に斬られんようにするのが主目的やねん」

「飯が売れすぎると、また話がややこしくなりますね」

「ほんまそれや」

 九鬼衆が笑った。

「旦那、斬られる心配より、飯が足りる心配した方がええんちゃいますか」

「どっちも嫌や」

 寺の境内に鍋が据えられ、油が温まり、すり身の香りが立ち上がる。

 鮪の出汁の匂いが、風に乗って広がった。

 津の人々は、すでに待ちきれない顔をしている。

 そして博之は、その奥でいつ長野の殿様が現れるのかを考えながら、静かに息を吐いた。

 飯は好調。

 好調すぎる。

 だからこそ、今日の話は難しい。

 寺で熱々の飯を出す。

 城へは持っていかない。

 九鬼水軍もいる。

 住職もいる。

 津の者も見ている。

 ここで筋を通せるかどうか。

 博之は湯気の向こうに、まだ見ぬ長野の殿様の顔を思い浮かべた。

「……切られませんように」

 小さく呟くと、ヨイチが横で言った。

「その前に、焦がさないでください」

「そっちかい」

「飯屋ですから」

 博之は苦笑しながら、最初のすり身を油へ落とした。

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