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長野家の家臣が浮かない顔をしている。せっかく津の飯会ができるのに城主の金の渋りがひどい。博之が助け舟を出すのと北畠、九鬼水軍に寄進をして仁義通しに行く

長野家の家臣との話は、ようやく形になりかけていた。

 津の郊外では半月に一回、寺で飯会。

 津の港では、寺と神社で半月に二回、鮪の煮込みとすり身天の飯会。

 先着五十人は無料。その後は販売。

 九鬼水軍の船代五千文は、長野家と折半。

 そういうところまで話は来ていた。

 けれど、長野家の家臣はどこか浮かない顔をしていた。

「ここまで書面にしたためて、色々と詰めていただいたのに、半月で五千文の半分を渋られて、

 港の飯会が半月に一回だけで終わるのは、正直、もったいない気がします」

 博之は茶碗を置いた。

「まあ、そうですね」

「殿は、一回見て、反応が良ければ考えると言っております」

「それは分かります。分かりますけど、最初の一回だけやと、

 港の寺か神社のどっちかしか顔をつなげませんしね」

「そうなんです」

 家臣は苦い顔をした。

「港の方は、寺と神社、両方でやるから意味がある。片方だけでは、もう片方に

 角が立つ可能性もあります」

「ありますね」

「それに、鮪とすり身天の反応を見るにも、一回では弱い」

「はい」

 しばらく二人とも黙った。

 やがて博之が、ぽんと膝を叩いた。

「ほな、うちが五千文出します」

 家臣が目を丸くした。

「え?」

「今この瞬間に、五千文出します。それはそちらの帳簿につけてください。

 寄進でも、港飯会の立ち上げ費でも、名目はそちらにお任せします」

「よろしいのですか」

「いいですいいです。これで一か月はやりましょう」

 家臣は言葉を失った。

 博之は淡々と続ける。

「こちらとしては、本音を言えば、津に拠点を持ちたいのは明らかにあります。あるけれども、

 松坂、伊勢、九鬼様、長野様、寺社、顔役、全部に筋を通さなあかん。だからこういう、

 ややこしい話になってるだけです」

「はい」

「でも、半月に一回で様子見して、やっぱり分からんかったですね、で終わるのはもったいない。

 特に港の飯は、価値のないものに価値をつける話です。そこに私は可能性を感じてます」

 家臣の顔に、少し光が戻った。

「それは、こちらとしても本当にありがたいです」

「で、どうせなら今から動きませんか」

「今から?」

「はい。今から、一万文ずつ持って、松坂の城主と九鬼様のところへ挨拶に行きましょう」

「今からですか」

「今です。二人揃ってる今やる方が早い」

 家臣は慌てた。

「いや、それは勝手に動きすぎでは」

「どちらにしても、仁義を切らなあかんでしょう。なら、長野家の家臣さんが同席してくれている方が

 話が早い。別に“どうしてもやらせてください”とまで言っていただかなくていいんです。

 けど、向こうは察してくれます」

「察する、ですか」

「はい。もし話の中で、“実は船代の折半のところで少し揉めまして”みたいなことを、

 ぽろっと言っていただけたら、松坂の城主はたぶん笑います」

「笑いますか」

「笑います。その上で、“そういう事情なら早くやれ”と言ってくれる可能性があります」

 家臣は、半分呆れ、半分感心した顔をした。

「伊勢松坂屋殿は、動きが早いですね」

「遅いと怖い話になる時もありますから」

「しかし、願ったり叶ったりではあります。港の飯会は、本当に一度形にしたい」

「なら、行きましょう」

 茶を飲み終えると、博之はすぐに一万文の包みを二つ用意させた。ひとつは松坂の城主へ。

 もうひとつは九鬼方へ。

 まず向かったのは松坂の城主の屋形だった。

 通されるなり、城主は博之の横にいる長野家の家臣を見て、眉を上げた。

「……なんで長野家の家臣がおるんや」

 博之は深く頭を下げた。

「本日は、津の飯会の件で、筋を通しに参りました」

「津の飯会?」

 博之は、これまでの経緯を説明した。

 長野方から最初に声がかかったこと。

 いきなり横丁は難しいので、飯会から始めたいこと。

 津郊外は半月に一回、寺で。

 津港は寺と神社で半月に二回。

 港では鮪の煮込みとすり身天だけを出すこと。

 先着五十人は無料、その後販売すること。

 九鬼水軍の船を使うため、船代は都度五千文かかること。

 そして、長野家の家臣が少し言いにくそうに口を開いた。

「ただ、当家の領主が、その船代の折半、半月に二回分の負担を少し渋りまして……」

 その瞬間、松坂の城主の者は大きく笑った。

「ははははは!」

 家臣は驚き、博之は内心で「ほらな」と思った。

「長野は、まだ伊勢松坂屋を分かっとらんな」

「恐れながら、私どもも痛感しております」

「半月五千文を渋って、伊勢松坂屋の港飯を逃す気か。そんなもの、即受けや」

 城主は笑いながらも、どこか楽しそうだった。

「しかも最初は、買付方だけでも津の品を買ってもらえんか、という話だったのだろう」

「はい」

「それは道理が通らん。店も拠点もない土地の品を、ただ買ってくれというのは無理や。

 商人感覚が抜けておる」

 長野家の家臣は深く頭を下げた。

「お恥ずかしい限りです」

「お前も苦労しておるな」

「……はい」

 その言葉に、場が少し和らいだ。

 博之はすぐに一万文の包みを差し出した。

「本日は、松坂への筋として一万文をお持ちしました。津へ動く前に、勝手に進めていると

 思われたくありませんので」

「うむ」

「また、あくまで飯会でございます。横丁を出すわけではありません」

「その言い方も覚えたか」

「怒られましたので」

「よろしい」

 城主は、長野家の家臣をちらりと見た。

「こちらとしても、長野と少し飯会をするぐらいで、いちいち切り捨てるような真似はせん」

 家臣は少し緊張した顔で頭を下げた。

「ありがとうございます」

「そちらも分かっておるだろう。うちが長野をそこまで相手にしておらぬように、

 長野も、うちがその程度で怒り狂うとは思っておるまい」

「はい。格の違いは承知しております」

「正直に言うな」

 城主はまた笑った。

「まあ、津でやりたいのは丸見えや。伊勢松坂屋の飯が港で当たるのも、だいたい見えておる。

 だが、筋を通すならまずはやってみい」

 博之は深く頭を下げた。

「ありがとうございます」

「ただし、横丁と言うな」

「飯会でございます」

「よし」

 それだけで、話は思った以上に早く通った。

 屋形を出た後、長野家の家臣は、まだ少し呆然としていた。

「本当に、通ってしまいましたね」

「だから言うたでしょう。今、二人揃ってるうちに行った方が早いって」

「しかし、あのように笑われるとは」

「笑われた方がええです。怒られるより」

「確かに」

 家臣は少し力が抜けたように笑った。

「それにしても、松坂の城主は、こちらの事情も見抜いておられましたね」

「そらそうです。うちの動きも見られてますし、長野様の動きも見えてるんでしょう」

「商人感覚が抜けておる、か」

「すいません、よその領主様の話で」

「いえ。私も少し思っておりました」

 二人は苦笑した。

 次は九鬼方である。

 港飯をやる以上、九鬼水軍への筋は外せない。

 博之はもう一つの一万文の包みを持ち、長野家の家臣を連れて歩き出した。

「次も、一緒にお願いします」

「もちろんです」

「津の港でやる以上、長野方の人が横にいるのは大事です」

「今日、来てよかったです」

「愚痴も言えましたしね」

 家臣は少し笑った。

「本当に、殿より先に伊勢松坂屋殿と話した方が、話が早い気がしてきました」

「それは言わん方がええです」

「承知しております」

 こうして、津の飯会は、急に現実味を帯び始めた。

 半月に二回、港の寺と神社で鮪とすり身天。

 半月に一回、郊外の寺で松坂の街道飯。

 長野家も銭を出す。

 伊勢松坂屋も銭を出す。

 九鬼水軍にも筋を通す。

 松坂にも話を通す。

 博之は歩きながら、少しだけ笑った。

「結局、飯会やるだけで大ごとやな」

 長野家の家臣が答えた。

「ですが、それだけの価値があると思っております」

「ほな、次は九鬼様やな」

 飯屋の足は、またひとつ津の方へ向き始めていた。

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