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博之側から両方丸く収まる提案を行う。長野家臣はホットするも城主が5000文を渋りもめるwww

長野家へ送る文は、ヨイチに書かせることになった。

 博之が自分で書くと、どうしても本音がにじむ。

「前の文面が気に入りませんでした、とか絶対書くなよ」

「旦那が書いたら書きますから、私が書きます」

「信用ないな」

「ありません」

 ヨイチはそう言いながら、丁寧に文を整えていった。

 内容は、こうである。

 津へただちに横丁を出すことは、現状では難しい。松坂、伊勢、九鬼方との筋もあり、

 いきなり店を構えると、地元の顔役、寺社、既存の商いとの調整が大きくなる。よって、

 まずは定期的な飯会から始めてはどうか。

 津の郊外では、半月に一度、寺を借りて飯会を行う。松坂で仕込んだ混ぜ飯、焼き飯、

 田楽、汁物などを持ち込み、先着五十人分は無料。その後は販売する。郊外の寺には、

 初回に五千文を寄進する。

 津の港では、半月に二回。港の寺と神社で、それぞれ一度ずつ飯会を行う。品は鮪の煮込みと、

 魚のすり身天の二品のみ。こちらも先着五十人分は無料、その後は販売。寺と神社には、

 それぞれ五千文を寄進する。

 ただし、港へ向かうには九鬼水軍の船を借りる必要がある。輸送費は都度五千文。

 そのうち半分、二千五百文は長野家に負担していただきたい。半月に二回なら、長野家の

 負担は五千文となる。

 また、場所の手配、寺社への筋、顔役への紹介、地元の手伝いの確保については、

 長野家より橋渡しをお願いしたい。

 文の末尾には、あくまで「横丁進出」ではなく、「津の方々に伊勢松坂屋の飯を

 知っていただくための試しの飯会」と書いた。

 博之は文を読み、何度も頷いた。

「これやな。これなら、店を出すわけやない。飯会や」

「かなり柔らかく書きました」

「柔らかいけど、ちゃんと金は出せって書いてるな」

「そこは必要です」

「ええ。うちだけが全部背負ったら、またおかしなことになる」

 お花も文を見て言った。

「長野家の方も、受け入れている形ができますね。銭を出し、寺社をつなぎ、顔役を紹介する。

 これなら、勝手に伊勢松坂屋が入ってきたとは言われにくいです」

「そうや。飯会は一緒に作るもんや」

 文はその日のうちに長野家へ送られた。

 数日後、津の長野家では、その文を受け取った家臣が、ほっと胸をなで下ろしていた。

「よかった……完全に断られたわけではない」

 彼は何度も文面を読み返した。

 いきなり横丁は無理。

 だが、飯会なら考える。

 郊外と港で、段階を踏む。

 寺社に寄進し、先着五十人に振る舞い、その後販売する。

 港では鮪とすり身天を出す。

 これは悪い話ではない。むしろ、長野家にとってもかなり良い話だった。

 五十人分の飯が無料で振る舞われる。寺社にも寄進が入る。港の魚の使い道が広がる。

 津の者たちに、松坂や伊勢で評判の飯を味わわせることができる。しかも、伊勢松坂屋は、

 すぐに店を構えるわけではない。反応を見ながら、慎重に入ってくる。

 家臣は、これなら領主にも通しやすいと思った。

 だが、その見込みは甘かった。

 長野家の城主に文を見せると、まず最初に返ってきたのは、渋い顔だった。

「こちらが銭を出すのか」

 家臣は一瞬、言葉に詰まった。

「はい。港の飯会に関して、九鬼水軍の船を使うため、輸送費が都度五千文。その半分、

 二千五百文を当家で負担する形でございます」

「なぜこちらが出す」

「伊勢松坂屋を津へ呼ぶ形を作るためでございます」

「飯屋が売るのだろう。ならば飯屋が払えばよいではないか」

 家臣は内心で、しまった、と思った。

 ここが一番の肝なのに、当主にはまだ伝わっていない。

「恐れながら、伊勢松坂屋は、こちらが呼んで来てもらう立場でございます」

「町人にか」

「はい。今の伊勢松坂屋は、松坂と伊勢に根を張り、九鬼水軍とも付き合いがございます。

 津に来る理由を作らねば、向こうは動きません」

「一万文で来ぬのか」

「来ませんでした」

 家臣はあえて、はっきり言った。

「前の文で来なかったではございませんか」

 当主筋の顔が少し険しくなる。

「それは、向こうが気位を持ち始めたということか」

「気位というより、抱えている人数と筋の問題でございます。あちらは四百人近い

 食い口を持っております。軽く動けば、松坂、伊勢、九鬼、寺社、商人、すべてに響きます」

「だが、こちらが銭を出すのは……」

「半月に二回で、当家の負担は五千文です」

「五千文でも銭は銭だ」

 家臣は焦った。

 たしかに銭は銭だ。だが、この五千文を渋れば、せっかく戻ってきた話がまた逃げる。

「お殿様、五千文でございます」

「軽く言うな」

「軽くは申しません。ですが、考えていただきたいのです。五千文で、

 津の港に人が集まり、寺と神社に飯が振る舞われ、港の魚の新しい食い方が知られ、

 伊勢松坂屋との縁ができます」

「売上は向こうのものだろう」

「はい。ですが、地元の魚を使わせれば、港に銭が落ちます。寺社には寄進が入ります。

 顔役にも筋が通ります。なにより、伊勢松坂屋に“津は受け入れる気がある”と伝わります」

 当主はまだ渋い顔だった。

「こちらが下手に出すぎではないか」

「下手に出るのではございません」

 家臣は必死に言葉を探した。

「場を整えるのでございます。飯屋に頭を下げるのではなく、津の領内で行う飯会の必要経費を、

 領主として一部持つ。それだけでございます」

「……」

「もしここで、銭は一文も出さぬ、だが来い、と言えば、また断られます」

 その言葉に、当主の眉が動いた。

「断るか」

「断ると思います」

 家臣は腹をくくって言った。

「少なくとも、私はそう見ます」

 部屋に重い沈黙が落ちた。

 当主は、しばらく文を眺めていた。

 郊外の寺で半月に一回。

 港の寺と神社で半月に二回。

 先着五十人無料。

 その後販売。

 鮪とすり身天。

 船代は折半。

 たしかに、ただの飯屋を呼ぶ話ではない。

 津の町と港を使い、寺社を動かし、九鬼水軍の船を借り、伊勢松坂屋の飯を試す。

 これは小さな商いではなく、津に新しい流れを呼び込む試みだった。

 家臣は、もう一押しした。

「お殿様。これは、横丁を出させるより軽い話でございます。いきなり店を持たせるのではなく、

 飯会です。反応が悪ければやめればよい。反応が良ければ、次に進めばよい」

「……」

「そして、伊勢松坂屋は、今回かなり譲っております。いきなり店を出すのではなく、

 飯会でよいと言っている。こちらも少しだけ折れるべきかと」

「少しだけ、か」

「はい。半月に五千文です」

「五千文を少しと言うな」

「失礼いたしました」

 家臣は頭を下げた。

 しかし、当主も完全には拒まなかった。

「……一度だけなら、考えてもよい」

「一度だけ、でございますか」

「まず一度やらせよ。港の寺と神社、両方ではなく、どちらか一つで始める」

 家臣は慌てた。

「それでは、向こうの提案と少しずれます。半月に二回の形だからこそ、寺社双方の顔が立ちます」

「では初回だけは、こちらの負担を二千五百文にする。もう一回分は、結果を見てからだ」

 家臣は内心、頭を抱えた。

 また渋った。

 また中途半端な返事になる。

 これでは伊勢松坂屋に、「やはり津は乗りにくい」と思われるかもしれない。

「お殿様、恐れながら」

「まだ言うか」

「はい。初回から渋れば、向こうは察します」

「何を」

「津は本気ではない、と」

 当主は黙った。

「伊勢松坂屋は、もう一万文で飛びつく飯屋ではございません。半月に五千文を渋るように見えれば、

 向こうは無理に来ません」

 家臣の声は、少し震えていた。

 言い過ぎかもしれない。だが、ここで言わなければ話が潰れる。

 当主は長く黙った後、ようやく言った。

「……分かった。半月二回、五千文までなら出す」

 家臣は、深々と頭を下げた。

「ありがとうございます」

「ただし、結果を見せよ」

「もちろんでございます」

「人が集まらぬなら、すぐやめる」

「承知しております」

「寺社と顔役への話は、お前がつけろ」

「はい」

 部屋を出た家臣は、廊下で大きく息を吐いた。

「危なかった……」

 近くにいた同僚が、小声で聞いた。

「通ったのか」

「半月二回、五千文。なんとか通った」

「よく通したな」

「通したというより、通さないと逃げる」

 家臣は額を押さえた。

「伊勢松坂屋を呼ぶより、うちの殿を説得する方が疲れる」

「言うな」

「言いたくもなる」

 彼は文を握りしめた。

 次は、伊勢松坂屋へ返事を書かねばならない。

 半月に二回、港の寺と神社で飯会をする。

 船代は折半する。

 郊外の寺での飯会も進める。

 寺社と顔役への橋渡しは長野家が行う。

 ようやく、津への最初の飯会が形になり始めた。

 だが、家臣の頭痛は増すばかりだった。

「頼むから、今度こそ文面でしくじらんようにせな……」

 そう呟きながら、彼は慎重に筆を取った。

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