4月初旬。内宮で1個当たりの量半分、値段倍の意味を説明する博之。ヨイチが感づく。爆発的利益の匂い
内宮の端で、半月に一度だけ、鮪鍋とすり身天を出してよい。
ただし、量は半分。値段は倍。
その条件を聞いた時、ヨイチとお花は顔をしかめたが、博之だけはずっとにやにやしていた。
「これな、実はめちゃくちゃええ話やと思うねん」
奥座敷で茶を飲みながら、博之はそう言った。
「ええ話ですか。量半分で値段倍ですよ」
「そこや」
博之は膝を叩いた。
「内宮さんで、量半分、値段倍で売ってもええと言われたんやぞ。つまり、
内宮ではその値段が通るということや」
「まあ、内宮周りは値段が高いですからね」
「そう。で、それを半月に一回やる。最初は五十口でもええ。そこで参拝客が食う。
買い付け方の女衆も食う。紋付き袴の者が食って、周りが見て、うまいとなる」
お花が少し考える。
「内宮で売れた、という実績ができますね」
「そうや」
博之は嬉しそうに頷いた。
「内宮で、量半分、値段倍でも売れた。そうなったら、伊勢港や松坂で売ってる鮪鍋と
すり身天の値段、安すぎるやろという話になる」
「なるほど」
ヨイチがようやく気づいた顔をした。
「内宮で高く売れることで、港や松坂での価値も上がる」
「そうや。内宮で食うた者が港に来た時に、“なんや、こっちの方が量も多くて安いんか”となる。
逆に港で食うてた者が内宮で見たら、“内宮ではこんな値段で売れるんか”となる」
「つまり、名物化しますね」
「する。半月に一回しか出えへん内宮の鮪鍋とすり身天や。希少や。そうなったら、
港や松坂の値段も少し上げられる」
お花が苦笑した。
「旦那様、また値上げを考えてますね」
「値上げというより、価値に合わせるんや」
「言い方です」
「いや、ほんまにそうやって。今まで安く出しすぎてたかもしれん」
博之は指を折って考え始めた。
「例えばや。すり身天を今まで二十五文で出してたとする。これを量を四分の三ぐらいにして、
四十文で売る」
「結構上がりますね」
「でも内宮では量半分で倍やぞ。それに比べたらまだ安い」
「たしかに、説明はつきます」
「それに、量を少し小さくすれば、同じ材料で串数を増やせる。五十本取れてたものを七十五本にする」
ヨイチが帳面を開いた。
「二十五文で五十本なら千二百五十文。四十文で七十五本なら三千文」
「どえらいやろ」
「どえらいですね」
「原価はほぼ同じや」
「旦那、また金が増える段取りになってますよ」
「増やすつもりはないんやけどな」
博之はそう言いながら、まったく隠せない笑みを浮かべていた。
「内宮さんがそんな条件を出してきたんやから、勝手に価値がついてしまうやん」
「ものすごく嬉しそうです」
「嬉しいに決まってるやろ。今まで捨てられてた魚の身や、安く見られてた鮪が、
内宮で高値で売れるんやぞ。これはもう名物や」
お花が静かに言った。
「ただ、値上げの仕方は慎重にした方がよいですね」
「もちろんや。いきなり全部上げたらあかん。まずは内宮出店の日に、
“内宮にも出る味です”ということを少しずつ広める」
「港では?」
「港では、通常のすり身天と、少し小ぶりで香りを強めた“内宮向けすり身串”みたいなものを作る」
「名前をつけるんですか」
「名前は大事や」
ヨイチが呆れる。
「また始まりましたね」
「飯は名前で売れる」
「否定はしません」
博之はさらに話を広げた。
「鮪鍋も同じや。港では大鍋で食わせる。内宮では小椀で出す。量は少ないが、
薬味を整えて、見た目を上品にする。生姜、大葉、葱。器も少しだけええものを使う」
「内宮向けは高級仕様ですね」
「そう。港では豪快。内宮では上品。これで同じ飯でも売り方が変わる」
「それを見た港の者も、鮪の価値を見直しますね」
「そうや。港の者が“あれが内宮で売れるんか”となれば、鮪を雑に扱わなくなる」
古参の一人が言った。
「旦那、それなら港にも高めの湯浴み場を作る話、また出せますね」
「そこや」
博之は目を輝かせた。
「伊勢港で高級湯浴みを作る。内宮に出る鮪鍋とすり身天を食わせて、湯にも入れる。
港で働きたい者も増える」
「伊勢港の格が上がりますね」
「そう。港がただの魚の場所やなく、名物飯と湯浴みの場所になる」
ヨイチがため息をついた。
「ますます回りますね」
「回るな」
「ますます金が集まりますね」
「それは困る」
「顔が困ってません」
「困ってる。少し困ってる」
お花が笑った。
「でも、そのお金で次に何を見るか、もう考えているのでしょう」
「まあな」
「鳥羽とか、志摩とか」
博之はにやりとした。
「そうや。鳥羽、志摩。あの辺は、魚のすり身天が高く売れると分かったら、
“その店だけでも出してくれ”と言ってくる可能性がある」
「港町ですからね」
「うん。鮪は土地によるけど、すり身天は強い。小魚、あら、値のつきにくい身。
それを揚げて売れるんやから、港ならどこでも刺さる」
「九鬼様との縁もありますし」
「そこもある。九鬼様経由で、“まず飯会だけ”と言って入れるかもしれん」
ヨイチがじっと博之を見た。
「旦那」
「なんや」
「これはまた、北畠様に怒られる流れですね」
「怒られへんようにやる」
「どうやって」
「こっそりや」
「駄目です」
「こっそりというか、横丁をやるとは言わん」
「言葉遊びですね」
「飯会や。半月に一回の飯会。試しの出店。名物の紹介。そういう言葉を使う」
「また言い換えが増えました」
「言葉は大事や」
お花が少し真面目に言った。
「でも、本当に気をつけた方がよいです。内宮で売れると、噂はすぐに広がります」
「分かってる」
「値上げも、港の者や常連が納得するようにしないと」
「そこも分かってる。通常品を残しつつ、内宮向けの小ぶり高級品を作る。全部を値上げせん」
「それなら、選べますね」
「そう。安く腹を満たす者には普通の飯。少し珍しいものを食いたい者には内宮向け。
港で豪快に食いたい者には大鍋。使い分ける」
ヨイチが帳面に書きながら言った。
「商品が増えますね」
「増えるな」
「帳面も増えます」
「それは言うな」
「言います」
部屋に笑いが起きる。
博之は茶を飲み、少しだけ遠い目をした。
「松坂の郊外で豚汁出してた時には、こんな話になると思わんかったな」
「内宮で鮪鍋ですからね」
「しかも向こうから条件付きで来た」
「舐められているのに、喜んでいる旦那も不思議です」
「舐められて開く扉もあるんや」
「名言みたいに言わないでください」
博之は笑った。
「とにかく、今回は条件を飲む。量半分、値段倍。半月に一回。買い付け方を呼び水にする。
麦茶と簡易の腰掛け。品は鮪鍋とすり身天だけ。甘味は出さない」
「はい」
「で、しばらく様子を見る。うまくいったら、港と松坂の品の値段を少し見直す。名物化する。
高級湯浴みも検討する」
「その“しばらく”が短そうで怖いです」
「半月二回ぐらい見れば分かるやろ」
「短いです」
「一月や」
「短いです」
お花が笑いながら言った。
「でも、まずは一回目ですね」
「そうやな」
博之は文机の方を見た。
「返事はもう出した。次の内宮の日が勝負や」
「買い付け方の女衆には?」
「言うとく。飯は必ず食え。味の感想を書け。客の反応を見ろ。うまそうに食え」
「最後が一番大事そうですね」
「本当にうまいから、自然にそうなる」
ヨイチが苦笑した。
「また金が増えますね」
「それは、次の帳簿で頭抱える」
博之はそう言って、にやにや笑った。
内宮で半月に一度だけ売られる、量半分、値段倍の鮪鍋とすり身天。
その不利に見える条件は、博之の目には、伊勢松坂屋の飯に新しい価値をつけるための
札に見えていた。
港の飯が、内宮の名物へ。
捨てられていた魚が、高値の飯へ。
そして、その評判がまた港へ戻る。
その輪が回り出した時、伊勢松坂屋はまた一段、妙なところへ進むことになる。
「こっそりやぞ」
博之が最後に念押しすると、ヨイチが即座に返した。
「旦那の“こっそり”は、だいたい噂になります」
「今回は静かにやる」
「内宮で鮪鍋を売って、静かに済むと思いますか」
博之は少し考え、笑った。
「……無理やな」
「でしょうね」
それでも、もう止める気はなかった。




