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3月下旬。長野家の津方面の飯会の論点整理。津郊外はお寺で炊き出し。津の港は神社とお寺で2回

津への入り方について、博之はもう一度、話を整理し直した。

博之はヨイチとお花、古参たちの前で、改めて茶碗を置いた。

「津は、いきなり横丁を作るんやない。まず飯会や。しかも、郊外は半月に一回、港は二回の形で入る」

 ヨイチが筆を構える。

「津の郊外と、津の港ですね」

「そうや。まず郊外。これは、将来的に郊外の横丁を作れるかどうかを見るための飯会や。

 お寺さんとつないでもらって、半月に一回、飯会をする」

「内容は?」

「松坂から持っていける飯や。混ぜ飯、焼き飯、田楽、野菜天、汁物。海のものは出さへん。

 津の郊外でやるなら、港飯やなく、街道飯に近いものやな」

「松坂で仕込んだものを温め直す形ですね」

「そう。松坂で米や漬物や味噌だれや菜種油を買って、仕込んで、津の郊外に持っていく。

 そうすれば松坂にも銭が落ちる。津では寺に寄進して、飯を食べてもらって、顔をつなぐ」

 お花が頷く。

「いきなり店を構えるより、ずっと柔らかいですね」

「そうやろ。で、先着五十人は無料や」

「無料ですか」

「最初の五十人だけな。そこから先は販売する」

 博之は指を立てた。

「全部ただにしたら商売にならんし、地元の飯屋にも悪い。けど、最初の五十人だけ無料にしたら、

 “味見してもらう”という形になる。食べてうまいと思った人が、次から買うかもしれん」

 ヨイチが書きながら言う。

「津郊外。半月に一回。寺で飯会。先着五十名無料。その後は販売」

「そうや」

 博之は続けた。

「次に津の港や」

「こちらは、九鬼様が絡みますね」

「そう。津の港でやるなら、船の話、漁場の話、魚の話が絡む。だから九鬼様にも筋を通す。

 長野方にも筋を通す」

「内容は鮪とすり身ですね」

「そう。港は、鮪鍋と魚のすり身天。この二つでいく」

 古参の一人が聞いた。

「あら汁はやらないんですか」

「最初は絞る。鮪を煮て食う驚きと、すり身を揚げて食ううまさ。この二つを見せる。

 あれもこれも出すと、何を売りたいのか分からんようになる」

「確かに」

「半月の中で、港の神社とお寺、それぞれ一回ずつ飯会をする。つまり、半月に二回や」

「ああ、港内の神社と寺で、それぞれ一回ずつ」

「そうや」

 博之は頷いた。

「神社で一回。お寺で一回。どちらも先着五十人無料。その後は販売。内容は鮪鍋とすり身天」

「それなら、港の人にも分かりやすいですね」

「そう。港の魚をどう食わせるかを見せる会や。津の港で、鮪や小魚の新しい食い方を知ってもらう」

 お花が言った。

「それは、地元の漁師さんにも利がありますね。捨てていたものや安く見られていたものに

 値段がつくかもしれません」

「そこや」

 博之は少し嬉しそうに言った。

「うちは、魚を買って飯にする。港の者は、今まで値がつきにくかったものを売れる。食べた者はうまい。これなら、ただのよそ者の飯屋ではなくなる」

 ヨイチは次の行を書き足した。

「津港。半月に二回。神社と寺で飯会。先着五十名無料。その後販売。鮪鍋、すり身天」

「で、銭の話や」

 博之は少し姿勢を正した。

「津の郊外にしても、港にしても、飯会をする以上、寺社には寄進する。

 売上の一部を渡す形でもええし、分かりにくければ、最初はうちから五千文ずつ寄進してもええ」

「五千文ずつですか」

「うん。港の神社、港のお寺。郊外のお寺。場所を借りるし、顔もつなぐ。そこは必要経費や」

「売上の一部を渡す方が継続性はありますね」

「それもありやな。最初は五千文ずつ。様子を見て、売上が立つようなら売上の

 一部を寄進に回す。そうすれば、飯会が続けば寺社にも利が出る」

 お花が頷いた。

「寺社から見ても、受け入れやすくなります」

「そうや。うちだけ儲ける形にしたらあかん」

 博之はさらに続けた。

「そして港の運賃や」

「九鬼様の船代ですね」

「そう。津の港へ行くには、九鬼様に船を出してもらう。これは半月に二回、港の神社と

 寺で飯会をするなら、そのたびに船がいる」

「船代は一回五千文ですか」

「ざっくり五千文。ただ、それを全部うちが持つのはおかしい。長野方が来てほしいというなら、

 半分は持ってもらう」

「一回につき二千五百文」

「そう。半月に二回なら、長野方には二千五百文ずつ、合計五千文を持ってもらう」

「長野方の負担としては、そこまで大きくないですね」

「大きくない。けど、意味は大きい」

「意味?」

「長野方も金を出している、という形になる」

 博之は茶をすすった。

「うちが勝手に津の港へ飯を売りに行ってるんやない。長野方が一部費用を持ち、九鬼様の船を借り、

 寺社で飯会をする。つまり、津側も受け入れているという筋になる」

 ヨイチが頷いた。

「勝手に入り込んだわけではない、ということですね」

「そうや。そこが大事や」

 お花が静かに言った。

「長野方にとっても、五千文で港に人が集まり、飯が振る舞われ、鮪やすり身の食べ方が広まるなら、

 悪くない話ですね」

「そう思ってもらいたい」

「それに、寺社にも寄進が入る」

「うん」

「港の魚も使う」

「うん」

「町の顔役ともつながる」

「うん」

 博之は頷いた。

「最初から横丁を作るより、ずっと安全や」

 ヨイチが帳面を見ながら整理した。

「まとめると、まず津郊外は半月に一回、寺で飯会。先着五十人無料、その後販売。

 内容は松坂で仕込んだ街道飯。混ぜ飯、焼き飯、田楽、野菜天、汁物。海のものは出さない」

「はい」

「津港は、半月に二回。港の神社とお寺で一回ずつ飯会。先着五十人無料、その後販売。

 内容は鮪鍋とすり身天」

「はい」

「寺社には、最初は五千文ずつ寄進。継続するなら、売上の一部を寄進に回すことも検討」

「はい」

「港の船代は一回五千文。そのうち半分、二千五百文を長野方に負担してもらう。

 半月に二回なら、長野方負担は五千文」

「それや」

「長野方には、場所、寺社、顔役、地元の手伝いの橋渡しを依頼」

「そうや」

「こちらは、人を大きく割かず、飯会として反応を見る。うまくいけば、次の段階として、

 港に鮪鍋とすり身天の二店舗を相談する」

「完璧やな」

「旦那にしては、かなり慎重です」

「怒られたからな」

 いつもの言葉に、座敷に笑いが起きた。

 しかし今回は、皆も博之の慎重さを悪くは思っていなかった。

 津は魅力的だ。

 けれど、今は伊勢を固める時期でもある。

 人を大きく割けない。

 長野方にも、九鬼方にも、寺社にも筋を通さなければならない。

 ならば、飯会で入る。

 飯を売る前に、飯を知ってもらう。

 店を出す前に、顔をつなぐ。

 長野方にも少し銭を出してもらい、受け入れる形を作る。

 九鬼方にも船で筋を通す。

 寺社にも寄進をする。

 小さいが、強い一歩だった。

「これなら、長野方にも言いやすいな」

 博之が言うと、お花が頷いた。

「はい。こちらが全部背負うのではなく、津の方にも一緒に場を作っていただく形ですから」

「そうやな」

「それなら、津の人たちも“伊勢松坂屋が勝手に来た”とは思いにくいです」

「それが一番大事や」

 ヨイチが筆を置いた。

「では、この内容で返事を書きます。文面は柔らかくします」

「頼む。絶対に“前の文面が嫌でした”とか書くなよ」

「書きません。旦那が書くと危ないので、私が書きます」

「信用ないな」

「ありません」

 また笑いが起きた。

 博之はその笑いを聞きながら、少しだけ肩の力を抜いた。

 津への道は、横丁ではなく飯会から。

 それが今の伊勢松坂屋にできる、最も無理のない進み方だった。

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