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メンヘラオジサン、戦国で飯屋を始める ~戦えない俺は食と金で成り上がる~  作者: メンヘラオジサン【監視アカウント】


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3月上旬帳簿が終わり後半戦。九鬼水軍と釣りイベントを開催する。平和の時間が流れる

三月の帳簿を見てから、博之は少しだけ弱気になっていた。

「もう、あんまり目ぇつけられたくないなあ」

 本店の奥で、麦茶を飲みながらぼやく。

 松坂の方では、普請場の振る舞い飯が評判になった。寺社での小さな炊き出しも続けている。

 次は桜を見る会をしようか、茶と団子を出そうか、歌でも詠ませようか、とだらだら企画を

 考えているところだった。

 そんな中で、博之はふと思いついた。

「九鬼様のところで、釣りの会やりたいな」

 ヨイチが顔を上げる。

「またですか」

「いや、これは交流や。町の者とうちの者と、九鬼方の漁師衆を混ぜる。釣った魚を、

 その場でうちの者があら炊きにしたり、すり身にしたりして食わせる」

「また飯ですね」

「飯屋やからな」

 お花は少し笑った。

「でも面白そうです。釣ったものをその場で食べるなら、港の飯の良さも伝わります」

「やろ」

 博之はすぐに五千文の包みと、焼き飯、すり身天、混ぜ飯の握りを用意させた。

「九鬼様のところに、飯持って遊びに行くわ」

 そう言うと、古参たちが呆れた顔をした。

「遊びに行くって、どういう感覚で大名方と付き合ってるんですか

「仕事みたいなもんや」

「みたい、ではなく仕事です」

「まあまあ、そこは置いといて」

 結局、博之はヨイチとお花、数人の古参を連れて、九鬼方の屋形へ向かった。

 九鬼方の家臣は、いつものように笑って迎えてくれた。

「おう、松坂屋。相変わらず、よう儲かっとるらしいな」

「儲けるつもりはないんですけどね」

「その言い訳、もう通らんぞ」

「本当に、意に沿わない形でお取り潰しになった後が怖いんです」

「お前のところを取り潰したら、とんでもない銭が出てきそうやからな」

「そういうことを言わんでください」

 家臣はにやりと笑った。

「それに、噂で聞いたぞ。伊勢の城下でも出す許可が下りたみたいやないか」

「おかげさまで、城下の端で小さくやってみてはどうか、というお話をいただきました」

「どんどん食い込むなあ」

「怖いので小さくやります」

「その“小さく”も信用ならん」

 博之は頭を下げた。

「伊勢の城主にも、筋を通すようにと言われております。伊勢でやるなら伊勢に銭を落とせと。

 松坂でも同じことを言われましたので、そこは肝に銘じております」

「鮪鍋は出すんか」

「それなんですけど、さすがに伊勢城下で鮪をやるには距離の問題がございます。

 港で食べるからうまいものですし、鮮度もあります。ですので、それは無理ですとお断りしました」

「ほう」

「ただ、魚のすり身の揚げたものは持っていきました。あれは結構好評でした」

「そらうまいからな」

 家臣は、博之の持参したすり身天を一つ取って食べた。

「うん。やっぱりうまい。これで北畠の城主にまで食い込むお前が怖いわ」

「飯でございますので」

「飯で済ませるな」

 家臣は笑い、そこで改めて聞いた。

「で、今日は何や」

 博之は包みを前に出した。

「今日は、釣りの会のご相談でございます」

「釣りの会?」

「はい。松坂の町の者とうちの者、それから九鬼方の漁師衆で、一緒に海釣りを

 できないかと思いまして」

 家臣は少し目を細めた。

「お前、ずいぶん簡単に人の漁場へ踏み込んでくるな」

「だからこそ、ご挨拶に参りました。こちら、五千文でございます」

「ほう」

「釣り場や船の手配、それから漁師の方々に世話をしていただくお礼としてお納めください」

「それで何をする」

「釣った魚を、その場でうちの者が捌きます。あら炊き、汁、すり身、塩焼き。

 できるものをすぐ作って、来た者に食べてもらいます。その日に関しては、

 うちの飯はただで出します」

「ただか」

「はい。飯代としても五千文ぐらいはこちらで使うつもりです。これは商売というより、

 松坂の町の者と、九鬼方の港の者とうちの者が、顔を合わせる機会にしたいんです」

「仲良くしたい運動か」

「そうです」

 博之は素直に頷いた。

「今、松坂でも炊き出しや花見の会を考えております。うちは人数も増えておりますので、

 町や港と交わらないと、気味悪がられると思っております」

「それは分かる」

「よかったら、九鬼方の若い衆もいかがですか」

 家臣は少し考えた。

「港の者が、松坂城下の者と売買以外で絡むことは、そう多くないな」

「はい」

「釣りなら、漁師の顔も立つ。飯も出る。松坂の者も海のことを少し知る」

「そういうことです」

「ただ、場所によっては漁場の話はバチバチやぞ」

「そこは九鬼様に筋を通して、許された範囲でやります」

「当たり前や」

「同じ釜の飯を食う、という発想でいけたらと思っております」

 家臣はその言葉に笑った。

「同じ釜の飯か」

「飯を食えば、少しは話せます」

「鮪も食わせる気やな」

「はい。鮪鍋も少し出したいです。まだ抵抗がある者もおりますので、

 食うてもらうきっかけになるかと」

「それはありやな」

 家臣は頷いた。

「よし。小さくやるなら許す。船も少し出そう。漁師衆にも話を通しておく。ただし、

 うちの漁場を荒らすな。釣りは遊びでも、海は仕事場や」

「心得ております」

「それと、怪我人を出すな」

「気をつけます」

「海を舐める者がいたら、すぐ戻せ」

「はい」

「なら、やってみい」

 こうして、釣りの会は催されることになった。

 当日、港には数十人が集まった。

 松坂の町の若い衆、伊勢松坂屋の男衆と女衆、九鬼方の漁師たち。屈強な漁師衆が船を出し、

 慣れない町の者に竿の扱いを教える。

「そこ、糸を絡ませるな」

「引いたらすぐ騒ぐな」

「魚よりお前の声の方がでかいわ」

 不器用な言い方ながらも、漁師衆は面倒を見てくれた。

 女衆たちは岸で湯を沸かし、飯の準備をする。釣れた小魚はすぐに下ろされ、

 塩焼きにされ、あらは鍋に入る。少し大きめの魚は身を叩いてすり身にし、菜種油で揚げた。

 海風の中、揚げ物の匂いと汁の湯気が立つ

「釣った魚って、こんなうまいんやな」

「自分で釣ったら余計にうまいな」

「このすり身天、ほんまに酒欲しくなるわ」

「鮪鍋、初めて食ったけどいけるな」

 あちこちで声が上がる。

 博之は少し離れたところで、お花とヨイチと一緒に茶を飲んでいた。

「結構盛況やな」

「はい。みんな楽しそうです」

 お花が微笑む。

 ヨイチは海の方を見ながら言った。

「本当に、小競り合いがどうのこうの言ってる世の中で、うちは平和ですね」

「平和が一番やろ」

 博之は茶をすすった。

「俺らには、根無し草やんか。うちの従業員なんて、戦で親を亡くした子や、未亡人や、食い口を

 なくした者が多いんやから。そういうのは、ないに越したことはない」

「だから飯ですか」

「そうや。飯でええ」

 釣りをして、魚を食べて、茶を飲む。

 それだけで、町の者と港の者とうちの者が、少しだけ近づく。

 大きな策ではない。

 店を増やす話でもない。

 銭が一気に増える話でもない。

 けれど、こういう場が必要なのだと、博之は思った。

 飯で人をつなぐ。

 同じ釜の飯を食う。

 それができる間は、まだ伊勢松坂屋は、ただの怖い飯屋ではなく、町と港に混ざろうとする

 飯屋でいられる。

「まあ、こういうのは続けたいな」

 博之が言うと、ヨイチが笑った。

「帳簿には乗りにくいですけどね」

「乗らんでええ。たまにはそういう飯もある」

 お花が静かに頷いた。

「今日の飯は、よい飯ですね」

「せやな」

 博之は海を眺めながら、もう一口茶を飲んだ。

 潮風の向こうで、また誰かが魚を釣り上げて歓声を上げる。

 その声を聞きながら、博之は小さく笑った。

「平和が一番や」

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