次は何しようかなーとごろごろしていると北畠の伊勢方から手紙が来る。急いで参上する。伊勢城下での横丁許可がでた
三月の半ばに差しかかる頃、博之はまた本店の奥でごろごろしながら、妙なことを考えていた。
「今度は釣りイベントやな」
ヨイチが筆を止めた。
「また何か始まりましたね」
「いや、これは店を増やす話ちゃうぞ。交流や。交流」
「旦那が“交流”って言う時、だいたい何か商売になります」
「飯屋やからな」
博之は麦茶をすすりながら、楽しそうに続けた。
「九鬼方の漁師衆と、松坂城下の若い衆とか、うちの者を混ぜて、海釣りをする。釣った魚を
その場でうちの者があら炊きにしたり、すり身にして揚げたりする。釣ったもんをその場で
食うのはうまい、というのを見せる」
お花が少し笑った。
「それは面白そうですね」
「やろ。九鬼方には一万文ぐらい持っていく。五千文は伊勢便の運賃。五千文は釣り会の
運営代というか、漁師さんに世話してもらう礼や」
「松坂の町の人も呼ぶんですか」
「少しな。いきなり大勢は無理や。町の若い衆、うちの者、九鬼方の漁師衆。魚を釣って、
飯を食って、顔をつなぐ」
「また縁談に持っていくんですか」
ヨイチが突っ込む。
「今回は釣りや」
「でも海の男とうちの女衆とか思ってるでしょう」
「少しはな」
「やっぱり」
そんな雑談をしていると、外から使いの者が入ってきた。
「旦那様。伊勢の城方からお手紙です」
「伊勢?」
博之は身体を起こした。
手紙を受け取り、ヨイチに読ませる。そこには、伊勢の城方から、よければ一度挨拶に来ないか、
相談ごとがある、別に叱る話ではない、といった内容が書かれていた。
博之は少し眉をひそめた。
「怒る話ではない、ってわざわざ書いてあるのが怖いな」
「でも、松坂の城主とは少し違いそうですね」
ヨイチが言う。
「そうやな。伊勢の方にはまだ城下に店がない。向こうから呼ぶということは、
そこまで悪い話ではなさそうや」
お花も頷いた。
「伊勢港と伊勢郊外の動きが、城方の耳にも入ったのでしょう」
「やろうな」
博之はすぐに指示を出した。
「伊勢郊外の拠点に先に伝えろ。弁当を二十人前用意。混ぜ飯の握り、焼き飯を少し、
野菜天、すり身天、田楽。あとは汁物は現地で温められるようにしておけ」
「城方への手土産ですね」
「そうや。飯屋が呼ばれたなら飯を持っていく」
「寄進は?」
「今回は様子見や。向こうが怒る話じゃないと言うてるなら、
いきなり銭を積みすぎるとまた派手になる。弁当中心で行く」
そうして、博之はヨイチと数人を連れ、伊勢へ向かった。
道中、伊勢郊外の横丁にも寄った。先日増やした二つ目の横丁は、思ったより形になっていた。
混ぜ飯と焼き飯が、参拝客に物珍しがられて売れている。竹べらで食べる焼き飯を、
旅人が不思議そうに口へ運び、すぐに顔を明るくする。雨宿りや甘えどりのために作った
腰掛け場も、それなりに使われていた。
「まあまあ、ええ感じやな」
博之は少し安心した。
「焼き飯、やっぱり受けてますね」
「珍しいし、腹にたまるからな」
「伊勢の城方に見せるなら、ちょうどよいですね」
「そうやな。飯の話なら、まだしやすい」
そこから城方の屋形へ向かう。
通された部屋には、伊勢の城主が待っていた。松坂の城主のような重い圧はない。
どちらかといえば、面白いものを見るような顔だった。
「おお、来たか。伊勢松坂屋」
「お招きいただき、ありがとうございます。本日は、郊外の拠点で作らせた弁当を持参いたしました」
「飯屋らしいな」
「飯屋でございますので」
博之が頭を下げると、相手は少し笑った。
「最近の伊勢松坂屋の動きが、なかなか面白いと聞いておる」
「恐縮です」
「伊勢港で鮪を煮て食わせているとか、魚のすり身を揚げているとか。郊外では混ぜ飯を
焼いて食わせているとか」
「はい。まだ試行錯誤でございます」
「それから、買付方の話も聞いておるぞ」
博之は少し身構えた。
「買付方でございますか」
「半月に一度、内宮のあたりで三万文ほど使って、香袋や髪紐や櫛などを買い、松坂の者に
売っているそうやな」
「はい」
「派手やな」
「派手……でございますか」
「派手や」
相手は笑ったが、責めるような口調ではなかった。
博之は正直に説明することにした。
「実は、うちの松坂の者たちは、金を貯め込みすぎております」
「ほう」
「飯と寝床を店で用意しており、湯浴みもあり、まかないもございます。
休みは取らせておりますが、遠くへ遊びに行くほどの休みはなかなか取れません。そうしますと、
給金が手元に残るのです」
「それで、伊勢の品を買わせるのか」
「はい。伊勢へ買付方を出し、伊勢で銭を落とす。買った品は松坂へ持ち帰り、一・五倍で売ります。
松坂の者は伊勢まで行かずに買える。伊勢の商人には銭が落ちる。うちは手間賃をいただく」
「うまいこと考えるな」
「苦肉の策でございます」
「苦肉の策にしては、楽しそうに聞こえるぞ」
「女衆はかなり楽しそうでございました」
相手は愉快そうに笑った。
「今、何人ぐらい抱えておる」
「おおむね四百人ほどに近づいております。そのうち三百五十人ほどは松坂側におります」
「それはもう飯屋の人数ではないな」
「私もそう思っております」
「思っておるのか」
「はい。ですので、松坂の中だけで回すのではなく、伊勢にも拠点を作り、
仕事と銭の流れを外へ出したいと考えております」
博之はそこで、少し慎重に言葉を選んだ。
「できれば、いずれは伊勢城下と、さらに先では内宮さんの近くにも、何かしら食い込めればと
思っております」
「内宮は、そらまだ早いやろうな」
「はい。そこは承知しております」
「だが」
伊勢の城主は、少し身を乗り出した。
「うちの城下で、少し横丁をやってみいひんか、という話や」
博之は、一瞬言葉を失った。
「城下で、でございますか」
「そうや。いきなり大きくではない。端の方でよい。郊外と港で評判を作っているなら、
城下でも試してみる価値はある」
「ありがたいお話でございます」
「ただし、条件はある」
「はい」
「伊勢でやるなら、伊勢にも銭を落とせ。松坂から何もかも持ち込んで、売上だけ持ち帰るな」
「もちろんでございます」
「野菜、薪、器、手ぬぐい、使えるものは伊勢で買え。港の魚も使え。松坂の味を持ち込むのはよいが、
伊勢の商いを食い尽くすな」
「肝に銘じます」
「それから、内宮の方へはまだ急ぐな。まず城下で筋を通せ」
「はい」
博之は深々と頭を下げた。
「こちらとしても、伊勢城下でやらせていただけるなら、混ぜ飯、焼き飯、すり身天、野菜天、
汁物を中心に、まずは小さく始めたいと考えます」
「鮪鍋は?」
「鮪鍋は港の飯でございます。城下で出すなら、港から無理なく運べる時だけにいたします。
無理に出すと味も落ちます」
「分かっておるな」
「飯のことは、少しだけ」
「少しだけではないやろう」
相手は笑った。
そこで博之は、持参した弁当を広げさせた。
混ぜ飯の握り。
焼き飯。
すり身天。
野菜天。
田楽。
伊勢の城主は焼き飯に興味を示した。
「これが噂の焼き飯か」
「はい。漬物を混ぜた飯を、油で炒めております。竹べらで食べます」
「城下でも売れるかもしれんな」
「旅人にも、町の者にも、珍しさはあるかと」
「ふむ」
相手は焼き飯を一口食べ、頷いた。
「うまい」
「ありがとうございます」
「ただ、調子に乗るなよ」
「はい」
「松坂で怒られたという話も聞いておる」
博之の顔が引きつった。
「そこまで届いておりますか」
「届くわ。伊勢で銭を撒き、松坂で布団二百組買った飯屋など、噂にならん方がおかしい」
「お恥ずかしい限りです」
「恥ずかしがることはない。ただ、目立っておることは自覚せよ」
「はい」
伊勢の城方は、最後に穏やかに言った。
「うちは、面白いものは嫌いではない。だが、筋は通せ。伊勢でやるなら伊勢に根を下ろせ。
松坂屋のまま伊勢を飲むな」
博之は、もう一度深く頭を下げた。
「必ず、筋を通します」
こうして、伊勢城下への道が、思わぬ形で開き始めた。
急がず、小さく。
けれど確かに。
伊勢松坂屋は、郊外と港の次に、伊勢城下へ一歩踏み出すことになった。




