若い衆たちに飯の練習をさせながら自身は湯あみをし、色々考える博之。派手に動いてはないが飯のことを古参達と色々話す。郷土料理座談会等
下働きの若い衆たちには、焼き飯の研究を命じることにした。
「焼き加減や。焦がしたらあかんけど、香ばしさはいる。あと何を混ぜたらうまいか、まかないで試せ」
博之はそう言って、鶏、茄子、大根葉、葱、たくあん、梅しそ、魚のほぐし身、すり身天の端、
味噌だれ、卵、菜種油の量をいくつか試させるようにした。
「混ぜ飯を焼き直すだけやなくて、別の飯にするんや。焼き飯屋を出すなら、誰が作ってもそこそこうまくならなあかん」
そう言いつつ、指示を出し終えた博之は湯浴みに向かった。
湯から上がると、麦茶を飲みながら、いつものように本店の奥でごろごろする。
「なんか面白いことないかなあ」
もう口癖のようになっている。
ヨイチが横で帳面をまとめながら、ため息をついた。
「旦那、昨日“派手には動かん”って言ってませんでした?」
「言った」
「なのに、もう面白いこと探してますやん」
「考えるだけならええやろ」
博之は麦茶をすすった。
「しかし、あれやな。緑茶もええなあ」
「今度はお茶ですか」
「いや、麦茶もええけどな。伊勢松坂屋のお茶、みたいなんできへんかなと思って」
「また商売にする気ですね」
「する気というか、飯屋に茶はいるやろ。旅人が飯食ったあとに茶を飲む。雨宿りで茶を飲む。
湯浴み帰りに茶を飲む。茶がうまかったら、それだけでまた来るやん」
お花が茶碗を片づけながら言う。
「お茶はよいと思います。ただ、茶屋までやり始めると、また広がりますね」
「そこなんよ」
博之は枕を抱えた。
「それをやると、また何屋やねんって話になる。茶を仕入れて出すだけならええけど、
茶そのものを作るとか言い出したら、もう訳わからん」
「松坂や伊勢の茶を買う形ならよいのでは」
「そうやな。伊勢松坂屋のお茶いうても、うちで作るんやなくて、茶を買って、
出し方を整える。麦茶、番茶、薄い茶。飯に合う茶」
博之はしばらく考えたが、すぐに別のことへ飛んだ。
「今度の伊勢便で、伊勢の海の方を見に行こうかな」
「また行くんですか」
「いや、港の者たちが少し心細そうにしてたやろ。立ち上げたばかりやし」
「伊勢便を出しているので、多少は情報交換できていると思いますけどね」
「それはそうやけど、やっぱ顔出した方が安心するやん」
「旦那が行くと、また何か始まります」
「否定できへん」
博之はごろごろしながら、天井を見た。
「九鬼水軍さんと仲良くなったら、誰か結婚するんちゃうかなあ」
ヨイチの筆が止まる。
「また色恋ですか」
「海の男と、うちの女衆やぞ。なんかありそうやん」
「旦那、すぐそういう方向に持っていきますね」
「人がくっつくのは面白いやろ」
お花が笑う。
「交流としては悪くありませんが、あまり旦那様が期待しすぎると変な空気になりますよ」
「分かってる。見守るだけや」
「絶対に口を出しますよね」
「少しだけや」
ヨイチが即座に言った。
「少しが一番厄介です」
場に笑いが起きる。
それでも、博之の中の落ち着かなさは消えなかった。
「じっとしてんの、暇やなあ」
「また悪い虫が騒いでますね」
「でっかい動きしたいなあ」
「駄目です。怒られたばかりです」
「分かっとる」
博之は不満そうに頬を膨らませる。
「伊勢があかんかったら津に行こうかなと思ったんやけどな」
「津は長野様の領分でしょう」
「そうやねん。だから怖いねん。また松坂の方からも、長野様の方からも、なんか言われそうで」
「でしょうね」
「行くなら、九鬼水軍さん経由で津の港に入るのがええんやろうな」
博之の声に、また少し熱が戻る。
「港なら、鮪や。ほとんど原価ゼロに近いもので飯になる。鮪鍋、すり身天、あら汁。港飯は強い」
「また動く気になってますね」
「いや、考えてるだけや」
「旦那の考えてるだけは危ないです」
博之は枕を抱え直した。
「でもな、松坂だけやと詰まる。伊勢も今は慎重にせなあかん。津もすぐには動けん。
そうなると、飯の研究やな」
「ようやく安全そうな話になりました」
「安全かどうかは分からんけどな」
古参の一人が、そこへ声をかけた。
「飯の研究なら、各地の者から聞くのはどうですか」
「各地の者?」
「うちにも、流れ者や元旅人、港から来た者、山の方から来た者がいます。それぞれの
土地で食べていたものがあるはずです」
博之はむくりと起き上がった。
「それや」
ヨイチが小さくため息をつく。
「また何か掴みましたね」
「郷土料理の座談会や」
「座談会?」
「そう。どこの国では何を食うてた。山では何を煮る。港では何を焼く。味噌はどう使う。
魚はどう干す。米が少ない時は何を混ぜる。そういう話を集める」
お花が頷く。
「それは面白いですね。飯の種にもなりますし、従業員の昔話にもなります」
「そうやろ」
「自分の故郷の飯を話せるなら、皆も嬉しいと思います」
「それに、うちの飯に使える」
博之は手を打った。
「例えば、伊勢の海の飯、松坂の山の飯、津の街道飯、紀州の漁師飯、奈良の山越え飯。
そういうのを聞いて、うちの材料で再現できるか考える」
ヨイチが筆を走らせる。
「各地の飯座談会」
「名前はもっとええの考えろ」
「旦那が考えてください」
「飯語りの会」
「急に普通ですね」
「ほな、お国飯の会」
「それは分かりやすいです」
博之はさらに続ける。
「材料の話も大事や。どこで何が取れるか。何が余るか。何が捨てられるか。何をどう保存するか」
「保存ですか」
「漬物、干物、味噌漬け、塩漬け、炭火干し。飯屋は保存が命やろ。焼き飯も余り飯の救い方やし、
鮪鍋も捨てるものの救い方や」
「確かに」
「あと味噌や」
博之は麦茶を置いた。
「味噌だまりというか、味噌の上澄み。味噌も、もっと美味しい味噌が作れるなら、それは名物になる」
お花が言った。
「味噌屋から買って、うちで合わせる形がよいかもしれませんね」
「そうやな。味噌屋にはならん。味噌屋から買って、伊勢松坂屋の合わせ味噌にする。
田楽、焼き飯、揚げ出し豆腐、天ぷらのつゆ、汁物に使う」
「それなら飯屋の範囲です」
「せやろ」
ヨイチが少し笑った。
「だいぶ言い訳が上手くなってきましたね」
「言い訳ちゃう。線引きや」
「その線、すぐ越えそうですけど」
「越えたら止めてくれ」
「毎回止めてます」
「弱い止め方や」
「旦那が聞かないんです」
また笑いが起きた。
博之は、少し楽しそうに麦茶を飲み直した。
「お茶も飯の会で聞けばええな。どこでは何のお茶を飲むか。麦茶、番茶、薬草茶、山の葉を煮たやつ。湯浴み後に合う茶、飯に合う茶、甘味に合う茶」
「お茶会にもつながりますね」
「そうや。町との交流会にも使える。茶と団子とお国飯の話。これなら松坂の町の人も呼べる」
「また交流につながりましたね」
「結局、飯と茶があれば人は喋る」
お花が笑った。
「旦那様らしいです」
博之は少し照れくさそうに鼻を鳴らした。
「まあ、とりあえず、明日は焼き飯研究や。働き子たちに、焼き加減と具の組み合わせを試させる」
「はい」
「その次に、お国飯の会を開く。古参、流れ者、港の者、山の者、寺の者にも聞く」
「寺の者もですか」
「精進料理もあるやろ。揚げ出し豆腐、野菜天、豆腐飯、味噌汁。あれも使える」
「住職さんがまた巻き込まれますね」
「飯食わせるから大丈夫や」
ヨイチが苦笑した。
「旦那、少し元気になりましたね」
「じっとしてるより、飯のこと考えてる方が元気出るわ」
「動かないでくださいよ」
「飯の研究は動きちゃう」
「動きです」
「小さい動きや」
「旦那の小さい動きは、だいたい大きくなります」
博之は返事をせず、麦茶をもう一口飲んだ。
怒られたばかりで派手には動けない。
伊勢も、津も、まだ慎重にいかなければならない。
けれど、飯の中にはまだいくらでも広げる余地がある。
焼き飯。
揚げ出し豆腐。
味噌だれ。
漬物。
茶。
郷土料理。
港飯。
山の飯。
「やっぱり、飯は尽きへんな」
博之がそう言うと、お花が静かに頷いた。
「尽きないですね」
ヨイチも筆を置きながら言った。
「ただ、帳簿も尽きません」
「それは忘れさせてくれ」
湯上がりの本店には、麦茶の香りと、どこか新しい飯の気配が漂っていた。




