伊勢松坂屋として地域の人と触れ合うイベントを考えたい。弁当や経費はうちが出す。
漬物、味噌だれ、草履、手ぬぐい、布団、竹べら。
松坂にどう銭を落とすかという話を、布団にくるまりながら一通りしたところで、
博之はふと思い出したように顔を上げた。
「ああ、あとあれや」
ヨイチが筆を止める。
「まだあるんですか」
「交流会や。これは定期的にやるで」
「交流会」
「今日、住職さんと話してて思ったんや。うちは閉じたらあかん。
うちの中だけで飯も仕事も縁も完結したら、ほんまに気色悪い集団になる」
お花が静かに頷いた。
「外と混ざる機会を作る、ということですね」
「そうや。松坂の町の人たちと、ちゃんと顔を合わせる場を作らなあかん」
博之は枕を抱え直して、天井を見ながら言った。
「前は市の時に、賑やかしで芸人呼んだりしたやろ。あれも悪くなかったけど、
毎回芸人呼ぶんやなくて、折を見て炊き出しをする。寺と神社でな」
「振る舞い飯ですか」
「うん。市の日、寒い日、祭りの前、雨が続いた後、年越し。そういう気のいい時に、うちの飯を出す」
「それは町の人にも分かりやすいですね」
「そうやろ。うちは儲けてるから返してます、というより、町の人らと一緒に飯食ってます、
ぐらいの感じがええ」
ヨイチが書き留める。
「寺社での定期振る舞い飯」
「定期言うても、毎月絶対とかやと重い。季節ごとでええ。やりすぎたらまた変に思われる」
「旦那、少し学びましたね」
「怒られたからな」
みんなが少し笑った。
博之はさらに続ける。
「もう一つは、花見とか紅葉や」
「前にも言ってましたね」
「梅の会、桜の会、紅葉の会。名前は何でもええ。町の人たちと一緒にやりましょう、という形や」
「弁当はどうします?」
「うちが出す」
「全部ですか」
「全部や。今回は買ってもらうとかやなく、うちが出す。弁当と茶ぐらいは用意する」
お花が少し驚いた顔をした。
「かなりの出費になりますね」
「なる。でも、それは寄進とは違う。町の人と一緒に飯を食うための出費や」
博之は少し真面目な顔になった。
「うちの者は、飯屋の従業員であって、悪い人間じゃありませんよ。町に馴染みたいんですよ。
そういうのを見せたい」
「なるほど」
「別に結婚しろって話やない。もちろん縁があったらええけど、それだけやと変に圧が出る。
まずは一緒に飯を食う。少し話す。顔を覚える。それでええ」
ヨイチが頷いた。
「接触の機会ですね」
「そうや。接触の機会を作らないと、噂だけが先に走る。三百人も抱えた飯屋、銭を撒く飯屋、
伊勢まで女衆を船で行かせる飯屋。そんなん、顔を知らんかったら怖いだけやろ」
「確かに」
「だから、顔を見せる。笑って飯を出す。町の人と一緒に食う」
お花が言った。
「女衆だけでなく、男衆も出した方がいいですね」
「そこなんよ」
博之は少し困った顔をした。
「女衆はまだ、弁当包みとか茶を出すとかで形が作りやすい。けど男衆の場合、
どう交流させたらええか分からん」
「力仕事の手伝いとかですか」
「それやると奉仕作業っぽくなるやろ」
「悪くはないですが、交流とは少し違いますね」
「せやねん」
古参の一人が言った。
「お茶会はどうですか」
「お茶会?」
「団子と茶を出して、町の若い衆や職人さんも呼ぶ。女衆も男衆も混ぜて、ゆるく話す場にする」
「ありやな」
別の女衆が言う。
「俳句、というか、歌を詠む会みたいなのはどうですか。上手い下手ではなく、
季節の言葉を言い合うだけでも」
「うちの者、字が読めへんやつ多いぞ」
「だからこそ、寺の和尚さんや読み書きできる方に少し教えてもらう形にすれば、勉強にもなります」
ヨイチが筆を走らせた。
「茶、団子、歌の会。読み書きの練習も兼ねる」
「それ、ええな」
博之は頷いた。
「勉強臭くなりすぎると逃げるから、飯と茶で釣る」
「旦那らしいです」
「飯屋やからな」
お花が少し考えて言った。
「趣味ごとに分けるのもよいと思います」
「趣味ごと?」
「例えば、料理を習いたい人の会。漬物の会。裁縫の会。髪紐や香袋を見せ合う会。
そういう場なら、女衆も町の女性も参加しやすいです」
「なるほどな」
「男衆なら、釣り、薪割り、竹細工、草履の修繕、荷運びの工夫、そういう実用寄りの会なら
入りやすいかもしれません」
「釣りか」
博之は少し首をかしげた。
「釣りはよう分からんな」
「分からないなら、詳しい人を呼べばいいのでは」
「それもそうか」
古参の男衆が言った。
「松坂港の者や、九鬼の若い衆に釣りを教えてもらう会にすれば、港との交流にもなります」
「おお、それはええな」
「釣った魚を、その場で焼くとか、汁にするとか」
「結局飯になるやん」
「旦那の店ですから」
みんなが笑った。
ヨイチが整理する。
「交流会の案としては、寺社での振る舞い飯、季節の花見や紅葉会、茶と団子の会、歌や読み書きの会、漬物や裁縫の会、釣りの会、竹細工や草履修繕の会」
「ええやん」
「かなり多いですよ」
「全部やる必要はない。月に一つ、季節に一つぐらいでええ」
お花が言う。
「ただ、目的をはっきりさせた方がよいですね」
「目的?」
「町の人と顔をつなぐ。うちの者が悪い人ではないと知ってもらう。縁があれば自然につながる。
松坂の町へ銭も落とす。そういうことです」
「そうやな」
博之は起き上がり、少し真面目に言った。
「これはお見合い会ではない。飯会や。交流会や。結婚を急がせるものではない」
「それは大事です」
「縁があればええ。けど、縁がなくても顔がつながればええ」
若い女衆が少し笑って言った。
「でも、旦那様、絶対に人の色恋を見て楽しみますよね」
「それは楽しむ」
「否定しないんですね」
「楽しむけど、押しつけはせん」
場に笑いが起きた。
ヨイチが言う。
「では、最初は何にしますか」
「梅の会やな」
「梅ですか」
「時期的にもええ。弁当、茶、甘味少し。町の若い衆、職人、寺社の手伝い、うちの女衆と男衆。
あまり大きくせず、二十人から三十人ぐらいで始める」
「場所は」
「寺か神社の近くで相談やな。住職さんにも一回聞く」
「また愚痴ついでに行くんですか」
「今度は相談や」
「だいたい同じです」
博之は無視して続けた。
「弁当はうちが出す。混ぜ飯の握り、田楽、すり身天、野菜天、汁。甘味は少し。茶も用意する」
「かなり豪華です」
「最初やからな」
「参加費は?」
「取らん」
ヨイチが少し驚いた。
「無料ですか」
「最初は無料や。銭を取ると商売になる。今回は顔つなぎや」
「なるほど」
「ただし、人数は絞る。呼びすぎたら炊き出しになる」
「呼ぶ相手は?」
「寺社に相談して、町の者を少し。うちからも働きの良い者を少し。男女混ぜる。年齢も少し混ぜる」
お花が頷いた。
「それなら自然です。縁談というより、町の寄り合いに近くなります」
「それがええ」
博之は満足そうに言った。
「うちは、町から離れて大きくなるんやなく、町と飯を食いながら大きくなる」
ヨイチが少し笑った。
「またいいこと言いましたね」
「書いとけ」
「はいはい」
博之は枕を抱え直し、少しだけ目を閉じた。
「炊き出し、花見、茶会、釣り、漬物、裁縫。なんでもええ。共通項がある会を作って、飯を出す。
うちの者と町の者が、ちょっとずつ顔を合わせる」
「地味ですが、効きそうですね」
「地味な方がええ。派手にやるとまた怒られる」
「学びましたね」
「怒られたからな」
また笑いが起きた。
こうして、伊勢松坂屋の次の方針に、定期交流会が加わることになった。




