松坂城主に怒られて博之はぐったり。どうしたら松坂に金を落とせるかを古参と一緒に考えたい
松坂本店の奥座敷で、博之は布団と枕を持ち込んで、ごろりと横になっていた。
周りにはヨイチ、お花、古参の者、買い付け方の女衆たちが集まっている。
どう見ても会議の姿ではない。旦那が布団に半分埋まり、枕を抱えながら話しているのだから、
真面目な場というより、疲れた者の愚痴会に近かった。
「旦那、全然真面目に話す気ないでしょう」
ヨイチが呆れて言う。
「あるわ」
「布団持ち込んでる人の言葉ではないです」
「もうな、頭使いすぎて無理やねん」
博之は枕に顔を埋めたまま、くぐもった声で言った。
「今日は城主に呼ばれて、伊勢に金使いすぎや言われて、松坂にも使え言われて、
布団二百組、十六万文使います言うてきたんやぞ」
「即答したのは旦那です」
「それから住職のところ行って、焼き飯と揚げ出し豆腐持ってって、愚痴聞いてもらって、
方針も相談してきたんや。もう旦那さんはぐったりでございます」
そう言って、博之は完全にふてくされた。
お花は笑いをこらえながら茶を置いた。
「でも、集めたということは、話したいことがあるのですよね」
「ある」
博之は少しだけ顔を上げた。
「どうやったら角が立たずに松坂に金を落とせるか、や」
場が少し静かになる。
「伊勢便は楽しかったです」
買い付け方の若い女衆が、少し遠慮がちに言った。
「内宮さんにも行けましたし、買い物もできましたし、港の横丁も見られましたし」
「それはええねん」
博之は頷いた。
「楽しんでくれるのはええ。むしろ、それは店としてもありがたい。
伊勢参りできる店というのは、人を残す力になる」
「はい」
「でも、そうやって伊勢に金を落としたら、松坂から見たら“松坂屋は伊勢ばっかり向いてる”
となるわけや」
「今回それを言われたのですね」
「そう。だから松坂にも定期的に金を落とす仕組みがいる」
博之は枕を抱えたまま、指を折った。
「一つは、松坂便や。松坂の布団屋、古道具屋、布屋、草履屋、手ぬぐい屋から、生活用品を買う」
「それは分かりやすいですね」
ヨイチが言う。
「ただ、住職にも言われたんやけどな」
「何をですか」
「うちが松坂の仕事を食いすぎると、また反発を呼ぶ」
博之は身体を起こした。
「例えば、うちで布団屋を始める。うちで草履屋を始める。うちで酒屋を始める。そうすると、
町の商売を食うやろ」
「はい」
「しかも、うちは三百人以上おる。下手したら三百八十、四百まで行く。そうなると、
うちの中で買わせるだけで商売が成り立ってしまう」
「それはまずいですね」
「まずい。松坂屋の中だけで金が回ってしまう。そう見えたら終わりや」
お花が静かに頷いた。
「なら、作るのではなく、買う側に回るのがよいのではありませんか」
「住職にもそう言われた。飯と飯に直結するものはうちでやる。けど、それ以外は町から買う」
「それなら、松坂に銭が落ちます」
「そうやな」
博之はまた寝転んだ。
「問題は、何を買うかや」
「布団は決まりましたね」
「布団は決まった。二百組や。だけど、毎回布団は買えへん。次は何や」
古参の一人が言った。
「草履はどうですか。人数が多いので、すぐ傷みます」
「ありやな」
「仕事用の草履と、外出用の少し良い草履を分ければ、従業員向けにも売れます」
「松坂の草履屋から買う」
「はい」
別の者が続ける。
「手ぬぐい、雨拭き布、作業用の布も必要です。湯浴み場でも使いますし、雨の日商売にも使えます」
「それも買う側やな。布屋から買って、一・五倍でうちの者に回す。雨の日は客にも売る」
お花が言う。
「針、糸、端切れも必要です。女衆が自分で繕う時に使います」
「それも松坂で買えるか」
「買えると思います。小さいものですが、数が出ます」
ヨイチが帳面に書きながら言った。
「帳面用の紙、筆、墨も必要です。読み書き算術を教えるなら、そこも定期的に買うことになります」
「地味やけど大事やな」
「旦那が帳簿嫌いでも、店は帳簿で動きます」
「やかましい」
少し笑いが起きる。
博之は天井を見ながら、さらに考えた。
「飯屋に関しては、もうおじさんが新しい飯を思いついて一軒出す、みたいな話になってるやろ」
「焼き飯屋ですね」
「そう。でも、それだけでみんなの食い口を増やし続けるのは無理や」
「はい」
「ワンチャン、俺の飯を外へ出すために、原材料を松坂で作って、他の土地へ送るというのは
ありやと思った」
「原材料ですか」
「一つは漬物」
博之は少し身を乗り出した。
「うちの混ぜ飯がうまいのは、たくあんや梅しそや、漬物の味が飯に染みてるからやろ。
あれは、うちの味や。伊勢松坂屋の漬物として、松坂で作って、伊勢や港や津の拠点へ送る」
「それは筋がいいと思います」
ヨイチが即座に言った。
「本当か」
「はい。漬物なら飯に直結します。松坂の大根や野菜を買い、漬物にして、伊勢松坂屋の味として
各拠点へ送る。町の野菜も買いますし、飯屋の中核でもあります」
お花も頷いた。
「女衆にも仕事が作れます。漬ける、切る、味を整える、樽を管理する。力仕事だけではありません」
「なるほど」
「しかも、漬物は売ることもできます。松坂本店の味として、伊勢の拠点でも使える」
「これはええな」
博之の顔が少し明るくなった。
「ただし、漬物屋を潰すようなことにはしない」
「なら、町の漬物屋や農家と組む形ですね」
お花が言う。
「大根や野菜は農家から買う。味付けの一部はうちでやる。樽や塩、味噌は町から買う」
「そうやな。全部を自前にしない」
古参の男が言った。
「味噌だれもありますね。田楽味噌、天ぷらにつける味噌だれ、混ぜ飯用の味噌」
「ああ、それもある」
「味噌屋から味噌を買って、うちで調合する。これを伊勢や港へ送る」
「飯に直結するな」
「はい。味噌屋にも金が落ちます」
ヨイチが書き込む。
「漬物、味噌だれ、雨支度、草履、手ぬぐい、帳面道具、針糸、布団」
「だいぶ出てきたな」
お花が少し考えたあと、言った。
「あと、火鉢や炭、薪はどうでしょう。冬場の拠点には必要です」
「炭と薪か」
「山の者から買えます。松坂周辺の山にも銭が落ちます」
「それは大事やな。飯屋は火を使うからな」
古参が続ける。
「竹も必要です。竹べら、笹包み、串、かご、荷運び用の道具」
「竹もか」
「焼き飯を売るなら、竹べらが大量に要ります」
「そうやった。竹べら五千文分や」
「竹細工の者に頼めば、松坂に金が落ちます」
博之は、少しずつ機嫌を直していった。
「なんや、あるやん」
ヨイチが笑う。
「旦那が布団でごろごろしてる間にも、皆さんちゃんと考えてます」
「わしも考えてる」
「枕抱えて?」
「枕は頭を冷やすためや」
「便利ですね」
また笑いが起きた。
博之は皆を見回した。
「方針としては、こうやな」
ヨイチが筆を構える。
「一つ。飯に直結するものは、うちの味として作る。漬物、味噌だれ、焼き飯用の混ぜ飯、竹べら」
「はい」
「二つ。生活用品は松坂の店から買う。布団、草履、手ぬぐい、雨拭き布、針糸、帳面道具」
「はい」
「三つ。うちで全部作らない。町の仕事を食わない。買うことで松坂に銭を落とす」
「大事ですね」
「四つ。買ったものはうちの者に一・五倍で売る。高いものは分割。必要なものは拠点へ直送」
「はい」
「五つ。漬物や味噌だれみたいな飯の芯は、伊勢や津へ送る。松坂の味を外へ出す」
お花が微笑んだ。
「それなら、松坂に根を置いたまま外へ広げられますね」
「そうやな」
博之は少しだけ安心したように息を吐いた。
「松坂の中で閉じるんやなく、松坂で買って、外で飯にする。松坂にも銭が落ちる。伊勢でも売れる。
うちの者にも仕事ができる」
「かなり良いと思います」
「ほな、まず漬物やな」
ヨイチが言った。
「混ぜ飯の芯ですからね」
「大根、梅しそ、たくあん、刻み漬け。これを松坂の農家や漬物屋と話して、うち用に作る。
味はうちで整える」
「また新しい帳面が要ります」
「……それは言うな」
「必要です」
「分かっとる」
博之は枕を抱え直し、少しだけ笑った。
「なんか、ちょっと見えてきたわ」
お花が言う。
「松坂に金を落としながら、伊勢松坂屋の飯の芯を作る」
「そうや」
博之は頷いた。
「木綿屋にも酒屋にもならん。飯屋のまま、松坂のものを買って、飯に変えて、外へ持っていく」
「それなら、飯屋でいられますね」
「飯屋でいたいねん」
ヨイチが小さく笑った。
「もうだいぶ怪しいですけど」
「うるさい」
それでも、座敷の空気は少し明るくなった。
怒られたことから始まった悩みは、松坂の町から買い、飯の芯に変え、外へ流すという
新しい形にまとまりつつあった。
博之は布団にくるまりながら、最後にぽつりと言った。
「ほな、漬物からやるか」
ヨイチがすかさず返す。
「また仕事が増えましたね」
「ええ仕事や」
そう言って、博之はようやく少しだけ笑った。




