購買方。松阪のものはしょうもないものになる可能性があるから日用品やな。とりあえず。定期便で伊勢便を初回買い付け3万文
博之は、購買方の紙を眺めながら、少し眉を寄せた。
「松坂のものは、ちょっとまた考えよう」
ヨイチが顔を上げる。
「どうしてですか」
「しょーもないもんやったら、みんな買わへんかもしれん」
「まあ、松坂のものは普段から見てますしね」
「そうや。松坂城下で売ってる櫛や手ぬぐいを一・五倍で売っても、“それ自分で買いに行けるやん”ってなるかもしれん」
博之は指で紙を叩いた。
「松坂のものは、必需品やな。布団、草履、作業用の布、雨拭き布、手ぬぐい、薪割り用の道具、帳面用の紙。そういう、必要に応じて買わなあかんものを、買い物方にまとめて仕入れさせる」
「日用品と消耗品ですね」
「そうや。松坂のものは実用品。伊勢のものは欲しくなるもの」
お花が頷いた。
「伊勢の神宮周りの小物は、確実に売れると思います」
「やっぱりそうか」
「はい。香袋、髪紐、櫛、巾着、かわいい手ぬぐい、甘味。伊勢のものというだけで、松坂の女衆は興味を持ちます」
「売れ残っても、お花さん欲しがるか」
「私だけではなく、欲しがる者は多いと思います」
博之はにやりとした。
「じゃあ、とりあえず三万文ぐらい買っとこうか」
ヨイチが筆を止めた。
「いきなり三万文ですか」
「うち、金あるやん」
「そういう問題ですかね」
「最初に小さくやっても、話題にならへん。三万文分買えば、品数も揃う。女衆も目を輝かせる。伊勢にも銭が落ちる」
お花が少し考える。
「ただ、買い付ける人は選ばないといけません」
「そこやな」
博之は頷いた。
「女衆を十人選ぶ。古参の女衆を何人か。若くて、かわいいものを見る目がある者も何人か。帳面を見られる者も一人か二人」
「買い付け方ですね」
「そうや。紋付き袴を着せる」
「女衆も紋付き袴ですか」
「挨拶用や。ちゃんとした伊勢松坂屋の者やと分かる。買い付け先にも失礼がない」
ヨイチが紙に書き込む。
「問題は移動ですね」
「そこなんよ」
博之は腕を組んだ。
「海から行くのが早いのか、街道を歩くのがええのか」
「三万文分の荷物を持って帰るなら、歩きは大変ですね」
お花が言った。
「女方だけで街道沿いを歩くのも疲れますし、少し心配です」
「やっぱり船か」
「船なら移動は楽です。荷も積めます」
ヨイチが少し笑う。
「九鬼様にまたお願いですか」
「この前のお礼も兼ねて行くか」
「旦那、また挨拶が増えますね」
「しゃあないやろ」
博之は少し考え、また口を開いた。
「でも、船で行くなら利点が多い」
「利点ですか」
「まず、早い。荷物を運べる。伊勢の海沿いの拠点の様子も見られる。九鬼様にも、うちが伊勢で買い付けを始めるという話を通せる」
「たしかに」
「それに、都度都度お駄賃として五千文ぐらい払う形にすればええ」
「船賃とお礼ですか」
「そうや。行き帰りで乗せてもらって、帰りは三万文分の小物を積んで帰る。これをぐるぐる回す」
ヨイチが頷いた。
「一回目は試しですね」
「そう。うまくいったら継続や」
「九鬼様にも得がありますね。船を使ってもらえる。お礼も入る。しかも伊勢松坂屋が伊勢で金を落とす姿を見せられる」
「そこや」
博之は嬉しそうに言った。
「九鬼様にも見せられる。うちの店の者が、これだけ物を買うんやと。しかも、飯屋の余り金やなく、三百人所帯の消費や」
「羽振りがいいところを見せるわけですね」
「俺の懐から出すわけちゃうけどな。最終的には従業員に一・五倍で売るから戻る」
「相変わらず抜け目ないですね」
「商いや」
お花が少し楽しそうに言った。
「それに、買い付けに行く女衆にも良い経験になりますね」
「そうやろ」
「伊勢の店を見て、どんなものが売れているかを学べます。小物屋や甘味屋と話すこともできます。帰ってきて、松坂の女衆に“これはこういうものです”と説明できる」
「それがええ」
博之は頷く。
「ただ物を買うだけやない。流行を見てくるんや」
「流行ですか」
「伊勢で今、何がかわいいのか。何が参拝客に売れているのか。女衆が何を欲しがるのか。それを見てこいという話や」
ヨイチがにやにやした。
「しかも、流行のものを身につけたかわいい女衆が十人、伊勢の店に寄ってくるわけですね」
「そうや」
博之もにやりとする。
「しかも紋付き袴や。きちんとした店の者やと分かる。変な者ではない」
「目立ちますね」
「目立つ。伊勢の小物屋も甘味屋も、“松坂屋の女衆が買いに来た”と覚える」
「交流にもなりますね」
お花が言った。
「店の者同士で顔なじみになれば、次から買いやすくなります」
「そこもある」
博之は指を鳴らした。
「それに、女衆がこういうの好きやと分かれば、男衆も使える」
「男衆?」
「縁談会や茶会の時に、香袋や髪紐を贈るやつが出るかもしれん」
ヨイチがすぐに突っ込む。
「また旦那、色恋に持っていこうとしてる」
「持っていってない。自然な流れや」
「絶対楽しんでますよね」
「楽しいやろ」
お花も笑った。
「でも、きっかけにはなりますね。いきなり高いものではなく、香袋や髪紐なら受け取りやすいです」
「そうやろ」
「ただ、押し付けにならないようにだけ気をつけないと」
「そこはお花さんが見てくれ」
「また私ですか」
「頼りにしてる」
「都合がいいですね」
部屋に笑いが起きた。
博之はさらに紙を引き寄せる。
「買い付け方十人。うち、古参女衆三人。若い女衆四人。帳面見られる者二人。用心に男衆一人か二人」
「女衆十人では?」
「いや、荷物と銭を扱うから、用心はいる」
「それはそうですね」
「ただし、前に出るのは女衆や。小物を見る目がいるからな」
ヨイチが書き留める。
「買い付け額、初回三万文」
「船のお礼、五千文」
「九鬼様への挨拶も必要ですね」
「もちろんや。この前のお礼も兼ねて、飯か品を持っていく」
「買い付け品は」
「香袋、髪紐、櫛、巾着、手ぬぐい、甘味は予約分、香の物、かわいい布小物。あと、安くて見栄えのするもの」
「着物や帯は?」
「初回は見本だけや。売れ残ったら重い。欲しい者がいれば次回予約」
「値付けは一・五倍」
「そうや」
お花が言った。
「松坂で売る時は、ただ並べるだけでなく、買い付けに行った女衆が説明するといいと思います」
「どういう感じや」
「これは伊勢の内宮近くで買った香袋です。これは港の方の店で見つけた手ぬぐいです。これは若い参拝客に人気だった髪紐です。そう説明すれば、欲しくなります」
「物語を売るわけやな」
「はい」
博之は満足そうに頷いた。
「ええな。伊勢便や」
ヨイチが笑う。
「名前、決まりましたね」
「伊勢便、初回三万文」
「だいぶ派手です」
「派手に行く。どうせ売れる。売れ残っても景品にする」
「それでも三万文ですからね」
「うちの女衆が欲しがるなら在庫やない。眠ってる銭や」
「またそれっぽいこと言ってます」
博之は麦茶を飲みながら、どこか楽しそうだった。
伊勢と松坂がつながったことで、飯だけではなく、小物も、人も、銭も動かせるようになった。
伊勢で買い、松坂で売る。
そのために女衆を船に乗せる。
九鬼様に顔を出す。
伊勢の店に金を落とす。
松坂の女衆は伊勢の品を身につける。
そして、茶会や縁談会で、その品がまた話の種になる。
「これ、面白いな」
博之が呟くと、ヨイチがため息まじりに言った。
「旦那は本当に、何でも商売と色恋にしますね」
「色恋は人を動かすからな」
「飯も人を動かしますしね」
「つまり、飯と色恋と小物や」
「だいぶ俗っぽいです」
「俗っぽい方が銭になる」
また笑いが起きた。
こうして、伊勢松坂屋の中に、新しい役目が生まれようとしていた。
買い付け方。
伊勢便。
紋付き袴の女衆たちが、船で伊勢へ向かい、三万文分の小物を買い、松坂へ持ち帰る。
それは単なる買い物ではなかった。
伊勢に銭を落とし、松坂の従業員の銭を動かし、九鬼との縁を深め、女衆の楽しみを増やし、男衆の贈り物の口実まで作る。
博之は最後に、ぽつりと言った。
「……これは売れるぞ」
お花が微笑む。
「売れると思います」
ヨイチが続ける。
「そして、また帳簿が増えます」
博之は一瞬だけ固まった。
「それは……あとで考える」
その場にいた全員が、また笑った。




