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4話 始まった居場所のない戦い  壁越しの世界を割る騒音 黒猫灰実編 開始。

2013年、夏。


あれから、2週間が過ぎた。



薄暗い部屋のなか、PCモニターの光だけが、ぼくの顔を青白く照らしている。


画面に映るのは、動画サイトの管理画面。

『【伝説の路地裏】ハイタの咆哮、メガシンカさせてみたwww』

『【MAD】ハイタ×〇〇×サックスおじさん』

そんなタイトルで並ぶ、何十本ものパロディ動画。再生数は、全部合わせると30万回を超えていた。


「……気持ち悪い」


そう呟いて、何度目かの削除申請を送る。

帰ってくるのは、いつも通り、感情のない定型文。


『権利侵害は認められませんでした』


あちらは、ぼくのあの日の恥ずかしさを切り刻み、「ハイタ」という記号に仕立て上げて、おいしく食べている。


ネットの海には、最強だったぼくのペットカイリュウも。

サヤとの思い出も、全部ログとして流されて拡散され白いコメントで埋もれ見えない。


ぼくはベッドに身体を沈め、チョコミントのアイスを啜る。


あの日、路地裏で必死に叫んだあの音は、パロディの笑い声に掻き消された。


「……書き換えてやる」


誰を? 動画を作った奴ら? 笑ってる30万人?


ぼくは、ギターのケースをゆっくりと開く。

埃をかぶった弦を一本、指で弾いてみた。

鈍い音がして、部屋の空気が少しだけ揺れる。


ぼくは、一応まだ灰実だよ。

こんな偽ハイタの記号になんて、なってない。


画面の中の「ハイタ」が、ニヤニヤ笑いながらギターを弾き続けている。

なら、その笑い声なんて、ぼくが鳴らす本物のノイズで、耳鳴りに変えてやればいい。


それまでプロンテラ南の平原でポリンを叩いていた日々は、アコギをポロロンと鳴らすだけの、ただの「日常」だった。

それまでのコードは、ただのレベル上げだった。


Gコード。


Amコード。


その辺の雑魚を狩るみたいなものだ。


少し練習すれば誰でも鳴る。


経験値さえ積めば越えられる壁だった。


だが、Fコードは違う。


あれは転職クエストだ。


条件は分かっている。


攻略サイトにも書いてあるし、必要な手順も全部知っている。


なのに成功しない。


指をこう置け。


手首をこう曲げろ。


力を抜け。


分かってる。


そんなことは最初から分かってる。


でもできない。


何度挑んでも失敗する。


素材集めのために同じダンジョンを何百周もするみたいに。


同じフォームを何百回も繰り返す。


ある日は音が鳴らない。


ある日は指が痛い。


ある日は昨日できたことが今日できない。


まるで耐性装備を揃える作業だった。


一つ足りなければ即死する。

「そんな装備で大丈夫か?」


そう何度も唱え。


少しでもズレれば失敗するから少、しずつ揃えていく、指の角度。


力の入れ方。手首の位置。


攻略条件を埋めるように。


「……フッ」

ジャーヴァーン


隣の部屋の壁越しに声がした。


「お兄ちゃん?」


ぼくは答えない。


今は戦闘中だ。


「さっきから何してるの?」


答えない。


チャット欄に反応している余裕はない。


灰実は妹の存在を「NPCのメッセージ」扱いしてる。


そして今日、カチリ、と。


何かが噛み合った。


みたいな。


そしてラスト。


「……鳴れ」


ジャァァァァァン―――!!


濁りのない和音が部屋を満たした。


その瞬間、ぼくは知った。


Fコードは技術じゃない。


これは、大魔法だったんだ。

ドンドオーンドーン。

足で床を鳴らす。

エフェクトを忘れないうちに、ぼくの体へと。


あとは録音の準備、ステミキ、動画作成。


全て面白いようにこの部屋のシステムとしてMMO攻略への投資がまた輝く!


ハイエンドPCなら余裕で展開できる。


ギターを抱える。


「……さて、クソゲーを始めちゃうーよー」


それは誰のためでもない。


この30万の呪いを、物理的に焼き切るための旋律だ。


バンッ!!


部屋の扉が勢いよく開いた。


「うるさいんだけど!!」


そこにはジャージ姿の妹が立っていた。


「今何時だと思ってんの!?」


ぼくは時計を見る。


午後八時十七分。


妹は眉をひそめた。


「さっきからジャーン!とかドーン!とか一人で何やってんの?」


ぼくはギターを抱えたまま答える。


「大魔法の詠唱」


「は?」

そんな装備で大丈夫か? 

「問題ない」


「病院行く?」


僕の大魔法は、完成した。

でも、召喚で現れたのは、妹というNPCだ。

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