2話 クエスト受注 新マップ解放! ロケーション ステージ2
『只今の買取査定、待ち時間は……約120分となっておりまーす』
その声を聞いた瞬間、僕の中のHPが0.1ほど削れた。
――長い。
魅了スキルが無いよ、トホホ。上級者はごねるんだろうか?
「いや。この現実サーバーは、終戦フラグ。」
「?」
ギターを抱える僕を店員がジロリと警戒した。
(しまった余計なことを)
MMOなら、こんな処理落ちのような待機列を作った時点で。
運営の掲示板はクレームの嵐で炎上する。
(……別マップ行くか)
誰に言うでもなく呟いて、ボクは店を出た。
別に、店員NPCの視線が怖かったわけじゃない。
ギルド受け付けでの絡みは、新人チュートの様式美だし……。
ただ、2時間は、ボクのMP(精神)が、この火山で耐えられない。
わかりやすく言うと。
ーこのイベント自体が、レイドボスの周回に耐えられないアホげー仕様ー
一般人には、余計わかりにくいな。
高負荷で回るグラフィックボードのファンのように、脳が答えを見つけようと唸りだした。
15分後。
外に出た。
瞬間、またHPが削られる、太陽はいつも、初見殺しのギミックだ。
「他にもローカルリサイクルショップが、……近くにあったはずだな」
僕の脳内マップが勝手に展開される。
キングリサイクルは“アイテム売却NPC”。
りさいくるくるは――たしか“中古装備の再配置エリア”。
用途は似ている。違いは、たぶんドロップ率くらいだ。
僕は歩きながら、スマホで地図を開く。
「クエスト更新:りさいくるくるへ移動」
そんな表示はもちろん出ない。
でも、たぶんこれはサブクエストだ。
************
僕が逃げ込んだのは、りさいくるくる、の裏手にある日陰の路地だった。
まるで半年前までの、ヤグナファイブのナージャ大陸のような安心感がある。
向かいには小学校の通学路。誰もいない。静かだ。
『クエスト結果:新マップでのロケーション観測』
報酬 受付NO214番
移動時間 15分
受注時間 15分
結果 45分後 *運営によるアナウンス
脳内で勝手にシステムメッセージが鳴る。
「なんだよ……せっかく、せっかく外に出たのに……ボクは、初期装備を売るクエストすらクリアできないのかよ……」
ブロック塀にずるずるとへたり込み、地面にギターケースを下ろした。
自己嫌悪と夏の暑さで、脳みそがドロドロに溶けていく。
マイ女神は去り、ゲームの居場所も奪われ、現実ではリサイクルショップをはしごして逃げ回るだけのただのバグキャラ。
「……もう、どうにでもなれ」
その言葉が落ちた瞬間、音が消えた気がした。
暑さも、蝉の声も、現実の重さも。
ボクはギターケースの金具を外し、
炭のように黒ずんだそれを取り出す。
「結局、ボクはお前からすら逃げたんだよな……」
ポロ、と弦を弾いた。
くぐもったノイズ。
安っぽい音。
――なのに。
一瞬だけ、視界が切り替わる。
灰色の海。
無限に広がるフィールド。
空を裂く影。
(旧サーバー……)
(まだ、そこにいる)
ボクの喉が勝手に動いた。
「……来たれ」
(歌うように)
灰実、目を見開いてシャウトする。
「来たれ――!」
「灰色の海を裂いて!」
「我が翼!」
「我が牙!」
「我が唯一の騎獣!」
「来いッ!!」
「カイリュウゥゥゥ!!」
ジャジャーン!
かき鳴らす音と声。
下校中の小学生が数人通りかかる。
手には3DS。通信ランプが点滅している。
「……なにあれ。ポケモンの歌?」
「カイリューって言った! 今手持ちにいる!」
僕は構わず弾き続ける。
ネトゲの戦闘ログがそのまま音になる。
「血の海を渡れぇぇ!! 邪魔する奴は噛みちぎれぇぇ!!」
「地の海で!はかいこうせんだ!!」
「地の海でー ジャモン ヤシモン踏みつぶせ!」
「3D技きた!!」
意味が“技名”に変換されていく。
(……違う)
(これはゲームじゃない)
説明が終わる前に、音が進む。
(ヤケクソで)
「そうだ!! 限界を超えろ!! メガシンカで空を裂けぇぇ!!」
「カイリュー!!」
「いけー!!」
小学生たちは目を輝かせている。
「もっと! カイリュー喜んでるよ!」
「おやつあげなきゃ!」
(……おやつ?)
灰実の脳内に、違和感が走る。
だがその違和感より早く、
ギターの音が次のフレーズを刻んでいく。
気づけば、彼は弾いていた。
誰かに見せるための音ではなく、
誰かに“伝わってしまう音”を。
灰実
(ヤケクソで)
……そうだ!! 食い尽くせ!!
「甘いポフレで 限界を超えろぉぉ!!」
小学生たち
「カイリュー!! いけー!!」
「ポフレいっぱい食べてー!!」
音は噛み合っていない。
なのに、リズムだけが揃っていく。
「空を裂け!!」
「空を裂け!!」
「いでよ!!」
「いでよ!!」
僕は気づく。
これは演奏じゃない。
誰かに“見られてしまった音”だ。
(――止め方が、もう分からない)




