1話 中学3年 彼女とゲームが自然消滅 炭のギターを売り PS3を買うステージ1
2013年、夏。
薄暗い部屋の中で、ボクの聖域に。
PCモニターだけが煌々と輝いている。
画面には、炎の中からフェニックスが飛び立つような (うっとり)
「超大型MMO・新生サービス開始!」のトレイラー映像。
対応ハードのロゴに『PS3』の文字が光る。
ボクは灰実はいみ、中学3年生。約1年半の引きこもり生活中だ。
子供の頃から続けたMMO『ヤグナファイブオンライン』。
その灰色のデータ海で、ぼくらは間違いなく最強の装備とクラン(ギルド)を率いて、世界に貢献したはずだった。
しかし、運営の体制が変わり「新生」を謳う今の母体は、最悪最低。
『既存ペット廃止のお知らせ』
新規向けの理不尽なバランス破壊は、愛する世界に「バルス!」を起こし。
署名運動をしましたが、運営の答えはこの1か月、無しのつぶてです。
ガチャン。
お返事が今着きました。
『お問い合わせのご回答』
平素は当ヤグナファイブオンラインをご利用いただき御礼申し上げます。
あなたのクランのご活躍――
すらすらと社交辞令のあと。
『上記の利用規約違反により、クラン機能はく奪・アカウント機能制限を実施いたしました』
ドン!
PCのコントローラーを机に叩きつけた。
僕たちが積み上げた何千時間という歴史も、最強の称号も、すべては容赦なくリセットされ。
サーバーデーターは、消え去った。
「どっどうしよう! 困った、とりあえずさやちゃんに相談を!」
よし!
手元のスマホを無表情でスワイプする。
(マイ女神 どうしてるかなぁ)
当時、クランを裏から支えてくれたリアルの幼馴染。
ハンドル「ハイタ」を唯一「灰実くん」と。
このかわいい、バグめいた本名を現実で知る存在。
中学校でも真っ直ぐに呼んでくれたんだ。
画面は、色鮮やかなSNSのタイムライン。
そこには、制服姿でカラオケでピースサインをする「サヤ」の姿があった。
「……楽しそうですねぇ」
あいつは僕が引きこもっている間に、あっさりと現実リアルの光に吸い込まれ、別サーバーへと旅立っていった。
「はあーひどいリアルだな」
乾いた声が、エナジードリンクの空き缶だらけの部屋に落ちる。
サヤのログイン履歴は、もう342日前から止まっている。
彼女にとっての『ヤグナファイブ』は、とっくに終わった過去のゲームなのだ。
(いやサヤちゃんは女神!)
最近観てなかったラインを開くと1年溜まった未読が流れる。
そして去年の12月。
『へんじくらい白 バイバイ』
その一文だけが、タイムラインの底に沈んでいた。
いつ打たれたのかも分からない誤字の呪文。
既読は、とうに消えていた。
知らない間に、もう僕らは別れていたようだ。
「アイス補充中 もぐもぐ」
そう、うだる暑さの中で返信を打ち込み、僕は現実とオサラバした。
スマホをベッドに放り投げる。
「……あーあ。アイス、溶けちゃったな」
ドロドロになったチョコミントを啜りながら、部屋の隅へ視線を逃がす。
半開きになった押し入れの奥。積み上がった空き箱の隙間に鎮座する、黒い物体。
中1の春。
「灰実くん、手先器用だからギターとか弾けそうだね」
という、マイ女神の何気ないお世辞を真に受け、文化祭での一発逆転。
(リア充化)を夢見てポチった。
『初心者用アコースティックギター』2万。
だが、現実は甘くなかった。
最初のボスである「Fコード」の理不尽な難易度の前にボクの左手は悲鳴を上げ。
開始3日でゲームオーバー。以来、一度も触れられることなくホコリを被り、今や炭のように真っ黒に変色した、完全なる『呪いの装備』である。
『♪キングオフに売ろう〜』
『♪キングオフは、買取りしてるよ〜』
『♪やっぱり売るなら〜キングオフ!』
『♪ キングオフ〜』
隣の妹の部屋のテレビの音が、薄い壁をぶち破って響いてきた。
「うるさい!……待てよ」
僕は、煌々と光るモニターの『PS3』のロゴと、炭になったギターを交互に見比べた。
「こ、これを売れば……新サーバーへの移住資金(PS3代)の足しになるんじゃないか……?」
そうだ。現実はクソゲーだ。マイ女神も別サーバー(リア充の輪)へ消えた。愛馬も消された。
なら、こんな黒歴史の残骸、とっととNPC(リサイクルショップの店員)に売り払ってやる!
僕は「炭」をケースにぶち込み、フラフラと立ち上がった。
そして暇つぶしに買ったゲームソフトを物色し。
空いたケースの隙間に、それらを投入する。
PSPの剥き出しのソフトを金貨のようにケースに詰めたせいで。
ズシリと肩に食い込む重さ。
もうこれは、己の黒歴史のアイテムボックスだ。
「さらば現実クソゲー……ボクはPS3と共に、輝かしい新世界へログインするんだ……!」
決死の覚悟で部屋のドアを開ける。
「ぷっ!何その恰好! お兄ちゃん夜逃げするの?」
後ろから声がした。
振り返る、と妹が大笑いしている、
「はぁー。 いきなり会敵かー」
妹という規格外モンスターを無視し、
僕は玄関へ向かった。
夏の太陽が容赦なく照りつける。
アスファルトが白く光っているのを見た瞬間、ぼくの視界の端が一瞬だけ歪んだ。
――HPバーが見えた。
正確には、太陽そのものが“上空の攻撃判定”みたいに表示されている気がした。
ジリジリと、赤いゲージが削れていく。
(……あれ?)
錯覚だと分かっているのに、体のほうが先に納得してしまう。
汗が流れるたびに、HPが減っている気がする。
風が吹くと、ほんの少しだけ回復する。
そんなはずはないのに。
まあ今は、いい。
目指すは、不用品を抱えた連中が集まる現実のアイテム処理場――『火山地帯』だ。
***
「……ひぐっ、外のグラフィック、明るすぎ……っ」
あの後開始3分で後悔した。
1年半ぶりの夏の日差しは、引きこもりの貧弱なHPをゴリゴリと削っていく。
汗だくになりながら、なんとか辿り着いた買取店。
だが、そこは中3の引きこもりには厳しすぎる地獄(高レベルエリア)だった。
日焼けした高校生の野球部員、キャッキャと笑う家族連れ。
やたら声のデカいヤンキー風のカップル。
眩しすぎる「現実リアルの住人」たちの群れに、ボクは息が詰まりそうになる。
リアルな体は少年、心はまだLV4以下のボク。
(こういうシーンは酒場で絡まれやすいな)
なんとかレジカウンターまで辿り着いたボクに、無慈悲な店内アナウンスが響き渡った。
『只今の買取査定、待ち時間は……約120分となっておりまーす』




