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MMOの亡霊ハイタ クランの未来 その果て

2013 秋


夕暮れ時、紫の雲と闇のエフェクトが胸にしみる。


ぼくは、数年間脳と世界を繋いできた「ハイエンドPC」のタワーケースを前に乗せ。

自転車に乗り抱駅前の「キングオフ」へと向かっていた。


ずっしりとペダルが、重い。

この箱の中には、何万時間もの攻略データ、積み上げたログ、そして僕がリアル世界を否定するために費やした計算、構造 ネットへの好奇心 資源がすべて詰まっている。



ぼくは自転車を停め。

メインサーバーであるPC本体を持ち、キングオフを目にして、立ちすくむ。


サアアア

あのヤグナファイブの高原が脳内のエフェクトを描く。

秋を迎え 音のエフェクトは、 カア カアとバクを出す。


カラスの声はシステムメッセージにはならず。



それよりも……。



「ぶへっ!」

いかん足を段差に当てたよ。


昨日妹の友達を見た時、心が揺らいだ。

あの中にチラリと見えた美少女1人。

(そろそろサヤの代わり探したほうが?)


サヤというサーバーであるMMOが詰まったこの本体。

売ってエフェクターを買いイケボで歌い手になり。


ここからあの子への歌にするべきか?

それとも引き返すか。



「……最後だな」


店舗の自動ドアをくぐる。

店内の空気は冷たく、無機質な機械の匂いが立ち込めている。カウンターには、忙しなくキーボードを叩く店員の姿。


僕は、愛着あるタワーをカウンターに置いた。

金属の冷たい響きが、店内に小さく響く。


「査定をお願いします」


店員が手慣れた様子でケースを開け、内部を確認する。

最新のグラフィックボード、冷却ファン、配線。

それは僕が「現実」を回避し、「理想」を構築するために磨き上げてきた、まさに僕の分身だった。


「スペックは十分ですね。……ただ、少し埃が溜まっていますか」


店員の声が、妙に遠くに聞こえる。

そうだ。これはもう、僕の「聖域」じゃない。

ただの中古家電だ。


9番のお客様お待たせしましたー!




結果は4万だった。


そして僕はお金を握りしめ、一路家へ自転車で……。


ピコン!


「おやこの合図は……。」


ぼくのクランには 掟がありその最上位が。


……去る者は追わず オフには干渉しない。


しかし岩田こと副マスの (おにくks016)には緊急連絡先を教えていた。




「ハイタさん! おかえりなさい! ずっと待ってました。

掲示板でみんな言ってます。復帰したら、またあの伝説のクランを再建しようって。

入院中の戦績も、僕たちが全部『ハイタさんならこう動いたはずだ』って解析して、今の環境に最適化した戦術リスト作っておきました。PS3の準備も万端です。明日、またあの頃みたいに最強の陣形を組みましょう!」


ラインを開いた途端バチン!

何か吹っ切れた。



脳内ログイン クランメンバー招集。


ハードオフでPCを売り払い、手元には現金がある。

その金で、タケルとの思い出や、ギターの弦や、イケボで歌い手になる為。

何かを買う……はずが、ぼくの足はGEOに向かう。


▱▱▱▱▱▱▱▱▱▱▱▱▱▱

店内のゲーム機コーナー。

かつて自分を崇めていた者たちが、今もPS3の向こうで「ハイタ、ハイタ」と神輿を担ぎ続けている。その「ぬるま湯」の誘惑。



灰実は、そのショーケースの前で。

「このPS3を買えば、またあの頃のように、何も考えずに最強でいられる」という誘惑と。


「いや、あの音はもうゴミ溜めの中でしか鳴らないんだ」という自戒の間で、激しく揺れる。

脳内で衝突が起き。


気が付けばPS3に指を指す。



「この本体でよろしいですね?」

「 えっ」

店員とのやりとりすら、何も覚えていなかった。


GEOの自動ドアが開き、灰実はその冷たい空気を背中に受けて外に出た。


腕の中には、PS3の箱。

「伝説」という名の、あまりに重たいプラスチックの塊だ。


彼はハードオフでPCを売り払った金で、それを買った。

「伝説を処分した」と言ったその口で、再びその箱を抱えてGEOを出る。


灰実は店の前で立ち止まり、重たい箱を抱え直す。

自分の指の痛みは、まるでそのPS3の起動を待ちわびるかのように、ずきずきと脈打っている。


「あっ! お兄ちゃん! なにそれ、新しいゲーム?」

その時、GEOの駐輪場でDSの画面を覗き込んでいたタケルたちが、灰実の姿に気づいた。


タケルが目を輝かせて駆け寄ってくる。

「すっげえ PSの最新のやつ?」

その後ろには、無邪気な小学生たちの群れ。


灰実は、その箱をタケルたちに見せるかのように、わざとらしく掲げてみせた。


「……ああ。ちょっとだけ、昔の『お仕事』を片付けにな。お前らの『とびもり』の旗より、もう少しだけ複雑で、残酷なことをしてくるよ」


「わかんないけど、すごそう!」


タケルは笑って、またDSの画面へと視線を戻す。

その背後で、灰実のスマホがブブッ、ブブッと、岩田からの連打で狂ったように震え続けている。


灰実は、そのスマホの電源をあえて入れたまま、箱を抱えて歩き出した。

画面には、岩田からの通知が並んでいる。


『ハイタさん! 元気でしたか!?』


「まあ最後に挨拶くらいな」

彼はその通知を無視し、歩きながら独り言のように呟く。


GEOの駐車場、夕暮れ時の淡い光の下で、タケルが屈託のない笑顔でスマホを向ける。


「ねえねえ、伝説のお兄ちゃん! みんなで写真撮ろうよ! 記念だからさ!」


灰実は反射的に顔を引き攣らせた。


今や「伝説のハイタ」という虚像を抱えたまま、現実の子供たちに囲まれている。


「……おい、ぼくなんか撮ってどうする」


そう拒絶する間もなく、タケルを含めた5人の小学生が灰実を囲む。

フラッシュが焚かれる。

カシャリ、という乾いた音が、灰実のポケットの中で鳴り続けるLINEの通知音と重なる。


「はいっ! 送ったよー!」


タケルのスマホから送信された画像が、灰実のスマホに届く。

彼は恐る恐る、そのサムネイルをタップした。


そこに映っていたのは、「最強のハイタ」ではない。


抱えたPS3の箱と、ハードオフで買ったボロいギターケースを背負い、子供たちの笑顔の真ん中に立ち尽くしている、ひどく疲れ切った「ただの中三」の姿だった。


(……なんだ、これは)


灰実はその写真を見つめながら、自分の輪郭がかつての「伝説」から剥がれ落ちていくのを感じた。

岩田たちが画面越しに必死に求めている「神」は、ここにはいない。

この写真に写っているのは、子供のわがままに付き合わされている、ただの不器用なザコだ。



岩田が送ってくる「11枚のスクショ」の中の英雄と、この写真の中の自分。


もう遅いことを改めて知る。


「これ、僕の村の掲示板にも貼っていい?」

タケルが無邪気に聞く。


灰実は、そのスマホの画面をタケルに向けたまま、少しだけ唇を歪めて笑った。


「……ああ、好きにしろ。それも悪くない」


灰実は、その写真を保存した。

そして、そのまま岩田とのLINEのトークルームを開き、その写真を送信した。


送信先は、伝説の再建を夢見る23人の亡霊たち。


「これが、お前たちが待っていた伝説の帰還だ。……どうだ、今の俺は、お前らの最適化された戦術リストに収まるか?」



返信は2分後すぐ来た。

「そうですか。 ハイタさん。なんか気をつかわせ すいませんでした!」


「ぷっ ハイタなんか若いんだな!」

「おーそっちのサーバーでしっかりー」

「気が向いたらまたこいよー」


すぐの返信、つまりそれだけ注目し。

理解してくれたようだ。


ふうと大きく息を吐いた。


「じゃあな俺は、ここまで」

そう脳内で返事をしスマホを消す。



そして灰実はレジ横の中古ソフトのワゴンを漁る。

2千円という上限。


タケルは何も知らない。ただの幸運な放課後の退院祝い。


灰実は、ワゴンの中から適当な――かつて自分が攻略対象として見ていたようなシビアな名作ではなく、もっと適当な、暇つぶしにしかならないソフトを手に取る。


「……これにしとけ。今の俺には、これが限界だ」


タケルは「やった!」と喜ぶけれど、灰実の視界は歪んでいる。

GEOを出て、タケルにソフトを渡し、彼が走り去る背中を見送る。

手元には、PS3を返金した金と、ソフト代を差し引いた小銭が残っている。


灰実は、夜の街で一人になる。

ポケットの中のスマホには、もう岩田からの通知は来ない。

彼が自分の姿を突きつけたあの写真だけが、スマホのライブラリに虚しく残っている。

灰実は、夜の街で一人、吐き出されたような開放感に包まれていた。


岩田たちからは、グループからの退出通知が届いた。

かつての仲間から除名された。

けれど、不思議と心は軽かった。今の僕には、あの無機質な戦術リストよりも、ずっと大事な現実がある。

▱▱▱▱▱▱▱▱▱▱▱▱▱▱

駅前の通りを歩きながら、ポケットの中で小銭をジャラつかせる。

残った金は、ギターの弦と。

そして、イケボになるためのエフェクター代だ。


(そうだ……!)


ふと、昨日の妹に叩きだされた、光景を思い出す。

あの妹の友達の中にいた、あの子。

僕のボロいギターと、死んだような目を直視した時、彼女は少しだけ気まずそうに目を逸らした。


(センサー発動!あの子が、もし「伝説のハイタ」じゃなくて……)


ぼくが自分のギターで、あの心を震わせるような「最高の歌」を届けられたら。

掲示板の伝説なんて、二次元の数字の羅列だ。


現実で、生身の女子から「すごい!」ってちやほやされる。

それって、かつて崇められたどんなランキングよりも、遥かに高い報酬じゃないか?


「……そうだ。イケボだ。イケボになって、歌い手になって……女子に、ちやほやされる!」


灰実は確信した。

ゲームのログを積み上げるより、現実の女子の好感度を上げる方が、遥かにハードだが、攻略しがいがある。


帰宅し、自分の部屋のドアを閉める。

僕は鏡に向かって、一番かっこいいと思う声をイメージしながらマイクを前に座る。

鼻歌を歌いながら。

イケボ用アカウントのイラストをチョイス。

残ったサブマシンのステミキを起動し、喉を鳴らした。

ボワン フーフー


「……あー、あー。どう? ……って、違うな。もっとこう、甘い感じ?」

大音量で部屋に響き渡る声、裏声で試行錯誤している、


(気持ち悪い。壁の向こうで、また新たなクズが生まれたああああッ!!)

隣の部屋から、冷え切った、妹の声が突き刺さる。


「うるさい! 今、ぼくは、イケボの神話を作ってだ!」


(はいはい、クズは死ね!)

妹の罵倒が、イケボ用アカウントのイラストMPを、ガシガシ削る。

よし、明日は弦を買いに行こう。

まずはそこから、イケボへの長いチュートリアルだ。

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