12話 2人目の観客
翌日
病院の裏庭は、秋の気配を孕んだ風が吹いていた。
「昼は、眠いし嫌だ だーん!」
ジャーン
ぼくは、中庭で炭のギターをかき鳴らしていた。
3DSのとびもりを通じて、妹がタケルの退院を知る。
タケルのクエストの為にまた病院ダンジョンに呼び出された。
「でにゃいと 大病院レイドなんてこないー」
猫先生のOSがまだ抜けないにゃ!
とにかく10分前に、石橋先生に許可を貰い。
今回この中庭クエストは、昼だけのー公式なんである。
今日は、待ち時間のタスクもないからモチベーションも最高。
と脳内ログを整理しボクは、ポケモン少年の為に準備をする。
抜糸を終えたばかりの指は、驚くほど無力だ。
Fコードは鳴らない。
指板の上で、指はまるで別の生き物のように言うことを聞かない。
(クソ、バグだ……! なんでこんなに動かないんだ!)
僕は焦った。タケルは、午後にも退院するという。
彼に、「何か」を約束してしまったような気がしていたからだ。
「……お兄ちゃん、指、痛いの?」
背後から声がした。タケルだ。
何も言わずゆっくり僕の隣に座った。
「ああ……ちょっとした、アップデートの不具合だよ」
ぼくは指を動かした。
Fコードは諦めた。代わりに、一番簡単なコードだけを鳴らす。
ジャーン……。
響きは荒い。けれど、それは僕が「自分の指」で鳴らした音だ。
「……綺麗」
タケルは呟いた。
「路地裏の、あの音に似てる」
胸が締め付けられるような音がした。
あの路地裏の「はかいこうせん」は、誰にも届いていないと思っていた。
でも、届いていたんだ。この少年の記憶というサーバーに。
それから15分ほどいろいろ喋った。
とびもりの話や病院での生活。
「んで おにいちゃんなんで今日やすみなの?」
「ぶへっ!」
HPが10%減少する
「そもそも カイリューはねー」
ぼくは、MMOヤグナファイブにどれだけ
情熱をかけていたか、詳しく話す。
(タケルー)
「あ もういかなきゃ おにいちゃん準備してくる!」
タケルがさっと廊下へ向かって走る。
着替えやなんやら荷物を持った母親らしき人が手を振る。
ぼくは彼に送る歌
大病院の古時計を弾くために即興で歌詞を脳内で変換していた。
20分後
約束通り、僕はギターを抱えていた。
指先はまだ痛む。けれど、僕の脳内は、かつてないほどクリアだった。
観客は一人。
私服に着替えたタケルだけ。
僕はギターを構える。
コードなんて、完璧には押せない。エフェクターもない。
(……いいや。今の僕には、これが必要だ)
僕は、あの石橋さんが聴かせてくれた、二百年前の曲を模したフレーズを弾き始める。
あの時、僕の心を貫いた、あの細い、生々しい揺らぎ。
完璧じゃない。
途中で音は詰まるし、指先からはまた薄く血が滲むかもしれない。
でも、音は鳴った。
空間を震わせ、タケルの鼓膜を揺らす。
物理的な振動としての「音」。
目を閉じる。
遠ざかるバスの音。
高くなった空。
車いすの音。
そして中庭に 灰実の声が響き渡った。
▱▱▱▱▱▱▱▱▱▱▱▱▱▱
おおきな びょういん やってきてー
2じかん またされたー
ボスはー 3分 そこから 2時間
いつまーでも おわらないーのに
会計は 1じかんー
けっきょく いえに かえったらー14じ半
BY大きな古時計
▱▱▱▱▱▱▱▱▱▱▱▱▱▱
ジャー ジャンー
「大魔法!」
ジャアアアアアン
「……ぶっハハハ お兄ちゃん5時間もかかったんだ!」
タケルが大笑いする。
僕は、指先を汚しながら、最後の和音を叩きつけた。
震えるほど心地よい響きだった。
「じっさいは6時間だよ ふー」
静寂が訪れる。
タケルはただ、僕の顔を見ていた。
笑顔で何も言わない。
タケルは3DSをそっと閉じた。
その動作を見て、灰実は気づく。
(ああ、終わったんだ)
タケルの“病院の時間”が。
「お兄ちゃん。また聞ける?」
「そのうち、もっとマシなのを鳴らす」
灰実は自分の指を見る。
まだ痛む。
それは呪いではない。
この場所に接続するための、ただの初期装備だった。
そして今日。
タケルはこの場所を出ていく。
灰実はこの場所に残る。
同じ無駄な、待ち時間を共有したというログだけが、
静かに二人の間に残っていた。
その夜
暗闇の中
ブーン
グラボが忙しくなる一室
ハンドルネーム
(おにくks008きし)
岩田という少年は、たまたま PS3のロード待ち時間
「あー今日はハイタさん来るかなあ」
彼はヤグナファイブオンラインで灰実のハンドル名ハイタの仲間。
MMOの親友であり同じようにゲームから弾きだされたが、今はPS3でクランの再生。
23人のクラン員を回収し同じハンドルでコンシューマゲーム。
PS3のFFにステージを移しこの2か月のめり込んでいる。
ロードの待ち時間に、3DSのとびもりをしている。
「えっ!」
3DSの画面で今、タケルが とびもりで 書いた旗を見つめる
今日たいいんんしたー ラグナファイブの 灰実 おにいちゃんとはなしたー
くらんで さいきょーだったひとー だいまほうかっこいい
「……ハイタさん?」
ロードバーが少しだけ進む。
PS3のファンが回る音だけが部屋に響いた。




