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10話 リアルで負傷は状態異常のデバブになるらしい


抜糸の朝。

病院の診察室で、白いテープが剥がされるのを見つめる僕の心は、まさに戦場へ赴く戦士そのものだった。


「はい、綺麗に塞がっていますね。もう何しても大丈夫ですよ」


医師の言葉を「ステータス異常の完全解除」と変換し。


脳内でピコンと通知音が鳴る。


(おー今ログインした!この体はぜっ好調だ!)


シュッシュとスニーカーで床を滑る。


それ以外音はない、病院の廊下は、「静寂」にノイズがあった。


ピッ    ピッ

消毒液の匂いと、時折響く心電図のモニター音。ここは「治す」ことがルール。

(あばよ 大病院というレイドダンジョン!)


僕は足早に帰宅した。


部屋に飛び込み、ギターケースを掴む。

一週間。


僕の指先は、脳内でのシミュレーションだけでギターを弾き続けていた。耳コピの成果も、脳内メモリには完璧に保存されている。


(あとは、この『デバフ』さえ解除されれば……!)


横に立てかけたアコギに指を沿わし同化させる。

僕は震える左手を指板に添えた。


嗅ぎなれたギターの匂い。炭のように黒ずんだ表面。


――いざ。


僕は、あの悪夢の「Fコード」へ左手を叩き込んだ。


ベチッ。


……弦の音は、鳴らなかった。

ただ、指の腹が弦をミュートする、無機質な音が響いただけで。


「……あ?」


脳内システムがフリーズする。

もう一度。今度は力を込めて、力任せに叩きつける。


ベチッ。


……ダメだ。鳴らない。

まるで、弦の音が指先の肉に吸収されているようだ。


「なんで……!? 傷は塞がっただろ! 病院のヒーラーも、解除したと言っただろ!」


僕は絶望的な叫び声を上げながら、何度も何度もFコードを叩き込む。

しかし、帰ってくるのは、湿った空気を殺すような「ベチッ」という音だけ。

「滅!!! はう 鳴らない! 滅!」

絶叫する。

隣の部屋から、壁を叩くドンドンという激しい音が響く。


「うるさい! 何回そのクソみたいな声出せば気が済むのよ!!」


妹NPCの声が、僕の理性MPゲージが20%降下。

客観的な意見が。MPを削り取る。


「違うんだ! これは……バグだ! 情報を更新できてないんだ!」


「最近滅 ばっかり言ってたじゃん」


そういえば滅昇竜拳だな。


「……うおおお! 再ログインだ! 再読み込みッ!!」


僕はPCの電源を切り、ギターを床に叩きつけるように置き、一度部屋の外へ出る。

そしてスト4がある近所のゲーセンへと向かった。


2時間後


帰宅


……再接続リログイン完了。



僕は震える指を、もう一度だけ、慎重に、ゆっくりと指板へ置いた。

傷は癒えた。でも、指先は記憶を失ったように細く、弱々しい。


――Fコード。


ベチッ。


「……なんでぇ!?」


僕は頭を抱え、自分の指を見つめた。

ゲームなら、治れば即座に最強装備が扱える。でも、この世界は違う。


指は、ただの「肉の塊」に戻っていたのだ。

魔法スキルは、僕の手元にはなかった。


(……一週間。俺は、何を待っていたんだ……?)


鏡に映る自分は、相変わらず無精髭も生えず、ただ顔色の悪い、包帯を外したばかりの中3の少年。

その姿を見て、ふと、石橋医師の夜の顔を思い出した。


石橋さんの、黄金色のサックスの音色。

夜のジャズマン ビルを反射させる金色のスイング。

グラミーゴージャスな、動作は、恰好いい。


けれど違う。

ケースを置いて帰る仕草。

彼も、楽器を置けばただの人なのだ。


「……そっか」


僕は、床に転がったギターを拾い上げた。

今まで「呪いの装備」だと思っていたものは、実は「初期装備」ですらなかったのかもしれない。


ただの、木箱。


「……コンティニューは、まだ先か」


僕は壁に向かって、小さく呟いた。

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