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徹子の旅  作者: 堺大和
八木新宮線から伊勢路
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9/12

9 新宮中編

阿須賀神社を後にした徹子は

新宮城後へ向かって歩いていた

市街地の中を進む

車が行きかう

学生らしい制服姿も見える

昨日まで見ていた十津川村とはまるで

違う景色だった

同じ紀伊半島なのに別の世界のようだ

やがて石垣が見えて来た

新宮城跡だった

入り口の案内板を見ながら

徹子はゆっくり坂道を登り始める

石段は思ったより急だった

汗が額ににじむ

だが木陰が多く 風も吹いている

歩きやすかった

途中で立ち止まり 水を一口飲む

見上げると高い石垣が続いていた

城そのものは残っていない

だが石垣だけでも十分な迫力がある

徹子は歴史案内を読む

熊野別当の額があったこと

その後

本格的な城として整備されたこと

浅野忠吉が築城を進めたが

完成前に転封されたこと

そして紀州藩の支配を経て

水野家の城になったこと

旅に出る前なら

さらりと読み流していたかもしれない

だが今は違った

実際にその場所へ来ている

だから歴史が少し身近に感じられた

さらに石垣を登る

やがて本丸跡へ出た

その瞬間だった

徹子は思わず立ち止まる

「うわ……」

声が漏れた

目の前に景色が広がっていた

熊野川

大きな川だった

十津川で見た川とは規模が違う

ゆったりと流れながら海へ向かっている

対岸は三重県の町並みが見えた

紀宝町だった

住宅

学校らしい建物

道路

川を挟んで別の県

それが何だか不思議だった

さらに視線を移す

新宮市街も一望できた

駅の方向

商店街

住宅地

学校

海へ向かう道路

思っていた以上に大きな街だった

紀伊半島南部最大の都市

その言葉が少し理解できた

徹子は石垣の上に腰を下ろした

風が気持ち良い

空は高い

九月の終わりの青空だった

その時だった

カタンカタン

遠くから音が聞こえる

視線を下へ向ける

線路だった

そして列車が走っている

白い車体

ゆっくりと街の中を進んでいく

城跡の下を通る鉄道

なんだが不思議な光景だった

徹子は思わず見入る

鉄道会社で働いているせいかもしれない

列車をみると少し安心する

昨日まで六時間以上バスに揺られていた

今は列車が走っている

人も物も動いている

昔は熊野川だった

今は鉄道や道路だ

時代によって方法は変わる

だが人は昔からこの土地を行き来してきた

そう思えた

再び熊野川をみる

山から切り出された木材

商人たち

江戸時代の新宮は

キット賑やかだったのだろう

山の気が川を下り この街へ集まる

そして海へ出ていく

そのおかげで新宮は豊かになった

だから文化も集まった

徐福伝説も

熊野信仰も

商人たちの往来も

全部この川が運んできたのかもしれない

徹子はしばらく景色を眺めていた

時間を忘れるほどだった

遠くには海が見える

熊野川がその海へ注いでいる

長い長い旅の終着点のようにも見えた

だが徹子の旅はまだ終わらない

むしろここから新宮の町をもっと知っていく

そう思うと少し楽しくなった

風が吹く

熊野川が陽の光を反射して輝いていた



新宮城跡を後にした徹子は

市街地を歩いていた

熊野川の景色は素晴らしかった

だが次の目的地は少し変わっている

地図を見る

浮島の森

名前からして不思議だった

森なのか

島なのか

それとも両方なのか

よくわからない

興味だけは湧いていた

住宅街を暫く歩く

町の中にある普通の公園のようも見えた

だが入り口の案内板を見た瞬間

徹子は足を止める

「島全体が浮いている森」

そう書かれていた

思わず二度読む

浮いている

森が

どういう事だろう

案内板を見る

この場所は昔から沼地だったらしい

長い年月をかけて植物が積み重なり

分解しきれなかった植物が泥炭になった

その泥炭が軽い為

水面に浮かぶ島のようになっている

徹子は首を傾ける

説明を読んでも やはり不思議だった

実際に歩いてみよう

木道を進む

周囲は静かだった

市街地の中にあるのに 空気が違う

木々が生い茂っている

鳥の声が聞こえる

水面も見える

確かに普通の森ではない

足元には湿った空気が漂っていた

案内板には植物の名前が並んでいる

百三十種類以上

そんなにあるのか

徹子は少し驚く

木には一つ一つ名札がついていた

知らない名前ばかりだった

だが見ていて飽きない

都会の公園とは違う

自然がそのまま残っている感じがする

歩き続ける

思っていたより広かった

そして以外に時間がかかる

森の奥へ進むと

小さな案内板が見えた

蛇の穴

何とも気になる名前だった

徹子は近づいて説明を読む

昔 この辺りへ薪を拾いに来た娘がいた

その娘は大蛇に襲われ

この穴へ連れ込まれた

そんな伝説が残っているという

徹子は穴の方を見る

もちろん大蛇はいない

だが木々に囲まれた薄暗い空間は

少しだけ不気味だった

昔の人なら本当にそう思ったかもしれない

風が吹く

葉が揺れる

徹子は少しだけ想像してみる

電気も無い時代

人の少ない森

沼地

そこには突然現れる巨大な蛇

確かに伝説が生まれても不思議ではない

徐福伝説

熊野信仰

そして大蛇伝説

新宮には不思議な話が多い

だがどれも その土地で暮らしてきた

人々の記憶なのだろう

そう思うと面白かった

さらに歩く

水面を見つめる

ふと気づく

風が吹くと 水面と森の境目が

微かに揺れているように見えた

案内板によれば

昔はもっと池が大きかったらしい

そして強風の日には

島そのものが少し移動したという

徹子は思わず笑った

「ほんまに浮いてるんや……」

日本全国を探しても

中々ない景色だろう

それが新宮の町の中にある

新宮は不思議な街だった

昨日まで見ていた十津川の山々「とも違う

歴史だけでもない

自然だけでもない

伝説だけでもない

全部が混じり合っている

森を出る頃には

徹子はすっかり浮島の森が好きになっていた

木陰から市街地へ出る

太陽が少し傾き始めている

時計を見る

まだ時間はある

次は仲之町の商店街へ向かおう

かって木材で栄えた新宮の面影が残る場所

そして

その先には熊野速玉大社がまっていた



浮島の森を後にした様子は

市街地の中心部へ向かって歩いていた

午後の陽射しは少し柔らかくなっている

九月

夏の名残はあるが

風には少し秋の気配が混じっていた

暫く歩くとアーケードがみえてきた

仲之町商店街だった

入り口で立止まる

昔ながらの商店街

そんな言葉がぴったりだった

アーケードの屋根

少し色褪せた看板

昔から変わらないであろう店舗

昭和の空気がそのまま残っているようだった

徹子はゆっくり歩く

人通りは多くない

買い物客の姿もまばらだった

閉まったままのシャッターも目立つ

静かだった

だが寂しいだけではない

どこか懐かしい そんな空気がある

大阪の商店街で今暮らしている徹子には

少し親しみを感じる風景だった

肉屋

文房具店

衣料品店

古い時計店

今では珍しくなった個人商店が並んでいる

徹子はふと立ち止まり 周囲を見渡した

五十年前はどんな景色だったのだろう

きっと賑やかだったはずだ

木材産業が最盛期だった頃

熊野川を下ってきた木材

港へ集まる船

商人たち

働く人々

買い物客

子供たち

この商店街も活気に満ちていたのだろう

今は時代が変わった

輸入材が増えた

人口も減った

買い物の中心も国道沿いへ移った

だから静かになった

だが それでも商店街は残っている

長い年月を生き抜いてきた証のように思えた

徹子は歩きながら考える

旅をしていると

つい有名な観光地ばかりみてしまう

だがその土地の日常も面白い

むしろ 

そういう場所の方が記憶に残る事もある

商店街を抜ける

やがて街並みが少し変わった

道路が整備されている

電柱が見当たらない

空が広い

歩道も歩きやすい

観光客の姿が少しずつ増えて来る

外国人旅行者もいる

リュックを背負った人

夫婦連れ

巡礼者らしい格好の人

皆同じ方向へ歩いている


熊野速玉大社だった

参道へ入る

徹子は思わず足を止めた

美しい

最初に浮かんだのは その一言だった

電線がない

電柱もない

視界がすっきりしている

昔の町並みをを意識した景観なのだろう

歩いているだけで気持ちが良い

道沿いには古い建物が見える

新しい建物もある

たが全体として調和していた

そして 

その中に赤い丸型ポストが立っている

今ではほとんど見かけない形だった

徹子は思わず写真を撮る

何だか絵になる

旅先らしい景色だった

さらに歩く

空気が少し変わってくる

賑やかな街中とは違う

どこか静かで落ち着いている

神社が近いからだろうか

風が木々を揺らす音が聞こえる

観光客も自然と声を落としている

その先に鳥居が見えた

大きな鳥居だった

その向こうには鮮やかな

朱色の社殿が僅かに見える

熊野速玉大社

熊野三山の一つ

世界遺産

歴史の教科書では数行だった場所

だが実際に目の前へ立つと

全く違って見える

徹子は鳥居の前で立ち止まった

ここまで来るのにずいぶん時間がかかった

大阪から

大和八木から

十津川を越えて

湯の峰温泉で一泊して

そして今

ようやく熊野の中心部へ辿り着いた

鳥居の向こうを見つめる

胸の奥で小さな期待が膨らんでいた

徹子はゆっくりと一歩を踏みだした




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