表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
徹子の旅  作者: 堺大和
八木新宮線から伊勢路
PR
10/12

10 新宮後編

大きな鳥居をくぐった瞬間だった

空気が変わる

徹子は思わず立ち止まった

参道の砂利を踏む音が静かに響く

街中の賑わいはもう聞こえない

風が木々を揺らす音だけが耳に届く

目の前には鮮やかな朱色の社殿が見えていた

青空との対比が美しい

まるで一枚の絵の様だった

徹子はゆっくり歩き始める

左右には木々が並んでいる

長い年月を生きて来た木々だった

参拝客も多い

だが騒がしくない

外国人観光客もいる

家族連れもいる

家族連れもいる

巡礼者らしい人もいる

皆何処か自然と静かになっている

それが不思議だった

熊野速玉大社

熊野三山の一つ

教科書で読んだだけの名前だった

だが実際に来るとその存在は想像以上だった

まず目に入ったのは小さな社だった

八咫烏神社

案内板を読む

三本足の烏

熊野の神々を導いたとされる存在

日本サッカー協会のマークにもなっている

徹子は思わず笑った

「こんなところにあったんや」

テレビでは何度も見た事がある

だが本物の由来に触れるのは初めてだった

その隣には手力男神社がある

天岩戸神話に登場する神

力強い名前だった

徹子は静かに手を合わせる

旅の途中だからだろう

普段より素直な気持ちで参拝出来る気がした

さらに進む

境内の奥に大きな木が見えた

近づくにつれて その大きさに驚く

平重盛お手植えのナギの木

案内板にはそう書かれていた

見上げる

高い

とても高い

幹も太い

そして不思議なほど左右の枝が

均整の取れた形で広がっている

参拝客が木の周囲に集まっている

夫婦らしい二人もいる

どうやら夫婦円満の御利益があるらしい

徹子は少し離れた場所から見上げた

何百年もの時間を生きてきた木

自分の人生など 

その前ではほんの一瞬に思えた

失恋

仕事

悩み

もちろん大事な事だ

だがこの木ははそんな人々を

何百年も見続けてきたのだろう

そう考えると少しだけ気持ちが軽くなった

やがて正面の社長へ向かう

朱色が鮮やかだった

熊野三山の中でも

最も早く記録に登場する神社

千年以上前から人々が訪れていた

上皇

武士

商人

農民

旅人

数えきれない人々が

この場所へ辿り着いた

しかも昔は徒歩だった

徹子は昨日の自分を思い出す

大和八木から六時間以上バスに揺られた

それでも長かった

昔の人は何日も何週間もかけて

ここへ来たのだ

そう思うと頭が下がる

その時だった

雅楽の音が聞こえた

笛の音

太鼓

低く響く声

徹子は音のする方を見る

神職達がお祓いを行っていた

白い装束

ゆっくりとした所作

参列している人々

境内全体が静かに見守っている

誰も大きな声を出さない

外国人観光客でさえ写真を握る手を

止めていた

徹子も自然と足を止める

雅楽の音が風に乗る

鳥の声が混じる

木々が揺れる

その全てが一つの空間になっていた

時間がゆっくり流れているようだった

徹子はしばらく動けなかった

神社をみているのではない

その場の空気を感じていた

此れが熊野なのかもしれない

歴史だけではない

信仰だけでもない

自然と人が一緒に作り上げてきた場所

そんな気がした

お祓いが終わる

人々が静かに動き始める

徹子も深く息を吐いた

不思議だった

何か特別な願い事をした訳ではない

だが心の中が少し整理された気がする

旅に出てから何度も感じた感覚だった

熊野速玉大社を訪れた人々も

きっと同じような気持ちに

なったのかもしれない

徹子は最後にもう一度社殿を見上げた

朱色の社殿は午後の陽射しを

受けて静かに輝いていた



熊野速玉大社をでた徹子は

境内の外にある案内板へ目を向けた

川原家横丁

名前だけは聞いていた

少し寄り道してみよう

そう思い足を向ける

木造の建物が並んでいた

新しく作られているが

どこか昔の空気を感じさせる

熊野川沿いにあった川原家を

再現した施設だった

徹子は案内板を読む

昔の熊野川は物流の大動脈だった

山から切り出された木材

生活物資

旅人

様々なものが行き交った

だから人々は川の近くで暮らした

だが熊野川は恵だけではない

時に大洪水を起こす

そこで人々は知恵を身に付けた

家を簡単に解体できるようにしたのだ

増水の兆しが見れば家財道具ごと

移動する

徹子は再現された建物を見上げた

都会で育った自分には思いつかない

発想だった

自然と折り合いをつける

熊野の人々はそうやって暮らして来たのだ

少し離れた場所から熊野川を見る

今日は穏やかだった

ゆったりと流れている

だが台風の時は全く違う顔を見せるのだろう

静かな川面を見ながら

徹子は昨日通ってきた十津川の山々を

思い出した

人は自然の中で生きている

この旅にでてから何度も感じる事だった

川原家横丁を後にする

帰りは違う道を選んだ

旅先では知らない道を歩いてみたくなる

細い路地へ入る

すると雰囲気が変わった

居酒屋

スナック

小料理屋

古い看板が並んでいる

歓楽街だった

昼間なので静かだ

だが夜になれば違うのだろう

提灯ん灯りが入り

仕事帰りの人々が集まり

笑い声が聞こえる

そんな光景が想像できた

徹子はゆっくり歩く

観光地の顔ではない

生活の街の顔だった

こういう場所を見るのも嫌いではない

むしろ好きだった


旅行会社の仕事でも

有名観光地だけではなく

その土地の日常に興味を持つように

なっていた

路地を抜ける

すると大きな駐車場が見えて来た

正面には見覚えのある看板

オークワ

思わず足を止める

大阪でも見かけるスーパーだった

案内板を見る

発祥の地

そして一号店

徹子は少し驚いた

「ここやったんや」

思わず声が出る

旅をしているとこういう発見がある

当たり前に利用している店にも

始まりの場所がある

新宮という街は

思っていた以上に商業の歴史が深い

木材で栄え

川で栄え

そして商売が育った

徐福伝説

熊野信仰

木材産業

オークワ

一見すると関係ない話に思える

だが全部 この街の歴史だった

時計を見る

十五時を少し回っていた

そろそろ駅へ向かわなければならない

今日の目的地は松阪

まだ旅は続く

徹子は新宮駅へ向かって歩き始めた

駅前へ着く

行き交う人々

タクシー

観光客

ホームへ上がる

列車はまだ到着していない

ベンチに腰掛ける

リュックを隣に置く

みゃくみゃくのキーホルダーが揺れた

ホームの向こうには山が見える

そして遠くには熊野の空

昨日の朝

大和八木を出た時には

想像もしていなかった場所に今いる

不思議な気持ちだった

やがてアナウンスが流れる

十五時三十一分発

松阪方面行

列車がゆっくりホームへ滑りこんでくる

銀色の車体が陽射しを反射した

扉が開く

徹子は立ち上がる

もう一度だけ新宮の街へ目を向けた

熊野川

速玉大社

浮島の森

仲之町商店街

思い出が次々と浮かぶ

「また来よう」

自然とそう思った

徹子は列車へ乗り込む

扉が閉まる

静かに列車が動き出した

新宮の街が少しずつ遠ざかっていく

次の目的地は松阪だった



列車は静かに動き出す

新宮駅のホームが後ろへ流れていく

徹子は窓際の席に座り

リュックを膝の上に置いた

二日間歩き続けたせいか

少し足が重いだ

だが心地良い疲れだった

窓の外には新宮の街並みが見える

住宅地

商店

学校

やがて建物が少なくなり

再び山と海の風景が変わっていった

紀勢本線

初めて乗る路線だった

列車は海外線へ近づいていく

ふと窓の外が開けた

青い海だった

熊野灘

思わず見入る

太陽は少しずつ西へ傾いていた

海面がきらきらと輝いていた

大阪湾とは違う

視界を遮るものが少ない

何処までも続いているように見える

徹子はスマートフォンを取り出す

写真を撮る

だが画面越しでは伝わらない

実際に見る景色の方がずっと美しかった

列車は小さな駅を通過する

漁港が見える

防波堤が見える

海沿いの集落が見える

其々に暮らしがある

その風景を門槍眺める

急ぐ必要はない

それが嬉しかった

旅に出てから何度も思う

移動そのものが楽しい

目的地だけではない

そこへ向かう時間も旅なのだ

窓ガラスに私の顔が映る

空の太陽が少しずつ傾いている

海も青く光り輝き始める 

車内は静かだった

本を読む人

眠る人

外を眺める人

皆それぞれの時間を過ごしている

徹子も窓の外を見ながら考える

昨日は十津川村にいた

今は海を見ながら列車に乗っている

同じ紀伊半島なのに景色が全く違う

其の変化が面白かった

やがて列車は内陸へ向きを変える

海が遠ざかる

住宅が増える

駅に停車する度に乗客を増えていく

夕方が近づいていた

窓の外は次第に街の風景へ

そして列車は松阪駅へ到着した

時計を見る

十九時前だった

ホームへ降りる

人が多い

新宮駅よりずっと賑やかだ

駅構内には店も多い

通勤客の姿も見える

徹子は少しだけ都会へ戻ってきた

感覚が覚えた

先ずはホテルへ向かう

駅近くのホテルだった

チェックインを済ませる

部屋へ荷物を置く

少し休憩しようかとも思った

だがお腹が空いていた

時計を見る

十九時半になっていた

観光は諦めよう

今夜は食事を楽しもう

そう決めた

フロントで教えてもらった店の名前を

思い出す

松阪牛で有名な店だった

歩いて向かう

街灯があちこちで灯らしてる

駅前の車通りは多い

居酒屋から笑い声も聞こえる

店に入る

香ばしい匂いが漂う

案内された席へ座る

注文したのはセットだった

暫くして肉が運ばれてくる

思わず見入った

美しい

そんな言葉が浮かぶ

先ずはローズを焼く

軽く炙る

岩塩をつけて口へ運ぶ

柔らかい

脂が甘い

噛む必要がないほどだった

思わず笑ってしまう

「美味しい……」

独り言が漏れる

次は赤身

こちらはまた違う

脂に頼らない旨味がある

柔らかい

だがしっかり肉を食べている感覚もある

ご飯が進む

さらにカルビ

味噌だれとの相性が抜群だった

濃厚な旨味が広がる

今日は一日歩き回った身体に染み渡る

気付けば夢中で食べていた

大満足だった

新宮で歴史に触れた

熊野を歩いた

そして今は松阪牛を食べている

旅とは贅沢なものだと思う

食事を終えて店を出る

夜風が気持ち良かった

空を見上げる

星は少ない

だが街の灯りがある

松阪の夜だった

ホテルへ戻る

部屋のベットへ腰を下ろす

今日は沢山歩いた

沢山見た

沢山食べた

窓の外には駅前の灯りが見える

明日は伊勢神宮

旅はいよいよ三日目を迎える

徹子はスマートフォンのアラームを確認し

ゆっくりとベットへ横になった

心地よい疲れが体を包んでいた


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ