11 伊勢神宮外宮
翌朝
徹子が目を覚えますと
窓の外は明るくなっていた
松阪の朝だった
カーテンを開ける
空はよく晴れている
旅の最終日としては申し分ない天気だった
身支度を整えホテルをチェックアウトする
フロントで鍵を返し 駅へ向かった
通勤客の姿が目立つ
昨日の夜とは違う街の顔だった
駅へ入る
改札を通る
ホームには学生や会社員の姿もある
徹子は列車へ乗り込んだ
伊勢市行き
旅の最後の大きな目的地だった
列車が動き出す
窓の外には田園風景が広がる
稲穂が明日に照らされている
黄金色に近づいた田んぼが続いていた
秋は直ぐにそこまで来ている
徹子は窓の外を眺めながら思う
三日前大阪の商店街のマンションを出た時は
こんな旅になるとは思っていなかった
十津川
湯の峰温泉
新宮
松阪
沢山の景色が頭に浮かぶ
列車は伊勢路を走る
やがて緑が増え始める
観光客らしい人の姿も目立つようになった
大きなリユックを背負った人
夫婦連れ
外国人旅行者
目的地はみな同じなのだろう
暫くすると車内アナウンスが流れる
伊勢市
徹子は少し背筋を伸ばした
列車がゆっくりホームへ入る
伊勢市駅だった
ホームへ降りる
思ったより人が多い
駅舎も立派だった
構内へ入る
土産物店が並んでいる
真っ先に目に入ったのは赤福だった
あちこちで赤福の文字が見える
改めて伊勢に来たのだと実感する
駅構内は広い
観光案内所
売店
待合スペース
利用者も多い
徹子はコインロッカーで預けるか迷った
だが並んでいるロッカーは全て埋まっていた
使用中のランプばかりが並ぶ
「やっぱり多いな……」
思わず苦笑いする
流石に全国から参拝者が訪れる場所だった
駅の外へ出る
すると手荷物預かり所がみえた
和風の建物だった
景観に配慮しているのだろう
荷物は預けない
身軽のなると少し歩きやすく
なるだろうが預けない
後で取りに来るのが面倒くさい
振り返ると外宮参道が真っ直ぐ伸びている
道路の両側には店が並んでいた
古い建物
新しい店舗
何方も自然に調和している
観光地なのに落ち着いていた
徹子はゆっくり歩く
店先を見る
てこね寿司
伊勢うどん
土産物店
和菓子店
様々な店が並んでいる
その中で一軒の店が目に留まった
へんば餅
取材で聞いた名前だった
折角だから食べてみよう
店へ入る
木の温もりを感じる店内だった
徹子はへんば餅を注文する
程なくして運ばれてくる
小ぶりな餅だった
お茶も一緒に出される
一口食べる
優しい甘さだった
派手ではない
だが何故かもう一口食べたくなるお茶も美味しい
旅の朝にぴったりだった
店を出る
さらに参道を歩く
古い町並みが続く
昔から営業しているような店もある
一方で新しいカフェもある
どちらも違和感がない
それが伊勢らしかった
暫く歩くと木々がみえ始める
空気が変わる
街中なのに静かになっていく
橋が見える
火除橋だった
外宮の入り口である
徹子は橋の前で立ち止まる
ここから先は神域だった
三日間の旅の最後にたどり着いた場所
伊勢神宮
日本人なら誰もが名前を知る場所
だが実際に来るのは初めてだった
橋の向こうには大きな木々が広がっている
鳥の声が聞こえる
風の葉を揺らしている
徹子は深く息を吸った
そして静かに橋を渡り始めた
伊勢神宮外宮
いよいよ参拝が始まる
火除橋の前で立ち止まった徹子は
ゆっくりと橋を見上げた
木造の落ち着いた橋だった
案内板によれば火災から神域を守るための
防火帯として設けられているという
橋の向こうには深い緑が広がっていた
街の喧騒はもう聞こえない
参道へ一歩足を踏みいれる
空気が変わる
それは熊野速玉大社でも感じた感覚だった
だが少し違う
熊野が山の信仰なら
此方は整えられた神宮の静けさだった
玉砂利を踏む音が静かに響く
木々は高く伸びている
何百年もの時間を生きてきたような
大木ばかりだった
暫く歩くと大きな楠が見えて来た
清盛楠
平清盛にまつわる伝説が残る木だった
徹子は見上げる
圧倒的だった
太い幹
空へ伸びる枝
何百年という時間ここで見続けて来た
のだろう
案内板には 平清盛の冠が枝に触れた為
きらせたという逸話が残っている
本当かどうか分からない
だが歴史の人物がふれたらしい
さらに進む
手水舎が見えて来た
澄んだ水が流れている
徹子は柄杓をとり 手と口を清める
冷たい水だった
気持ちよが引き締まる
そのまま歩く
左手に現れた建物へ目が留まった
遷宮館だった
興味を引かれ中に入る
転じは想像以上に充実していた
式年遷宮
二十年ごとに社殿を建て替える伝統
神宮の歴史
祭祀
職人達の技術
模型や映像も分かりやすい
徹子は時間を忘れて見入っていた
神社を訪れる事はあっても
その裏側を知る機会は少ない
何百年も続いてきた理由が
少し分かった気がした
館をでる
目の前には勾玉池が広がっている
案内図で見た通り
本当に勾玉池の形をしていた
池の水面は静かだった
風が吹く旅に波紋が広がる
周囲の緑が映り込んでいる
都会の池とは違う
どこか神話の世界のような雰囲気である
徹子はしばらく眺めていた
だが今日の目的地はまだ先にある
正宮
豊受大御神が祀られている場所だった
食物や産業をつかさどる神
伊勢神宮ではまず外宮を参拝し
その後に内宮へ向かうのが習わしだという
徹子は列に並ぶ
静かに順番をまつ
やがて自分の番がくる
背筋を伸ばして姿勢を正す
二拝二拍手一拝
二回ゆっくりお辞儀
二回拍手を打つ
もう一度最後にお辞儀をする…
旅の無事
家族の健康
そしてこれからの自分の人生
願いというより 感謝に近い気持ちだった
参拝を終え 少し離れた場所へ移動する
古殿地
二十年前まで社殿が建っていた場所
今は何もない
だが
その何もない空間に不思議な存在感があった
遷宮によって新しい社殿が造られ
古い場所は静かに役目を終える
その繰り返し
千年以上続いている
徹子はしばらく立ちつくしていた
時間の流れを考えていた
失恋も仕事も大事な出来事だ
だが専念という時間の前では
一瞬にも思える
少しだけ心が軽くなる
そこから別宮へ向かう
木々の間の参道を歩く
低い石段が続いていた
最初に現れたのは多賀宮
少し高い場所に建っている
静かだった
参拝客も少ない
森に包まれているようだった
続いて土宮
さらに風宮
其々雰囲気が違う
だが共通しているのは静けさだった
観光地というより信仰の場
そんな印象を受ける
歩いているうちに人の流れも
少なくなっていた
神宮の奥へ奥へ入っていく感覚だった
やがて神楽殿の近くまで戻ってくる
その時だった
人だかりが見えた
徹子も近づいてみる
白い馬だった
陽の光を受けて毛並みが輝いている
神馬だった
皇室から献上された馬だという
凛としている
静かに立っているだけなのに
存在感があった
徹子は思わず笑顔になる
「綺麗やな……」
小さく呟く
馬はゆっくりこちらを見た
そして再び前を向く
その姿が何処か神々しくみえた
伊勢神宮外宮
徹子は気づいていた
この旅はもうすぐ終わる
だが まだ内宮が待っている
日本人の心のふるさととも呼ばれる場所が
徹子はリュックの肩紐を握り直した
次は内宮へ向かうため
バス停へ歩き始めた
外宮の参拝を終えた徹子は
名残惜しそうに神域を振り返った
高い木々静かな参道
白い神馬
朝から歩き続けていたが
不思議と疲れは感じない
むしろ気持ち軽くなっていた
外宮前のバス停へ向かう
観光客の姿が増えている
家族連れ
夫婦
外国人旅行者
大きなリュックを背負った若者
みなどこか楽しそうだった
バス停には既に列が出来ている
案内板を見る
内宮前行き
三重交通のバスだった
徹子も列の最後尾へ並ぶ
やがてバスが到着する
乗客が降りる
そして順番に乗り込んでいく
徹子は窓際の席へ座った
バスが発車する
街並みが流れていく
伊勢の街だった道路は広い
観光地らしい店も多い
だが派手過ぎない
どこか落ち着いた雰囲気がある
車内には観光客の話し声が聞こえる
「赤福食べたいな」
「伊勢うどんも気になる」
そんな会話が耳に入る
徹子は少し笑った
自分も同じことを考えている
しばらく走る
木々が増える
そしてアナウンスが流れた
「内宮前です」
バスが停車する
扉が開く
徹子はバスを降りた
その瞬間だった
人の多さに驚く
外宮とは全く違う
観光客の数が圧倒的だった
目の前には土産物店が並んでいる
飲食店も多い
香ばしい匂いが漂ってくる
松阪牛串
焼き牡蠣
伊勢うどん
様々な看板が目の飛び込んでくる
「すごいな……」
思わず呟く
平日の午前中だというのに賑わっていた
人の流れに沿って歩き始める
やがて木造建設が並ぶ一角へ入った
おかげ横丁だった
まるで江戸時代へ
迷い込んだような景色だった
木造の町家
格子窓
暖簾
石畳
何処を見ても絵になる
しかも観光用に作られたような
不自然さがない
人々が楽しそうに歩いている
店先では職人が実演している
和菓子を作る人
団子を焼く人
声をかける店員
活気があった
徹子は歩く速度を落とす
見たいものが多すぎる
伊勢うどん
赤福
牛鍋
海産物
土産物
漕民家風の喫茶店
どの店も魅力的だった
「帰りに寄ろうかな」
そう思いながら歩く
先ずは内宮参拝が先だった
人の流れは自然と一方向へ向かっている
その先に見えるものがあった
木々の間から姿を現した大きな鳥居
内宮の入り口だった
周囲の空気が少し変わる
賑やかな横丁の声も少し遠くなる
徹子は歩みを緩めた
鳥居の向こうには大きな橋が見える
宇治橋
写真では何度も見た事がある
だが実物は想像以上に大きかった
その先には深い森が広がっている
神域の入り口
日常と神聖な世界を結ぶ橋
徹子は橋の手前で立ち止まった
ここから先は日本人なら誰もが一度は
訪れてみたいと思う場所
伊勢神宮内宮
旅の大きな目的地だった
胸の奥で小さな期待が膨らむ
徹子は宇治橋を見る
静かに深呼吸した




