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徹子の旅  作者: 堺大和
八木新宮線から伊勢路
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12/12

12 伊勢神宮内宮

宇治橋の前で立ち止まった徹子は

暫くその姿を見上げていた

大きい

写真では何度も見ていた

テレビでも見た

だが実物は全く違った

木の温もり

橋の長さ

その向こうに広がる深い森

全てが想像以上だった

橋の入り口で一礼する

そしてゆっくりと歩き始めた

宇治橋の下では五十鈴川が流れている

透き通った水だった

太陽の光を受けて輝いている

風が吹く

橋の上は気持ちが良かった

人は多い

だが不思議と騒がしくない

皆どこか静かだった

橋を渡り終える

そこから先は神苑だった

色とりどりの花が咲いている

献上された花々らしい

よく手入れされていた

黄色

鮮やかな色彩が緑に映える

徹子は思わず足を止める

美しい

その一言だった

暫く歩く

再び橋を渡る

火除橋だった

外宮でも見た名前だ

手水舎へ向かう

冷たい水で手と口を清める

気持ちが引き締まる

さらに進む

やがて五十鈴川が近づいてきた

御手洗場だった

川辺迄降りる

石段に腰を下ろす人もいる

水は驚くほど住んでいた

魚が泳いでいるのも見える

徹子は手を浸してみた

冷たい

だが心地よい

都会の川では感じっられない透明感だった

上流から流れて来る水

何百年も前の参拝者も

ここで手を清めたのだろう

そう思うと少し不思議な気持ちになる

川辺を離れる

木々の間を進む

すると小さな社が見えて来た

瀧祭神だった

五十鈴川の神を祀る場所

大きな社ではない

だが参拝する人が絶えない

徹子も静かに手を合わせる

風が吹く

葉が揺れる

鳥の声が聞こえる

自然そのものがっ神様なのかもしれない

そんな気がした

さらに奥へ進む

人の流れもゆっくりになる

やがて石段が見えてきた

皇大神宮

内宮正宮だった

天照大御神が祀られている

日本人なら誰もが名前を知る神様

徹子は列へ並ぶ

静かだった

話し声も少ない

誰もが自然と声を落としている

順番が来る

石段を上がる

正宮の前へ立つ

木々に囲まれた社殿

その姿は多くを見せない

だが圧倒的な存在感があった

徹子は深く一礼する

二礼二拍一礼

願い事はしなかった

感謝だけだった

無事にここまで来られたこと

旅をつづけられたこと

そして今 生きている事

それだけで十分だった

石段を下りる

胸の中が少し温かかった

何かが解決した訳ではない

だが何かを受け入れられた気がする

そのまま荒祭宮へ向かう

木々に囲まれた参道を歩く

此方も参拝客が多い

正宮とは違う力強い雰囲気があった

静かに手を合わせる

さらに進む

橋が見えて来た

風日祈宮橋だった

美しい木橋だった

下には小川が流れている

橋を渡る

木漏れ日が差し込む

風日祈宮は森に包まれていた

静かだった

旅の終盤だからだろうか

徹子はこの場所がとても好きになった

熊野の山々とも違う

速玉大社とも違う

伊勢ならではの空気だった

参拝を終え 宇治橋方面へ戻る

橋を渡る

すると再び賑わいが聞こえて来た

おかげ横丁だった

人が多い

本当に多い

笑い声

呼び込む声

焼ける音

香ばしい匂い

一気に現実へ戻ってきたようだった

徹子は思わず笑う

お腹も空いていた

先ずは伊勢うどんにしよう

「ふくすけ」の暖簾をくぐる

店内は広かった

開放感がある

注文したのは松阪牛入りうどん

しばらくして運ばれてくる

太い面

黒いつゆ

その上に松阪牛

一口食べる

柔らかい

想像していたうどんとは違う

だが美味しい

濃厚なつゆが麺によく絡む

松阪牛の旨味も加わる

旅の締めくくりにふさわしい味だった

店を出る

再び横丁を歩く

赤福本店の前に来る

朝は長い列だった

だが今は少し落ち着いている

折角だ

並んでみよう

やがて席に案内される

窓の外は五十鈴川

流れは穏やかだった

赤福とお茶が運ばれてくる

徹子は一口食べる

柔らかい

上品な甘さ

そして温かいお茶

思わず目を閉じる

美味しい

それ以上の言葉が出てこない

窓の外の川を眺める


三日前

大阪のマンションを出た

八木新宮線に乗った

十津川を越えた

湯の峰温泉へ泊った

新宮を歩いた

松阪牛を食べた

そして今 伊勢にいる

旅はもう終わりに近い

だが後悔はなかった

むしろ また旅に出たいと思っていた

五十鈴川の流れを眺めながら

徹子は静かに微笑んだ



赤福本店を出た徹子は

もう一度おかげ横丁を歩き始めた

午後の陽射しが街並みを照らしている

相変わらず人は多い

だが参拝を終えた今は

少し気持ちに余裕があった

来た時には気づかなかった店も見えてくる

木造の建物

昔ながらの看板

土産物店

和菓子屋

何処を見ても楽しそうだった

徹子はゆっくり歩く

急ぐ必要はない

旅も終盤に差し掛かっていた

おかげ座神話の館の前を通る

昔話の世界を再現したような建物だった

観光客が写真を撮っている

さらに進む

洋食店の前を通る

古い洋館風の外観が印象的だった

おかげ横丁は不思議な場所だった

江戸時代の雰囲気を残しながら

今を生きている

その調和が心地良い

やがて横丁を抜ける

人通りは少し落ち着いた

その先に鳥居が見えてくる

猿田彦神社だった

徹子は鳥居をくぐる

境内は明るい雰囲気だった

熊野速玉大社や伊勢神宮とはまた違う

親しみやすい空気がある

猿田彦大神

みちひらきの神様

人生の岐路に立つ人を

導く神様として知られている

徹子は静かに手を合わせた

旅へ出る前なら

もっと色々願ったかもしれない

だが今は違う

旅を終えた今なら思う

答えを貰う場所ではなく

自分で歩き出す場所なのだと

境内にある方位石も見学する

多くの参拝者がふれている

徹子もそっと手を置いた

少しひんやりしていた

その後 隣にある佐瑠女神社へ向かう

芸能や表現の神様として知られている

若い参拝客の姿も多かった

境内をでる

空は青かった

秋の気配が少しずつ深まっている

バスに乗り月読宮へ向かう

大通りから少し入った場所にあった

境内に入る

静かだった

内宮周辺の賑わいが嘘のようだった

木々に囲まれている

風が葉を揺らす音だけが聞こえる

四つの宮が並んでいる

其々に手を合わせる

観光地というより 

本来の神社の姿に近いような気がした

徹子はこの静けさが好きだった

旅の終わりにふさわしい場所かもしれない

月読宮を後にする

歩いて五十鈴川駅へ向かう

住宅街を抜ける

日常の風景が広がっている

学生が自転車で通り過ぎる

買い物帰りの人が歩いている

観光地だけではない

ここには普通の暮らしがある

それが嬉しかった

ここで一度タクシーへ乗る

目的地は宇治山田駅だった

暫くして到着する

駅舎を見上げる

重厚感があった

どこか昭和の香りが残っている

駅舎は国登録有形文化財に指定されている

中へ入る

広い

天井も高い

歴史ある駅だという事が直ぐに分かった

構内を歩く

土産物が並んでいる

伊勢うどん

赤福

地酒

様々な特産品

ストリートピアノも置かれている

子供が一曲弾いている

優しい音色が駅に響いていた

さらに歩く

JA伊勢の自動販売機が目に入る

地元の特産品が並んでいる

米まで販売されていた

徹子は思わず笑う

「流石に伊勢やな」

旅先ならではの発見だった

ベンチへ腰かける

リュックを隣に置く

みゃくみゃくのキーホルダーが揺れる

三日間

本当に色々な場所へ行った

思い返せば長い旅だった

失恋を忘れる為に出た旅だった

だが今は違う

忘れた訳ではない

受け入れられるようになった

それが一番大きな変化だった

アナウンスが流れる

ホームに電車が入って来る

帰りの特急だった

徹子は立ち上がる

大きく深呼吸する

旅は終わる

だが日常は続く

仕事もある

悩みもある

きっと嫌な事もある

それでも少しだけ前を向けそうだった

特急へ乗り込む

窓側の席に座る

扉が閉まる

ゆっくりと特急が動き始めた

伊勢の町が少しずつ遠ざかっていく

窓の外を見つめながら

徹子は静かに微笑んだ

次の旅は 何処へ行こうか

そんな事を 考えながら



宇治山田駅のホームへ列車が滑り込んできた

徹子は最後にもう一度駅舎を振り返る

歴史を感じる建物だった

伊勢の空気がまだ残っている気がする

だが旅は終わりだ

リュックを背負い直し 列車へ乗り込む

窓際の席に座る

発車する

ゆっくりと電車は動き始める

宇治山田の駅が遠ざかっていく

窓の外には伊勢の街並みが流れていた

商店

学校

人々の日常

観光地の顔だけではない

伊勢の暮らしがそこにあった

列車は北へ向かう

田園風景が広がる

黄金色に近づいた稲穂が風に揺れている

秋はもうすぐそこまで来ていた

徹子は窓にもたれた

旅の疲れが少しずつ出てくる

だが心は穏やかだった

暫くすると景色が変わる

山が見える

また山だ

十津川ほど険しくない

だが奈良へ近づくにつれ

山並みが続いている

紀伊半島は本当に山が多い

今回の旅は何度もそう思っただろう

バスの窓からみた十津川の谷

熊野の山々

伊勢へ向かう途中の丘陵

何処までも山が続いていた

そしてその中で人々が暮らしていた

電車は走り続ける

やがて聞きなれて駅名が聞こえて来た

大和八木

徹子は思わず窓の外を見る

旅の始まりだった場所だった

三日前

ここから八木新宮線に乗った

あの時は少し不安だった

六時間半のバス旅

知らない土地

一人旅

だが今は違う

あの選択は間違っていなかったと思える

列車は再び動き出す

大阪が近づいてくる

住宅が増える

マンションが増える

車の数も多くなる

見慣れた景色が戻ってくる

やがてアナウンスが流れた

「次は鶴橋」

徹子は立ち上がる

リュックを肩に掛ける

ホームへ降りる

人が多い

一気に現実へ戻ってきた気がした

通勤客

買い物客

学生

様々な人が行き交わっている

大阪だった

徹子は乗り換えを済ませる

電車へ乗る

そして見慣れた最寄り駅へ降り立った

夕方だった

商店街へ向かう

アーケードの灯りが点いている

八百屋

惣菜屋

パン屋

ドラッグストア

聞きなれた呼び込みの声

夕飯を買う人々

日常の風景だった

三日前に見た時と何も変わらない

だが徹子の見え方は少し変わっていた

旅へ出る前は

この商店街が少し窮屈に感じていた

同じ景色

同じ毎日

変化の無い生活

そんなふうに思う時もあった

だが今は違う

ここにも暮らしがある

十津川にも

新宮にも

伊勢にも

そして大阪にも

何処も同じように人が生きている

そう思えた

コンビニの前を通る

見慣れた建物が見えて来た

商店街の中にあるワンルームマンション

自宅だった

階段を上がる

二階

鍵を取り出す

カチャリ

ドアを開ける

静かな部屋だった

旅だった朝と何も変わっていない

リュックを下ろす

靴を脱ぐ

深く息を吐く

「ただいま」

思わず口から言葉が出た

返事はない

だが不思議と寂しくはなかった

窓を開ける

商店街の音が聞こえる

夕方の空気が入って来る

徹子はスマートフォンを取り出した

写真フォルダを開く

谷瀬の吊り橋

湯の峰温泉

熊野川

新宮城

赤福

宇治橋

沢山の写真が並んでいた

一枚ずつ見返す

自然と笑みがこぼれる

失恋した事実は変わらない

仕事が急に楽になる訳でもない

旅は問題を解決してくれない

だが前を向く力はくれる

今回の旅がまさにそうだった

窓の外を見る

商店街の灯りが輝いている

徹子はスマートフォンを閉じた

そして小さく微笑む

「また 旅にでよう」

その言葉は誰に向けたものでもなかった

自分自身への約束だった

九月の終わり

夏と秋の間

鹿島徹子 二十三歳

紀伊半島三日間の旅は静かに幕を閉じた

この作品は 現在シリーズ化するか

悩んでいる現状です

感想などありましたら宜しくお願いします

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