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徹子の旅  作者: 堺大和
八木新宮線から伊勢路
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8/12

8 新宮前編

湯の峰温泉を出たバスは

熊野川沿いを南へ進んでいた

窓の外には大きな川が広がっている

昨日まで見ていた十津川の山々とは

少し景色が違った

川幅が広い

空も広い

山は近いのに どこか開放感がある

徹子は窓際の席で景色を眺めていた

途中 川湯温泉の前を通る

川から湯気が立ち上がっていた

旅館も見える

大きな建物もある

今度来るなら ここも泊ってみたい

そんな事を考える

バスはさらに進む

トンネルを抜ける

また橋を渡る

熊野川は少しずつ海へ

近づいているようだった

そして気付けば景色が変わえい始める

住宅が増える

コンビニが見える

ガソリンスタンド

ドラックストア

信号機

徹子は思わず姿勢を正した

久し振りだった

昨日からほとんど見ていなかった光景だ

山ばかり見ていたせいか

少し新鮮だった

「思ったより街やな……」

思わず呟く

紀伊半島の南東 

紀伊半島の中で大阪から最も遠い場所

行くのが困難な 

山深い場所 

いや山を越えた海釣の場所

職場の誰かが以前言っていた

「釣なら新宮」

そんなイメージばかり持っていた

だが実際の新宮は違った

人がいる

店がある

車も多い

普通に暮らしている街だった

やがて駅前へ近づく

JRの列車が停まっている

徹子は少し嬉しくなる

鉄道会社で働いているせいだろう

線路を見ると何となく安心する

バスはゆっくりと停車した

新宮駅

終点だった

徹子はリユックを背負い 車外へ出る

空気が少し違う

山の匂いだけではない

海に近い街特有の湿った風が混ざっている

駅前は綺麗に整備されていた

想像していたよりずっと都会だった

観光案内所

タクシー乗り場

ホテル

飲食店

行きかう人々

それでも大阪ほど忙しくはない

少しだけ時間がゆっくり流れている

そんな街だった

徹子は駅前で立ち止まる

此れが新宮

地図では何度も見た場所

昨日の夜

大和八木を出た時には遠い存在だった

それが今 目の前にある

少しだけ達成感があった

スマートフォンで地図を確認する

最初の目的地は徐福公園だった

駅から近い

徒歩で行ける

徹子は歩き始めた

駅前の通りを進む

空は高い

九月の日差しが街を照らしている

暫く歩くと

不思議な雰囲気の門が見えてきた

日本の神社とも寺とも違う

どこか中国風だった

赤い屋根の中華風の門

独特の装飾

徹子は足を止める

徐福公園

中国の伝説が残る場所だった

「ほんまに あるんや……」

思わず小さく呟く

紀伊半島の南東へ来たと思ったら

今度は中国の歴史へ繋がっている

旅とは面白いものだ

徹子はゆっくりと公園の中へ

足を踏みいれた


赤い屋根の門をくぐる

その瞬間 さっきまでの新宮の町並みとは

別の空気が広がった

公園の中は綺麗に整備されている

木々の緑

石畳

静かな空間

駅から歩いて数分しか離れていないのに

不思議と落ち着く場所だった

徹子は案内板の前で足を止める

徐福

その名前は知っている

高校の世界史で少しだけ習った記憶がある

中国の始皇帝に仕えた人物

不老不死の薬を探す為

東の海へ旅立った

そこまでは覚えている

だが その続きは知らなかった

案内板を読む

徐福は海を渡り この地へ辿り着いたと

いう伝説が残っている

そして農業

漁業

紙漉き

様々な技術を伝えたとされている

徹子は少し驚いた

中国の伝説

それが紀伊半島に残っている

公園の奥へ進む

石碑がある

徐福の像も見える

中国風の屋根を持つ建物もあった

何処か異国の雰囲気だった

その先には徐福の墓と伝えられる場所もある

徹子は静かに眺めた

勿論本当にここで亡くなった

訳でもないらしい

それでも長い年月

この土地の人々が伝説を受け継いできた

その真実に少し興味を惹かれる

旅先では こういう話が面白い

事実かどうかだけではない

何故語り継がれて来たのか

そこに土地の歴史が見えるからだ

徹子はベンチへ腰掛ける

ふと考える

何故新宮なのだろう

九州でもいい

四国でもいい

もっと中国に近い場所でもいい

それなのに紀伊半島の南東だった

案内板には海流の話しも書かれている

昔の船が黒潮に乗って流されたなら

確かにこの辺りへ辿り着く可能性がある

そう考えると全くの作り話とも

思えなくなってくる

徹子は少し笑った

旅行会社で働いていると観光地の説明は

よく聞く

だが実際にその土地へ来て

自分で考えるのは全然違う

スマートフォンで写真を撮る

だがそれ以上に印象に残ったのは

この不思議な感覚だった

中国の伝説

熊野信仰

海の町

山の町

その全部が同じ新宮にある

思っていた以上に面白い場所かもしれない

公園の出口近くには小さな土産物店があった

徹子は何となく立ち寄る

店内には熊野のお土産に混じって

中国風の置物や徐福に関する商品も

並んでいた

思わず笑ってしまう

「ほんまに中国や……」

店主らしい年配の女性が微笑む

「珍しいでしょう」

「はい新宮へ来て最初に中国に会うとは

思いませんでした」

女性は楽しそうに笑った

「みんなそう言います」

徹子もつられて笑う

旅というのは面白い

昨日は谷瀬の吊り橋に驚いていた

今は中国の伝説に驚いている

どちらも大阪では出会えなかったものだ

店を出る

青い空が広がっている


次の目的地は阿須賀神社だった

地図を見る

歩いて行ける距離だ

徹子はリュックの肩紐を握り直した

新宮の街歩きは

まだ始まったばかりだった


徐福公園を後にした徹子は

地図を見ながら住宅街を歩いていた

新宮の街は思ったより歩きやすい

道路は整備されている

古い町並みも残っている

そして

少し歩けば歴史のある場所へ辿り着く

それが面白かった

やがて木々は囲まれた静かな場所が

見えてきた

鳥居が立っている

阿須賀神社だった

徹子は鳥居の前で足を止める

ふと案内板をみる

「あすか神社」

思わず首を傾けた

飛鳥ではない

明日香でもない

阿須賀

同じ読みなのに漢字が違う

少し気になった

鳥居をくぐる

境内は美しく手入れされていた

派手さはない

だが落ち着いた空気が流れている

木々の葉が風に揺れる

参拝客も多くない

静かだった

徹子は手を合わせる

旅の安全

それから少しだけ

自分のこれからの事も

神社の歴史を読む

熊野の神々

古事記

日本書紀

何度も聞いた事のある名前が並んでいる

想像していた以上に古い神社だった

熊野速玉大社ばかり有名だと思っていたが

此方も歴史が深い

境内を歩く

石段

古い木々

苔むした石

長い時間が積み重なっているのが分かる

その隣に民族資料館があった

折角なので入ってみる

館内は静かだった

葉でな展示ではない

だが徹子は思わず足を止めた

古市図

農具

生活道具

そして熊野の歴史を示す資料

知らない事ばかりだった

江戸時代の新宮

木材で栄えた港町

熊野川を利用した物流

山から切り出された木々

紀伊半島の山の経済を支えていた事が

よくわかる

さらに進む

蓬莱山から出土した御正体

神仏習合時代の資料

熊野信仰の歴史

徹子は自然と展示を読み込んでいた

旅行会社で働いていると

有名な観光地の知識は入って来る

だが地域の歴史まではなかなか学ばない

実際に来てみると面白かった

徐福伝説

熊野信仰

木材の町

海の町

山の町

全部が同じ新宮の歴史だった

徹子は古い地図の前で立ち止まる

今歩いている街並みが描かれている

昔の人も同じ場所を歩いていたのだろうか

そんな事を考える

昨日まで見ていた十津川の山々も

この新宮へっ繋がっている

川が物を運び

人を運び

文化を運んで来た

紀伊半島はただの山奥ではなかった

昔から人が行きかう場所だったのだ

資料館をでる

空を見上げる

青空が広がっていた

風が気持ち良い

徹子は少しだけ笑った

旅に出る前は

ただ気分転換のつもりだった

だが今は違う

知らない土地を知る楽しさを

思い出し始めていた

リュックの肩紐を握り直す

次の目的地は新宮城跡だった

熊野川を見下ろす高台

新宮の街を一望できる場所らしい

徹子は再び歩き始めた

歴史の続きは まだその先にあった


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