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徹子の旅  作者: 堺大和
八木新宮線から伊勢路
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5/12

5 谷瀬の吊り橋

山道を何度も曲がりながら

バスは南へ進み続けていた

徹子の窓の外を眺めている

もうスマートフォンを見る回数は殆ど

無くなっていた

景色の方が面白い

何処までも続く山

深い谷

川沿いの集落

大阪では絶対に見られない風景だった

その時だった

窓の向こうに何か細い線が見えた

山と山を結ぶ一本の線

最初は電線化と思った

だが違う

近づくにつれ その姿がハッキリしてくる

橋だった

谷瀬の釣り橋

徹子は思わず窓へ身を寄せた

高い

思っていたより すっと高い

しかも長い

山と山の間へ一本の線を引いたように

伸びている

「うわ……」

思わず声が漏れた

車内の何人かも窓の外を見ている

外国人旅行者が写真を撮っていた

釣り橋は近づくほど恐ろしく見える

風に揺れる様にも見えた

あれを歩くのか

そう思っただけで少し足がすくむ

やがて車内アナウンスが流れた

「まもなく上野地です

休憩時間は約二十分となります」

徹子は腕時計を見る

大和八木をでて二時間四十八分

まだ奈良県内だった

数字をみて思わず笑ってしまう

「まだ 奈良なんや……」

長い

本当に長い

バスはゆっくり停車した

上野地

谷瀬の吊り橋の帆寄りの停留所だった

乗客たちが次々と降りていく

徹子もリックを置いたまま車外へ出た

山の空気が気持ち良い

少し暑い

だが 大阪とは違う

風がある

そして目の前には吊り橋があった

実物はさらに大きかった

いや 大きいというより長い

何処までも続いているように見える

橋の入り口には観光客が集まっていた

外国人

ライダー

家族連れ

皆が同じ様に橋を見ている

徹子もゆっくり近づく

橋の下を見る

思わず息を飲んだ

高い

本当に高い

足が少しすくむ

下には川が流れている

キャンプ場も見える

温泉旅館らしい建物も見えた

テレビの旅番組で見た事があるような

景色だった

いや

サスペンスドラマの

ラストシーンかもしれない

吊り橋

静かな山

犯人が最後に自供しそうな場所だと

徹子は思った

そして一人で少し笑った


徹子は吊り橋の入り口まで歩いてみた

近づけば近づくほど その大きさが分かる

いや 大きさというより高い

そして長い

橋板の隙間から谷底が見えている

入り口付近では

何人かの観光客が足を止めていた

写真を撮る人

恐る恐る一歩を踏み出す人

途中で引き返して来る人

皆 それぞれの反応をしている

徹子も橋の入り口に立ってみた

風が吹く

橋が僅かに揺れる

本当にわずかだ

だが高所が苦手な人には十分だった

徹子は橋の先を見る

対岸が遠い

思っていた以上に遠い

二百九十七メートル

数字だけでは分からなかった距離感が

目の前にあった

試しに一歩だけ踏み出してみる

ギシッ

足元から感触が伝わる

直ぐに二歩目は出なかった

下を見る

やめた

徹子は静かに後ろへ下がる

「無理や……」

誰にいうでもなく呟いた

橋を渡る人たちを見ているだけで十分だった


暫く景色を眺めていると駐車場の方から

軽快な音楽が聞こえて来た

徹子はそちらを見る

小さなトラックだった

車体の側面には食品の写真が並んでいる

移動スーパーだった

トラックが泊まると

近くの人達が集まっていく

観光客ではない

地元の人達だった

年配の女性

作業着姿の男性

買い物かごを持った人もいる

徹子は少し意外だった

谷瀬の吊り橋

観光地

そんな印象ばかり持っていた

だが今 目の前にあるのは生活だった

移動スーパーは観光客の為ではない

ここで暮らす人たちの為に来ている

徹子は何となく見入ってしまう

お菓子

パン

野菜

日用品

小さな店が

そのまま車になったようだった

そう言えば

旅行会社の資料で見たことがある

山間部ではスーパーまで遠い場所もあると

だが実際に見るのは初めてだった

観光地の向こう側に

人の暮らしがある

当たり前の事なのに 少し新鮮だった

山を見上げる

川をみる

吊り橋を見る

そして移動スーパーを見る

どれも同じ場所にある

観光地であり 生活の場所でもある

徹子は少しだけ考えた

今度来るなら 一拍したいかもしれない

車で来て

温泉へ入って

吊り橋を渡って

ゆっくりこの辺りを歩いてみたい

路線バスの旅では見えない景色も

きっとある

そんな事を思っていると

遠くから運転手の声が聞こえた

「まもなく出発しますので

お戻りください」

乗客達が少しずつバスへ戻り始める


その時だった

「お父さん!」

突然 少し慌てた声が聞こえた

振り返ると

乗客の若い女性が辺りを見回している

年齢は自分より少し上だろうか

落ち着かない様子だった

どうやら一緒に乗っていた年配の男性の姿が

見えないらしい

発車時刻が近づいている

女性は吊り橋の方向をみて

売店の方を見て

それからトイレの方へ小走りで向かった

徹子も少し気になって見ていた

数分後

女性の後ろから年配の男性が

のんびり歩いて来た

どうやらトイレへ行っていたらしい

女性は安堵した顔をしている

男性は申し訳なさそうに頭を書いていた

その様子を見て

周囲の乗客も少し笑う

旅先ならではの小さな出来事だった

運転手も慌てる様子はない

きっとこういう事には慣れているのだろう


二百九十七メートル

日本有数の長さを誇る生活用吊り橋

だが今の徹子には

数字よりも先に感想が浮かんでいた

徹子も最後にもう一度だけ吊り橋を見る

風に揺れる細い橋

深い谷

青い空

数分前より少しだけ

この場所が好きになっていた

そして同時に思う

……まだ旅は半分も終わっていない



上野地を出発すると

バスは再び国道を南へ向かう

乗客達も其々席へ戻っている

吊り橋を見て興奮していた外国人旅行者も

今は窓の外を静かに眺めていた

徹子も席へ深く腰掛ける

窓の外には相変わらず山が続いている

だが どこか景色が変わった気がした

谷瀬の吊り橋周辺では観光客の姿が目立った

今は違う

見えるのは生活だった

道路わきの郵便局

ガソリンスタンド

小学校

集会所らしい建物

どれも決して大きくはない

だが確かに人が暮らしている

山の中に点々と灯りが灯るように

集落が続いていた

バスは川沿いを進む

深い緑

切り立った斜面

川面に反射する陽の光

同じ山なのに さっきまでとは印象が違う

徹子は窓の外を見ながら思った

山が変わった

勿論本当に変わったわけではない

ただ表情が違う

天辻峠付近の山は険しく

人を寄せ付けない雰囲気だった

今見えている山は

その中に人の暮らしを抱えている

そんな風に見えた

山が生き物みたいだ

ふと そんな言葉が浮かぶ 

場所によって表情が変わる

機嫌が変わる

同じ山なのに 違う顔を見せる

徹子は少し笑った

旅行会社でパンフレットを作る時には

絶対に出てこない感想だった

やがて車内アナウンスが流れる

十津川役場前

バスは少し速度を落とした

道路の向こうに役場の建物が見える

思ったより立派だった

周囲には焦点や住宅もある

十津川村

日本一広い村

名前は知っていた

だが実際に来てみると

その広さが実感できない

何故なら 

まだ村の中を走りつづけているからだ

役場を過ぎても村は終わらない

山も終わらない

川も終わらない

徹子はスマートフォンの地図を見る

驚いた

まだ十津川村の中だった

かなり走った気がしている

だが村の真ん中にも届いていない

スケールが違う

思わず笑ってしまう

「大きすぎるやろ……」

隣の席には誰もいない

だから独り言も気にならない

バスは更に南へ進む

山の斜面が近づいたり離れたりする

古い国道らしい道が時折見える

その横には新しい道路

新しいトンネル

この地域が長い年月かけて

少しずつ便利になってきた事が分かる

だがそれだけでも簡単な土地ではない

急流

人が住むには厳しい自然だった

バスはトンネルを抜ける

またトンネル

その先には建設中の構造物が見えた

工事車両

橋脚

新しい道路

今もなお

この地域の交通は進化し続けている

徹子はその景色を見ながら思った

もし旅行会社の企画で

ここを紹介するとしたら

どう伝えるのだろう

秘境

温泉

世界遺産

そんな言葉は幾らでも並べられる

だが本当に面白いのは

こういう部分かもしれない

人と自然が長い時間をかけて折り合いを

漬けながら暮らしている姿

それこそが十津川なのではないか

バスはさらに進む

午後の陽射しが少し傾き始めていた

車内には穏やかな空気が流れている

何人かは眠っている

徹子も少しだけ瞼が重くなってきた

うとうとしながら窓の外を見る

その時だった

遠くの道路わきに大きな縦看板が見えた

白い湯気の絵

温泉マーク

そして大きな文字

十津川温泉へようこそ

徹子は思わず姿勢を正した

ようやく次の休憩地が近づいていた

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