第2話 水曜日は、プリンが二個
一週間は、長かった。
月曜日。
火曜日。
どっちも、いつもの倍くらいの長さがあった気がする。時計の針が、ぜんぜん進まない。たぶん、誰かがこっそり針を接着剤でくっつけてたんだと思う。
授業中も、上の空だった。
数学の先生に当てられて、「えっと、はい、プリンです」と答えて、教室が爆笑に包まれた。
……最悪。
「柚、大丈夫? なんかずっとぼーっとしてない?」
昼休み、前の席の彩が、心配そうにのぞきこんできた。
「大丈夫、大丈夫。ちょっと寝不足なだけ」
「ならいいけど。……まだ、あんまり眠れてないの?」
彩は、お姉ちゃんのことを知っている。
お葬式にも来てくれた。
だから、ときどきこういう顔をする。やさしくて、ちょっと気をつかっている顔。
ありがたい。ありがたいんだけど。
その顔を向けられると、なんとなく、笑わなきゃいけない気持ちになる。
「ほんとに平気だよ。むしろ元気!」
わたしは、にっこり笑ってみせた。
彩は、ほっとしたように笑い返してくれた。
うん、成功。
……成功、なのかな。
まあいいや。
それより、今日は水曜日だ。
べつに、待ってたわけじゃない。
ただ、帰り道にコンビニに寄ったら、たまたまプリンが目に入って、たまたま二個かごに入れただけだ。
たまたま。
たまたまだってば!
誰に言い訳してるんだ、わたし。
家に着いたのは、四時ちょっと過ぎだった。
玄関のドアを開ける。
電気は、ついていなかった。
靴を脱ぎながら、ちょっとだけがっかりしている自分に気づいて、また腹が立った。
いやいや、がっかりなんてしてないし。
来るかどうかもわからない人を、期待して待つほうがおかしい。
だって「来れたら来る」だよ?
あの人の「来れたら来る」は、「たぶん来ない」と同じ意味だ。
わたしは、プリン入りのレジ袋を持ったまま、台所に向かった。
「おかえりー」
……いた。
食卓の椅子に、足を組んで座っていた。
例の膝に穴のあいたジャージ。左右ちがいの靴下。
そして、頭の上には、黄色いヘアゴム。
「うわあああ!」
「なに、その反応。感動の再会でしょ」
「心臓に悪い! せめて、もうちょっと予告して!」
「予告? 『これから出ます』って? テレビの心霊特集か」
お姉ちゃんは、けらけら笑った。
わたしは、胸に手を当てて、深呼吸した。
心臓が、ばくばくいっている。
驚いたせい。
絶対、驚いたせい。
「で、なに持ってんの、それ」
「え、あ、これ? なんでもない」
「プリンでしょ。コンビニの袋に透けてる」
「違う! ……いや、違わないけど、お姉ちゃんのじゃないから!」
「二個あるじゃん」
「ぐっ」
しまった。
一個ずつ、別の袋に入れておけばよかった。
「ははーん」
お姉ちゃんは、にやにやしながら、わたしの顔をのぞきこんだ。
「わたしの分、買ってきたんだ?」
「ちがう! 自分が二個食べたかっただけ!」
「へえー。太るよ?」
「うるさい!」
「ありがと、柚」
急に、まっすぐな声で言われた。
不意打ちだった。
わたしは、口を開けたまま、固まった。
なにその顔。
やめてよ。
調子が狂う。
「……べ、別に。ついでだし」
「うん、ついで」
「ほんとについでだから」
「うん、わかってるって」
お姉ちゃんは、笑いをこらえている顔をしていた。
絶対、全部わかってる。
悔しい。
わたしは、プリンを一個、乱暴にテーブルに置いた。
「ほら。今回は名前書いてあるのは、わたしのだけだから! こっちがお姉ちゃんの!」
「えっ、わたしのには名前書いてくれてないの?」
「書くわけないでしょ!」
「ひどっ。差別だ」
お姉ちゃんは、文句を言いながらも、嬉しそうにフタを開けた。
スプーンですくって、ぱくっ。
「んー! うまっ! 生き返る!」
「死んでるけどね」
「あっ、そうだった」
お姉ちゃんは、真顔でスプーンを止めた。
それから、ふたりで同時に、ぷっと吹き出した。
なんなんだ、このやりとり。
ブラックジョークにもほどがある。
でも、笑ったら、肩の力がちょっと抜けた。
それが、なんか悔しかった。




