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第11話 お化け屋敷、開店

 文化祭は、二日間。


 水曜日と、木曜日。


 つまり、一日目は、お姉ちゃんが来る日で、二日目は、お姉ちゃんが来ない日。


「一日目で、ぜんぶ見ておくから」


 朝、お姉ちゃんは、腕を組んで宣言した。


「ぜんぶって?」


「ぜんぶ。あんたの学校の文化祭、完全制覇」


「……お化け屋敷、わたしたちの教室だよ」


「だから、最後にとっとく。まずは他のクラスをチェック」


 そして、お姉ちゃんは、本当に、わたしを放置して、校内の探検に出かけていった。


 自由すぎる。


 


 お化け屋敷は、大成功だった。


 最初の一時間で、廊下に行列ができた。


「橘さん、すごい。お客さん、泣いてるよ」


 装飾係の女子が、わくわくした顔で、わたしに報告に来た。


「泣いてる? 怖くて?」


「ううん。最後のとこで」


 ……最後のとこ。


 『また来週』のところだ。


 幽霊役の子が、手を振る。


 それを見て、泣く人が、続出しているらしい。


 わたしは、廊下の隅から、こっそり、教室の様子をのぞいた。


 暗い教室の中で、お客さんが、ひとり、出口に向かって歩いている。


 最後に、幽霊役の子が、手を振った。


「……また、来週」


 お客さんは、ぽかんとして、それから、小さく手を振り返していた。


 あ。


 脚本、ちゃんと、届いてる。


 わたしが書いたものが、知らない誰かに、届いている。


 それが、なんだか、すごく、不思議だった。


「どう? 感想は」


 とつぜん、後ろから声がした。


「うわあああ!」


「いい反応。九点」


「お姉ちゃん!」


「やっば、あんたの脚本、すごいじゃん。わたし、さっき並んで入ったけど、ちょっと、じーんときた」


「並んだの?」


「うん。お客さんの後ろに、ついてった」


 さすが、幽霊。


 行列に、割りこむ必要がない。


「どうだった? ほんとの感想」


「ほんとの?」


「うん」


 お姉ちゃんは、少し、考えるように、天井を見あげた。


「……わたしが、うちで、あんたに会ったときのこと。あんた、あんなふうに、見えてたんだなって」


「え?」


「泣きそうなのに、必死で、怖がるふりしてて。でも、ちゃんと、わたしのこと、見ててくれて」


 お姉ちゃんは、そう言って、ふふっと笑った。


「うれしかったよ、あのとき」


 わたしは、何も言えなかった。


 ただ、目の奥が、熱くなって、あわててごしごしこすった。


「ゴミ、入った」


「はいはい、わかってる」


 


 お昼ごろ、彩が、お化け屋敷に来た。


 ひとりで。


 行列に並んで、順番が来るまで、ずっと、そわそわしていた。


「柚、来たよー」


「彩、ありがと」


「脚本、柚が書いたんでしょ。楽しみ」


 彩は、入口で、にこっと笑った。


 そして、暗闇の中に、入っていった。


 しばらくして。


 出口から、出てきた彩は、目が、真っ赤だった。


「……彩?」


「柚、これ」


 彩は、わたしの手を、ぎゅっとにぎった。


「これ、お姉さんのこと、でしょ」


 どきん、とした。


 どうして。


 どうして、わかるの。


「ごめん、勝手に。でも、プリンのところで、すぐわかった。柚、前に、プリンのこと言ってたから。あの、数学の時間に」


「あ……」


 数学の授業で、わたしが、「えっと、はい、プリンです」と答えたやつ。


 あれ、彩、覚えてたんだ。


「それにね、柚、最近、ずっと、誰かと話してるみたいだったから。もしかしたらって、ちょっと思ってた」


「彩」


「うん」


「……話しても、いい?」


「いいよ」


 彩は、まっすぐ、わたしを見た。


 わたしは、息を吸った。


 お姉ちゃんが、わたしの後ろで、そっと、背中を押すように立っているのがわかった。


 見えないけど。


 感じる。


「お姉ちゃんが、毎週水曜日に、帰ってくるの」


 言った。


 とうとう、言った。


 彩は、笑わなかった。


 驚いた顔もしなかった。


 ただ、静かに、うなずいた。


「そうなんだ」


「信じられないよね、こんな話」


「……信じるとは、言えないかも。ごめん」


 彩は、正直に言った。


「でも、柚が、嘘ついてないのは、わかるよ」


「……うん」


「あのね、柚」


 彩は、わたしの手を、離さなかった。


「わたし、柚が、笑ってごまかしてるの、ずっと気づいてた。お葬式の後から、ずっと」


「え」


「でも、何て言えばいいか、わからなくて。聞いたら、柚が、もっと笑って、もっと遠くなっちゃいそうで。……ごめんね」


 彩の声は、ふるえていた。


「柚が、さっき、ちゃんと言ってくれて、嬉しい」


 わたしは、口を開けた。


 何か言おうとして、言葉が、出てこなかった。


 代わりに、ぼろっと、涙が出た。


 あれ。


 泣くつもりなんて、なかったのに。


 お葬式のあとの、三日間のあと、一度も泣いていなかった。


 笑ってごまかして、笑ってごまかして、そうやって、ずっと。


「……ごめん、彩。ごめん、ごめん」


「謝らなくていいよ」


「だって、わたし、ずっと、ごまかしてて」


「うん」


「ほんとは、さびしかった」


 言えた。


 やっと、言えた。


「うん、知ってる」


 彩は、わたしを、ぎゅっと抱きしめた。


 あったかかった。


 お姉ちゃんのあったかさとは、ちがう、でも、同じくらい、やさしいあったかさ。


 彩の肩ごしに、お姉ちゃんが、見えた。


 お姉ちゃんは、泣いていた。


 声も出さずに、ぽろぽろ、涙をこぼして。


 それでも、口は、笑っていた。


 そして、親指を、ぐっと立てた。


 わたしは、彩の肩に顔をうずめたまま、思った。


 ああ、わたし、もう、ひとりじゃないんだ。


 お姉ちゃんが、いなくなっても。


 ……いや。


 いなくなるって、考えたくない。


 でも、考えちゃった。


 お姉ちゃんの、輪郭が、涙のせいなのか、それとも、本当に、薄くなっているのか。


 わたしには、わからなかった。


 


 夕方。


 文化祭の一日目が、終わった。


 片づけをしている最中に、お姉ちゃんが、ふっと、わたしの隣に来た。


「柚」


「なに」


「リスト、七番、完了」


 お姉ちゃんは、ノートの切れ端を、ひらひらさせた。


 七番の横に、汚い字で、「済」と書いてある。


「ありがと。ほんとに、楽しかった」


「……それは、よかった」


「それと、彩ちゃん」


「うん」


「あの子、いい子だね」


「うん」


「大事にしなよ」


「言われなくても、そうする」


 お姉ちゃんは、にこっと笑った。


 それから、わたしの頭を、ぽんぽんと撫でた。


 あったかい手。


 わたしは、その手を、しばらく、頭の上に感じていた。


 ふと、窓の外を見ると、夕焼けが、教室を、オレンジ色に染めていた。


 時計は、十七時四十分。


 ……お姉ちゃん、今日は、十二時まで、いてくれるよね。


 そう思って、お姉ちゃんの顔を見たら。


 お姉ちゃんは、にこにこ笑ったまま、何も言わなかった。


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