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第9話 後編

 防波堤の上に、座った。


 遺影の写真を撮った、場所だった。


 ちゃんと、確かめた。


 スマホに残っていた写真と、背景が、まったく同じだった。


「あの日さ」


 お姉ちゃんが、遠くを見ながら言った。


「ミサキが、帽子飛ばされて、海に落としたの。で、みんな、爆笑。わたしも、めちゃくちゃ笑った。で、そのとき撮られた」


「あの写真、口、全開だったもんね」


「だから、遺影にするなって言ったじゃん」


「言ってないよ、お姉ちゃん、あのとき死んでたもん」


「あ、そっか」


 ふたりで、また吹き出した。


「でもね」


 お姉ちゃんは、貝がらをにぎりしめたまま、小さく言った。


「あの日、わたし、すごく、楽しかったんだよね」


「うん」


「だから、遺影があれで、よかった。……ほんとは、ちょっと、嬉しかった」


 わたしは、横を向いた。


「……文句言ってたくせに」


「文句は言うでしょ、ふつう」


「ふつう、言わない」


「わたしは、言う」


「知ってる」


 風が、ぴゅうっと吹いた。


 わたしは、スマホを取りだした。


「写真、撮ろう」


「え」


「ふたりで。わたし、手、つなぐから」


 お姉ちゃんは、ちょっと、戸惑った顔をした。


「……映らないよ、わたし」


「いいの」


 わたしは、スマホを持った右腕をのばして、インカメラにした。


 左手を、お姉ちゃんに差しだす。


 お姉ちゃんが、その手を、にぎった。


 あったかい。


 カシャッ。


 写真を確認した。


 海を背景に、わたしが、ひとりで写っていた。


 左手を、空中に差しだしたまま。


 誰かの手を、ひいているみたいに。


 その顔は。


 自分でも、びっくりするくらい、ちゃんと、笑っていた。


 つくり笑いじゃなくて。


 ごまかしの笑いでもなくて。


「……いい顔じゃん」


 お姉ちゃんが、写真をのぞきこんで言った。


「待ち受けにする」


「えっ、恥ずかしくない?」


「いい。これにする」


 わたしは、画面を、ホーム画面に設定した。


 お姉ちゃんは、何も言わなかった。


 ただ、海を見ながら、貝がらを、しっかりにぎっていた。


 


 帰ってくると、夜の八時だった。


 お母さんが、先に帰っていた。


 玄関で、わたしを見るなり、言った。


「柚、どこ行ってたの。学校から電話があったわよ。お腹が痛いって」


「……あの、その」


「顔を見る限り、元気そうだけど」


 ばれてる。


 これは、完全に、ばれている。


 わたしは、観念して、うつむいた。


「ごめんなさい。ちょっと、海に」


「海?」


 お母さんは、ちょっとだけ、目を見開いた。


 それから、わたしの足元を見た。


 スニーカーの縁に、砂がついていた。


「……茜も、よく、靴に砂つけて帰ってきてたわね」


 お母さんは、ふっと、笑った。


 泣き笑いみたいな、笑い方だった。


「怒らないの?」


「怒るわよ。ちゃんと、あとで怒る。次は、ちゃんと言ってから行きなさい」


「……はい」


「ご飯、食べなさい」


 お母さんは、台所に戻っていった。


 玄関の隅で、お姉ちゃんが、小さい声で言った。


「……お母さん、怒んなかったね」


「怒るって言ってた」


「あれは、怒ってない顔だよ」


「そう?」


「うん。わたしの母親だもん」


 お姉ちゃんは、貝がらを、そっと、わたしの手に返した。


「これ、柚が持ってて。わたし、そのうち、柚の物にも触れなくなるかもしれないから」


「……来週も、持ってくるよ」


「そっか。じゃあ、来週、また触らせて」


「うん」


 お姉ちゃんは、笑った。


 その笑顔が、廊下の灯りに、すこしだけ透けて見えた。


 貝がらは、わたしの手の中で、ちょっとだけ、冷たかった。


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