第8話 後編
予鈴が鳴った。
「やばっ! 遅刻する!」
「走れ走れ!」
「お姉ちゃんは走らなくていいでしょ!」
「気分!」
わたしは、お弁当を一口も食べないまま、坂道をダッシュで下った。
お姉ちゃんは、すぐ隣を、ふわふわ飛びながら、ついてきた。
お腹が、ぐーっと鳴った。
……放課後、絶対、プリン食べよう。
夜。
お母さんが寝たあと、わたしは、部屋の電気をつけたまま、ベッドの上でひざをかかえていた。
お姉ちゃんは、床に座って、わたしの漫画の十二巻を読んでいる。
今日、やっと買ったのだ。
お小遣いで。
「ねえ、お姉ちゃん」
「ん」
「缶コーヒーの人、誰だと思う?」
「わかんない」
「お母さんじゃ、ないよね」
「ちがう。お母さんは、菊だけ。あと、お母さん、コーヒー飲まないし」
「じゃあ、友達?」
「ミサキは、ひまわりだけ。ブラックコーヒーなんて、くれるタイプじゃない」
「じゃあ……」
言いかけて、やめた。
ふと、お父さんが、いつも飲んでいたコーヒーを、思い出したから。
ブラックの、苦いやつ。
でも、それは、考えすぎかもしれない。
あの人が、お墓に来るわけが。
「柚」
「なに」
「今日、ついてきてくれて、ありがとね」
お姉ちゃんが、漫画から顔を上げた。
「ずっとひとりで行ってたから。ちょっと、嬉しかった」
「……別に。気になっただけだし」
「うん」
お姉ちゃんは、笑った。
それから、ベッドの端に、よいしょ、と腰かけた。
時計を見る。
十一時五十分。
お姉ちゃんの輪郭が、前よりも、はっきり透けているのがわかった。
手のひらが、ほとんど、向こう側の壁の色を映している。
気づかないふりをした。
「お姉ちゃん」
「ん?」
「来週も、来るよね」
「来れたら来る」
その言葉を聞いて、わたしは、思わず、ほっとした。
あ、言った。
やっと、言った。
この言葉で、こんなに安心するなんて。
わたし、どうかしてる。
「なにその顔」
「別に」
「ほっとしてるでしょ」
「してない!」
「ふふ。おやすみ、ちび」
「……おやすみ」
目をとじた。
お姉ちゃんの、ページをめくる音が、やさしく聞こえた。




