第7話 幽霊のプロに任せなさい
水曜日の朝。
目を開けたら、お姉ちゃんが、わたしの机の前で正座していた。
しかも、背筋がやたらとのびている。
なにこれ。怖い。
「……おはよう。なにしてるの」
「会議」
「ひとりで?」
「あんたが起きるの待ってたの。議題があります」
お姉ちゃんは、一枚の紙を、わたしの目の前にかざした。
例の、やりたいことリストだ。
ノートの切れ端に、油性ペン。一から五と、十だけが書いてある、穴だらけのやつ。
「六から九、そろそろ埋めたいと思います」
「勝手に埋めれば?」
「それが浮かばないんだよね。生きてるときに考えたやつなら、山ほどあるんだけど。今のわたしにできそうなのが、わかんなくて」
「じゃあ、海」
自分でも、びっくりするくらい、すぐに口から出た。
「海?」
「お姉ちゃん、遺影の写真、海で撮ったやつじゃん。あのとき、すっごい楽しそうだったから。もう一回、行きたいかなって」
お姉ちゃんは、ぽかんと口を開けた。
それから、にやーっと笑った。
「あんた、わたしのこと、ちゃんと考えてんじゃん」
「ちがう! たまたま思いついただけ!」
「はいはい。六、海。決定」
お姉ちゃんは、ペンのキャップを歯でくわえて、さらさらと書いた。
字が、ものすごく汚い。
「あと、柚の学校の文化祭。再来週でしょ?」
「なんで知ってるの」
「プリント、冷蔵庫に貼ってあった。七、文化祭に行く」
「来なくていいよ!」
「却下」
「ひどっ」
「八は、お母さんの誕生日。これは、あとで考える」
お姉ちゃんは、ふいに声を小さくして、そう言った。
わたしは、何も言わなかった。
「九は、まだ空けとく。……で、五番」
お姉ちゃんは、リストの「五、柚の好きな人を、突き止める」を指さした。
「これ、もう終わったよね。瀬戸くん。ほぼ確定でしょ」
「確定してない!」
「してるって。おめでとう、完了」
お姉ちゃんは、五番の横に、でかでかと「済」と書いた。
わたしは、ペンを奪って、その下に書き足した。
『(強制的に)』
「あっ、ずるい! わたしのリストなのに!」
「わたしのペンだもん!」
……こうして、わたしの水曜日は、朝から騒がしく始まった。
事件は、六限目のロングホームルームで起きた。
議題は、文化祭の出し物決め。
黒板に、候補が並んでいく。
たこ焼き。メイド喫茶。縁日。カフェ。
どれも、なんかもう、どこかで見たことあるやつ。
「ぜんぶ普通だな」
後ろの方で、お姉ちゃんが、宙にぷかぷか浮いたまま、つまらなそうに言った。
しゃべらないで。
わたし、今、必死で黒板見てるんだから。
「ねえ柚、お化け屋敷って言ってみて」
……は?
無理。
「言って。お願い。わたし、幽霊だよ? プロだよ? お化け屋敷、絶対やりたい」
プロって、なんのプロ。
無視しようと思った。
でも、お姉ちゃんが、わたしの机の横に、しゃがむみたいな格好で降りてきて、すごい顔で見上げてくる。
目が、キラキラしている。
小学生が、誕生日にゲームを買ってもらうときみたいな顔。
……ずるいなあ、その顔。
「……あの」
気がついたら、手を上げていた。
「お、お化け屋敷は、どうでしょうか」
教室が、一瞬、静かになった。
わたし、今、なにを言った?
「橘さん、いいね!」
最初に声を上げたのは、瀬戸くんだった。
「俺、前からやってみたかった。面白そう」
「えー、いいじゃん!」
「ベタだけど、盛り上がるよね」
あれよあれよという間に、お化け屋敷に決まってしまった。
黒板に、大きく書かれる。
『二年B組 お化け屋敷』
わたしは、冷や汗をかきながら、席に座っていた。
目立ってしまった。
わたしが、目立ってしまった。
「ナイス、柚!」
お姉ちゃんが、小声で拍手していた。
「ナイスじゃない! なにこの展開!」
「あんた、案外いけるじゃん」
「いけてない!」
しかも、さらに追い打ちがあった。
「じゃあ、言い出しっぺの橘さんに、脚本係をお願いしてもいい?」
委員長が、にこにこしながら言った。
……脚本係?
わたしが?
「待って、そんな、わたし」
「俺、手伝うよ。装飾係、橘さんと同じグループにしよう」
瀬戸くんが、手を上げた。
お姉ちゃんが、わたしの横で、宙でひっくり返って、声を出さずに笑っていた。
完全に、確信犯だ。




