第6話 後編
放課後。
わたしは、いつもより早足で、家に向かっていた。
早く、お姉ちゃんに会いたかったから。
……いやいや。
会いたいっていうか、その、確認したかっただけ。
ちゃんと、いるかどうか。
家の前に着くと、屋根の上に、人影があった。
お姉ちゃんが、あぐらをかいて、空を見上げていた。
夕焼けの色が、お姉ちゃんの横顔を、オレンジに染めていた。
その輪郭が。
先週よりも、ちょっとだけ、薄くなっている気がした。
「お姉ちゃん」
わたしは、屋根の下から、声をかけた。
「おー、おかえり」
お姉ちゃんは、いつもの笑顔で、手を振った。
「今日、昼、どこ行ってたの」
「ひみつ」
「そう言うと思った」
「柚、あんた、屋根に登ってみない?」
「は? 無理! わたし、高所恐怖症だし!」
「大丈夫、わたしが支えるから」
「支えるって言ったって、落ちたらどうするの!」
「落ちても死なないし」
「死ぬのは、わたしだよ!」
「あっ、そうだった」
お姉ちゃんは、ぺろっと舌を出した。
わたしは、ため息をついて、玄関から階段を駆けのぼり、自分の部屋の窓を開けた。
窓の外から、お姉ちゃんが、手をさしだした。
「ほら、手」
わたしは、その手を、見つめた。
お姉ちゃんの手は、ちゃんと、わたしにさわれる。
つねられたときの、あったかさを、まだ覚えている。
……ずるい。
そんな風に言われたら、断れない。
「……ちょっとだけだよ」
「うん、ちょっとだけ」
わたしは、おそるおそる、その手をつかんで、窓の外に足を出した。
高い。
地面が、遠い。
膝が、がくがくふるえた。
でも、手は、ちゃんと、あたたかかった。
「ほら、ここ。座って」
お姉ちゃんが、自分の隣を、ぽんぽんと叩いた。
わたしは、息をとめて、そこに座った。
お姉ちゃんの横に。
見えない境界線をまたぐみたいに。
……ひらけた景色が、目の前に広がった。
夕焼けに染まる、町。
遠くの山。
電線にとまった、カラスの黒い影。
「すごい」
思わず、声が出た。
「でしょ」
お姉ちゃんは、得意げに笑った。
「ここ、わたしの特等席だったんだよ。嫌なことあったとき、いつもここで空見てた」
「知らなかった」
「そりゃ、言ってなかったからね」
しばらく、ふたりで、黙って夕焼けを見ていた。
風が、少しだけ冷たかった。
お姉ちゃんの横顔を、盗み見る。
高校のころから、変わらない顔。
でも、前よりも、ずっと。
遠い気がした。
「柚」
「なに」
「ありがとね」
「……なにが」
「わたしのこと、ちゃんと見えててくれて」
わたしは、返事ができなかった。
喉の奥が、きゅっとなった。
わたしは、そっぽを向いて、言った。
「別に。見えちゃうんだから、しょうがないじゃん」
「うん、そうだね」
「バカ」
「うん」
「ほんと、バカ」
「うん、わかってる」
お姉ちゃんの声は、やさしかった。
わたしは、ぐっと唇をかんだ。
泣いちゃだめ。
泣いたら、負けだ。
何に負けるのかは、わからないけど。
空が、だんだん、紫色に変わっていく。
その色を、わたしは、きっと、一生忘れないと思った。




