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時空の三連星 第4章 第2話

第4章


 第2話:魔性のサキュバス、至高の威圧に平伏へいふく



あの異界の魔王には、一人の美しい娘がいた。

名をリリス・ノクターン。魔界でも極めて希少な、サキュバスのレア個体である。

その頭部に不気味な角は無く、艶やかな紫色の髪が流れるように背を飾る。

背中と腰元に生えた漆黒の翼と尻尾しっぽは、人間の少女の身体にあつらえたアクセサリーのように小振りで愛らしく、必要に応じて肉体の内側へ完全に収納することすら可能だった。

凛々(りり)しいまゆに、意思の強い瞳。メリハリの利いた、見事なスレンダーボディ。

その五感を刺激する褐色の肌は、どこまでも瑞々(みずみず)しく、吸い付くような妖艶な光沢を放っている。

喉元のどもとの下、左右の鎖骨が交わる中央には、高位魔族のあかしたる鮮血の印。そして両肩には、赤と白の片翼がハートを包み込むような、魔界独特の不敵なタトゥーが彫り込まれていた。

彼女は魔界において、千年もの時を生きてきた。

普段は魔獣や魔界人たちを玩具おもちゃのようにあそび、退屈を紛らわせる日々。多少の深手や、顔、手足などの欠損けっそんを負おうとも、瞬時に肉体を再構築してしまうほどの絶大な「超治癒魔法」を有している。

その異能力、特異な性癖、強靭きょうじんな俊敏性と身体能力を除けば、精神の繊細さは人間の若い女性と何ら変わりはなかった。

――正妃シズが狙いを定めたのは、まさにこの娘だった。

魔王は我が子を魔獣討伐のこまとして駆り出し、現世の調和を乱した。ならば今度は、その娘に責任を取らせるのが道理。

シズから突きつけられた非情な条件に、魔王は反論の言葉を持たなかった。

己の不始末――五千体もの魔獣を異世界に放置した醜態しゅうたいの末路として、最愛の娘を差し出せという要求。それを飲む以外に、魔王が生き残る道はなかった。

すべては女帝シズの、圧倒的な交渉勝ちであった。

これもまた、シズの膨大な魔気まきが織り成した壮大な策略の一つ。

シエルの神隠しさえも、獅子が我が子を千尋せんじんの谷へ突き落とすような、シズの冷徹なる愛の試練。さらに言えば、アオイとハルの覚醒や退行さえも、シズの遠隔思念誘導えんかくしねんゆうどうによって張り巡らされた蜘蛛くもの巣の上だったのだ。

駿しゅんに対する狂おしいほどの愛、そして呪いにも似た執念。

かくして魔王の娘は、シエルの伴侶はんりょとなるべく、この現世へと召喚されることとなった。

(なお、魔王にとっても、あの規格外の怪物シエルと血縁を結ぶことは、自身の絶対的な保険となるため、あながち悪い話ではなかったというのが、このゆがんだ和睦の裏の真実である)

ある日。魔王の手によって、リリは時空を越えてこちらの世界へと時空召喚じくうしょうかんされた。

サブライム家の重厚な門前にて、彼女を待ち受けていたのは、正装を纏ったガイとカイルの二人である。彼らは無言のまま、洗練された所作でリリの左右に並び立ち、賓客ひんきゃくを導くようにエロティックかつ厳かにエスコートを開始した。

長い廊下を渡り、通されたのは、天井の割れんばかりに広い大広間。

部屋の最奥、一段高い場所に据えられた豪奢ごうしゃな椅子に、シズ・サブライムが座していた。

その両脇には、まるで王を護る彫像のように、長女アオイと次女ハルが静かに従っている。さらにその後方へと、カイルとガイが音もなく下がり、控えた。

リリは魔族としての誇りを胸に、まずはその場にかしずいた。

シズは、身に纏った絹のドレスのそでを、流れるような優雅さで払う。その指先は細く、しかし世界を握り潰せるほどの威厳に満ちていた。


「よくぞ参られた、娘御むすめごよ。こうべを上げよ。して、名を何と申す」


リリは傅いた姿勢を崩さぬまま、凛とした声を返す。


「わたくしの名は、『リリス・ノクターン』。……リリとお呼び捨て下さい」


その言葉が終わるか終わらないかの瞬間、右側に立つアオイの切れ上がった目が、スウと細められた。

アオイは一歩も動いていない。しかし、その立ち姿は、親指の一本にいたるまで完璧に制御され、いつでもリリの首筋を断ち切れる武闘家としての絶対的な「しん」が通っていた。


「ほうぉ、リリスねぇ。……魔性の誘惑リリスとは、恐れ入るわね」


低く、地響きのように美しいアオイの声。 続いて、左側に立つハルが、音もなく視線をリリへと向けた。

ハルの瞳は、網膜を直接穿うがつような三日月型に細められている。その周囲の空間だけが、まるで光を吸い込むようにドロリと歪み、金髪の毛先が、彼女の脳内で展開される膨大な解析術式に呼応してかすかに揺らめいた。


「ノクターン(夜の深淵)……か。くふふ、これからの解析(調律)がたのしみです」


二人の姉たちから放たれる、尋常ならざるプレッシャー。

だが、シズは手にした扇を、衣服のすそをわずかに揺らす程度の滑らかさで一振りし、姉妹を制した。


「二人共、其処そこまでになさい。不作法です」


「「ッ…………!」」


アオイの肩が微かに跳ね、ハルのオーラが一瞬で霧散する。二人は同時に胸元へ手を当て、深く頭を下げた。


「「申し訳ございません、シズ」」


リリは、胸の奥から湧き上がる奇妙な戦慄せんりつに、思わず息を呑んだ。状況が全く呑み込めない。

(えっ……何、これ……? 従者があるじの名を呼び捨てにしている……? この二人、一体何者なの……。信じられないほどのプロポーション、それに、私より遥かに美人……!)


困惑するリリを見下ろし、シズは慈悲深い微笑みをたたえたまま、あごを引いた。


「何分にも不慣れであろう。この二人に、何でも聞くがよい。お前達、説明を」


シズの促しに応じ、アオイが滑らかな一歩を踏み出す。その動きには一切の無駄が無く、足音が床に吸い込まれるように消える。


「はい。わたくしは、アオイ・サブライム。サブライム家の長女として、一族の身体ケア、およびメンテナンス・武技格闘指南を担っています。……そして、ここに控える者が、我が伴侶はんりょカイル」


アオイの鋭い視線がリリの目を射抜く。カイルは一歩前へ出ると、洗練された一礼を捧げた。


「リリス殿、何也なんなりと宜しく」


続いて、ハルが音もなく前に出る。彼女が動くたび、目に見えない知性の波動が部屋の空気をピリピリと震わせた。ハルは細い指先で自身の顎を軽く撫でながら、無機質な声を響かせる。


「わたくしは、ハル・サブライム。サブライム家の次女。主に屋敷内外の結界解析けっかいかいせき・セキュリティ、並びに一族の体調解析管理を担当しています。……して、この者がわたくしの伴侶ガイ」


ガイがその彫刻のような顔を上げ、リリを見つめた。


「お見知りおきを、リリス殿」


(そうか、姉妹……しかも既婚者。あの若さで、間違いなく人間よね……? なのに、この底知れない気配は一体……)


リリが内心で冷や汗を流していると、アオイがその肉体のバネを誇示するようにスッと一歩前へ出、厳かに告げた。


「これにおわす方こそ、我がらが主、シズ様に在らせられます」


その言葉と同時に、シズが玉座からスックと立ち上がった。

ドレスの裾が、まるで生き物のように美しく床を払う。シズは静かに、しかし空間そのものを支配するような足取りで、リリの前へと歩み寄ってきた。


「シエル、此方こちらに来なさい」


シズの呼び声に応じるように、部屋の入り口から、音もなく白銀の長髪を揺らした少年が姿を現した。シエルである。

シズは長い袖を優雅に引き戻し、手招きをする。


「さあ、此方に」


シエルは、その端正な顔立ちでリリをじっと見据えながら、シズの傍らへと歩み寄った。


「母様、この者が私の伴侶となるのですね」


「その通りです。今この時より、サブライム家の一族となるのです」


その瞬間だった。

リリの全身の毛穴が、恐怖のあまり一斉に開き、総毛立った。

彼女の脳内にある「許容範囲キャパシティ」というメーターが、この家族の会話が交わされるたびに、完全に消し飛んでいた。

有り得ないほどの、濃密で、狂暴で、それでいて至高の輝きを放つ「オーラ」が、部屋を、屋敷を、そしてこの地域全体を完全に覆い尽くし、指数関数的に増大していく。


(だ、ダメっ……! 意識が、身体ごと吹き飛ばされる……っ! 抗えない何かに、魂まで包み込まれて、力任せに締め上げられる……っ! 何なのよ、この威圧は……! 突き刺さるようなオーラ……まるで、真綿でじわじわと、生きたまま磨り潰されるような感覚……っ!!)


千年の歴史を持つサキュバスのプライドなど、この絶対的な特権階級の重圧の前には、ちりあくたに等しかった。

 シエルはシズの顔を見上げ、困ったように微笑む。


「母様、嬉しいのですね。……少し落ち着いて下さい」


シズはリリを見据えたまま、細い指先を口元に当て、可憐に、しかし残酷に目を細めた。


「まあ、なんてこと。私としたことが、嬉しさのあまり気が昂ってしまったわ。……でも、この程度の威圧で、あのような様子ではねえ?」


シズの視線の先――リリの意識は、すでに半分崩壊していた。

彼女の視線は焦点フォーカスを失って虚空を漂い、開いた口元からは、だらしなく透明な唾液だえきが滴り落ちて、細い喉を濡らしていく。

傅いていた姿勢は完全に崩れ去り、無様に腰を床につけ、褐色の太ももを半開きにしたまま、先ほどまで清潔だったサブライム家の絨毯じゅうたんを、己の不甲斐ない体液で汚していた。

威圧だけで、完全に身体の締まりを失い、お漏らしをして失神しかけているのだ。

アオイはその無様な姿を見下ろし、唇を歪めて嘲笑あざわらう。


「これは、なかなかにしつけ甲斐がありそうだね、ははっ!」


その側で、ハルが冷徹に指先を動かし、空気中の精神波を解析しながら冷静に告げた。

「シズ。この者、意識が殆どありません。脳内麻薬が過剰分泌されています。別室にて、私が介抱かいほうを……」


「成りません、ハル姉様!」


遮ったのは、シエルだった。シエルの瞳には、次期当主としての静かな光が宿っている。


「この者は私の伴侶です。私が介抱します」


シエルは進み出ると、手足の力を失ってダラリと垂れ下がったリリの身体を、その細い、しかし強靭な腕で力強くお姫様抱きにした。

 そして、後方に控えるガイへと、目配せと共に念話ねんわを送る。


(……済まない、ガイ。あとの部屋の片付けを頼む)


(御意。お任せを、シエル様)


シエルは手応えのないリリを抱えたまま、確かな足取りで部屋を去っていった。

シズはその頼もしい後ろ姿を、慈愛の満ちた目で見送りながら、ドレスの裾を揺らして息を吐く。


「……いつの間にか、本当に男らしくなったわね、あの子も」


女帝シズのつぶやきが、静まり返った大広間に、感慨深げに響き渡るのだった。

シエルはリリを私室へと連れ帰り、まずはその汚れた身体を清めるため、衣服を丁寧に脱ぎ去っていった。

広々とした湯舟ゆぶねの温かい湯にその褐色の肢体を浸し、白い指先で優しく肌を擦り洗い、拭き上げる。

そうして、自身があらかじめ選んでおいた衣類を着せ、紫色の髪を丁寧にいて整え、身支度を施していく。

温かい湯の余韻と、誰かの優しい手の感触に、リリの意識が少しずつ引き戻されてきた。


(なんだか、すごく暖かくて……誰かの手が、私の身体を擦っている……? 優しくて、すごく気持ちいい……。私、いったい……)


「気がついたね。もう大丈夫だからね」


耳元で囁く、鈴を転がすような少年――シエルの声。


「えっ……!? 私、いったいどうしてここに……あ、あれ!? 服が……っ!?」


姿見すがたみを見てごらん」


シエルに促され、リリは這うようにして大きな鏡の前へと向かった。

 そこに映っていたのは、信じられないほど愛らしく髪をセットされ、可憐な髪飾りまであしらわれた己の姿。

 そして何より、身に纏っている衣服が異常だった。

 それは、胸部には一応インナーがついているものの、背中が腰の近くまで大きく大胆に開いた、フリル付きの「メイド服」。

 すべては、シエルの完全なる『趣味』であった。要するに、尋常ではないほど可愛く、そして狂おしいほどエロいメイド服なのだ。

リリは一瞬で顔面を真っ赤に染め上げ、尖った耳の先まで静脈を昂らせた。


「な、何ですか、私、こんな格好あぁ〜!!」


「おや、嫌だったかな? じゃあ、これとかどうだい?」


シエルが笑顔でクローゼットから取り出したのは、最早メイド服の形をした「スクール水着」であった。布地が極限まで削ぎ落とされ、確かに仕事での動きやすさは抜群だろうが、羞恥心しゅうちしんで死んでしまうような代物。

リリはそれを見た瞬間、カハッと息を詰まらせて両手を振った。


「い、いえっ! この服で、このメイド服で結構ですっ!!」


彼女は、涙目で完全に諦めの境地に達した。


(この人は……この可愛らしい見た目で、一体何を考えているんだ……っ。私を洗って……ってことは、私の身体を、隅から隅まで全部見られて、触られたってこと……!?)


異性癖と淫魔サキュバスの性質を持つリリであったが、この初手からの完璧な支配と精神的調教に、頭の芯がジーンと痺れ、再び気が遠くなっていくのを感じるのだった。







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