第一章 エピソード3
思わぬ人から電話がかかってきたのは、それからしばらくしてからのことだった。電話の先の声と、その人が名乗った『米倉』と言う名前に、最初はピンとこなかった。
「将司君、久しぶりだね。米倉だよ、六年生のときの担任だった……」
「よねくら、米倉……あぁ、もしかして先生?」
将司の頭の中で、ようやく繋がった。
「そうだよ、君たちの担任だった米倉だよ。元気だったかい?」
明るいその声に、当時の担任の先生の顔を思い浮かべた。とにかく笑顔が取り柄のような先生だった。それほど長身と言うほどでもなかったが、学生の頃からサッカーをして鍛えたと言うその引きしまった身体は、教師としての威厳に満ち溢れていた。そうそう、六年生のときに、先生が同じ学校の先生と結婚することになって、話題に上がったことがあったな。相手は、二年生の担任の、髪の長い、きれいな先生だったような気がする。あのときの米倉先生が確か、三十五歳だったから、今は五十をいくつか超えた頃だろうか。
「先生、お久しぶりです。僕の方はなんとかやっています。先生こそ、お元気でしたか?」
と、やや緊張気味に訊く将司に、米倉は、
「あぁ、おかげで今は、東小学校で校長をさせてもらっている」
と、照れを隠しながら答えた。
「東小学校に戻って来られたんですか。それじゃ、あの『米倉スマイル』は今でも?」
「ははは、あれはまだ若かったからね。でも、今でも、毎朝校門の前に立って、子供たちを出迎えているよ」
米倉が苦笑いする様子が、将司には想像できた。とにかく、熱心な先生だった。『熱血先生』なんて言葉は、すでに死語になってしまっているかも知れないが、子供たちからの信頼はすこぶる厚かった。その一つが、『米倉スマイル』と将司たちが呼んでいたもので、米倉は毎朝欠かさずに校門の前に立ち続けて、登校してきた子供たちとハイタッチを交わしていた。そのときの子供の様子に少しでも引っかかるものを感じたら、授業中であろうと大事な会議中であろうと、その子供をこっそり呼び出して、自分が納得するまで話を聞いた。そんな米倉の様子を、スタンドプレーが過ぎると、他の先生たちからは後ろ指をさされていたようだったが、当の米倉にとっては、そんなことは少しも気にしていなかった。目の前で困っている子供を、見過ごす訳にはいかなかったのだ。
「先生が、東小学校に戻られていることを、同級生たちに話したら、みんなきっと喜びますよ」
「そんな大げさな……。私はヒーローでも何でもないよ。あっ、そうそう、実はね、将司君に折り入ってお願いしたいことがあって、電話させてもらったんだが……」
米倉の口調が、少し硬くなったような気がした。
「僕にですか?」
呆気に取られる将司の気持ちをよそに、米倉は事の次第を話し始めた。
「まぁ、とにかく、今の学校は予算が少なくて、困っているんだよ。なんとか、君の力を貸してもらえないかな?」
米倉の言ったお願いとは、要は予算がないのでタダ同然で、夜の学校のスピーカーから流れる声の正体を突き止めて欲しいと言うことだった。もちろん、その話は、将司も淳たちから聞いていて何となく気になっていたし、世話になった米倉からの依頼を無下にするつもりはなかった。だから、将司は二つ返事を返した。
「それにしても、変なんだよな。私たち、全職員で手分けして、考えられるところはすべて探してみたんだけど、まるっきり何もわからなかったんだ。そうこうするうちにも、怖いもの見たさで、毎晩校庭に侵入してくる若者たちが後を絶たなくてね、もし事故でもあったらと思うと、冷や冷やして、夜も眠れないよ」
米倉は、今回の騒動に、よほど困り果てているのか、最初に放っていた明るい声は、どこかに鳴りを潜めてしまっていた。
「先生、大丈夫ですよ。任せてください。僕なりに考えていることがありますから」
将司の言葉に、米倉はほんの少し安堵したように感じた。




