第三章 エピソード8
この時期の将司のお店は、歳末セールで大忙しだった。世間は、クリスマスの到来に浮き足立つ季節、将司もそれにあやかろうと、店の前に大きなクリスマスツリーを出した。店内を、色とりどりのモールで飾り、賑やかな音楽も流した。その甲斐があってか、客足は閉店まで途絶えることはなかった。
やがて閉店時刻になり、将司はようやく店のシャッターを閉めることができた。クリスマスツリーを店の中に入れるのも、忘れなかった。朝から流しっ放しだったBGMを止めると、一気に一日の疲れが押し寄せて来る。でも、予想以上の売り上げがあったので、それは心地のよい疲れだった。
店の片づけを始めようと思って、ふとさっきまでBGMを流していたラジカセに目が留まった。歳末セールのために、家の押し入れの奥から引っ張り出してきたものだった。何気に、ラジカセのトレイを開けてみる。そこには、昔、両親が店で使っていた『クリスマスの定番ソング』と印字された、汚れたカセットテープが入っていた。
将司は、ふと思いついて、それを取り出すと、別のカセットテープに替えた。白のカセットテープだった。表向きに入れてみて、逆だったことに気づき、裏返して入れた。
再生ボタンを押してみる。それは、里紗の咳払いから始まった。
今日は、お便りを投こうします。私は、生まれつき、耳が聞こえません。だから、声に出して話すこともできません。先生の口の動きを見ながら、先生がしゃべっていることを考えるのですが、いつもうまくいきません。でも、そんな私を、助けてくれる人がいます。
その人はとてもシャイで、まわりの人たちに気づかれないように、私にそっと教えてくれます。その姿がとても不器用で、何が言いたいのか、私にはさっぱりわかりません。だけど、その人の一生けん命な姿を見ていたら、私、嬉しくて涙が出そうになります。私、前にいた学校ではいじめられていたけれど、この学校に来て、本当によかったと思います。
今日は、その人に、こっそり、プレゼントをおくります。これまでのことに『ありがとう』という気持ちと、『これからもずっと……』と言う気持ちを、そのプレゼントにこめました。もしもその人にきらわれても、私は気にしません。だって、その人は、私がこうして、自分の気持ちを伝えるきっかけをくれた人なのですから……。
テープの録音は、そこで終わっていた。この放送を、もしもあのとき聞いていたならば、自分は佳代になんて言っていただろうか。それとも、恥ずかしくて、結局何も言えずに卒業を迎えただろうか。
ふと、里紗が言った言葉が、蘇った。
「今からでも、遅くないと思う」
将司の身体が熱くなった。店の暖房はさっき切ったはずなのに、心の中はいつまでも暖かかった。
店の後片づけなど、もはやどうでもよくなった。将司は、ふと思いついたことがあって、自分の部屋に向かった。それから、あの宝箱のような押し入れの中をひっくり返した。
「あった!」
と、少年の頃の自分に向かって声を出した。
それから、将司は、店を飛び出した。その手には、さっき見つけたものを大事そうに握っていた。クリスマスに贈るものとしてはかなりお粗末だけど、笑われるかも知れないけど、今できることと言ったら、それしかなかった。
将司が出て行った後のお店の中では、つけっ放しだったクリスマスツリーの電球が、そっと将司の未来を照らしていた。




