第三章 エピソード7
「でも、どうして、今ごろになって、こんなテープを流したりしたの?」
そう言って、将司は、ポケットの中から、白いカセットテープを取り出した。
「もちろん、中身は聴かせてもらったよ」
と、付け加える。
「そう……そのカセットテープは、私が他の二人に提案して、先生に黙って録音したものなの。卒業が間近に迫っていて、私たち三人で放送委員をしていたことを、記録に残したいと思ったの」
「確かに、里紗の言う通り、中には里紗がマイクに向かって喋る声が入っていたよ。あと、あの子、彩香だったか、彩香がお喋りしている様子もね」
「実はね、こないだ駅前で買い物をしていたら、佳代にばったり会ったんだ。佳代とは中学校を卒業して以来ずっと会っていなかったから、ものすごく久しぶりだったけど、昔と少しも変わっていなかった。今は、図書館の司書として、町の図書館で働いているみたい」
「そうだったのかぁ……」
そう言いながらも、佳代が、今も元気に過ごしていることを聞いて、将司の胸の奥には、微かに光が灯ったような気がした。
「佳代は、今でも将司くんのことが忘れられないみたい。だって、授業中に先生が言ったことを、将司くん、メモ用紙に書いて、こっそり身振り手振りで教えてあげてたでしょ。佳代、言葉では言えなかったけど、すごく嬉しかったみたい」
「あぁ、そう言えばそんなこともあったなぁ。佳代がいるのがあまりにも当たり前のことだったから、かえって忘れてしまっていたよ」
「そんな佳代のことを、なんとか将司くんに伝えたくて、でも佳代はどうしても伝えたくないと言うものだから、私、あんな手段を使ったの。学校のスピーカーから夜に怪しげな音を鳴らせば、電気屋をしている将司くんが来てくれると思った」
「あっ、でもそれなら、僕じゃなくて、他の電気屋さんが修理に来ることも考えられるけど?」
里紗は、片手を自分の顔の前で大きく左右に振りながら、
「それはないよ、うちの学校、照明のセンサーを校舎の全部のトイレにつけたとかで、修理するお金がなかったんだ。将司くんなら、自分の母校が困っていると聞いたら、何も言わずに駆けつけてくれるでしょ」
と言って、最後はにこっと笑った。
「なるほど、そう言うことだったのかぁ」
謎が解決できてほっとしたような、でもどこか後ろ髪をひかれるような、そんな複雑な気持ちだった。それが、つい、ため息となって出てしまった。
身体が、芯まで冷えてきた。それ以上、その場にいられなくなって、将司たちは校門の方に、とぼとぼと歩いて行った。
長い時間がかかって校門までたどり着いたとき、里紗がふいに言った。
「カセットテープ、B面も聞いたよね?」
B面とは、裏表両方あるカセットテープのうちの、片側のことを意味していた。A面には、さっき将司が言った里紗や彩香の声が入っていた。
「あぁ……もちろんだよ。だから、僕は里紗に会いに来たんだ……。今思えば、初恋だったのかも知れない。まわりには、佳代が困っているから助けているように見せかけていたけど、本当は僕自身が彼女と関わりたかった。たとえ、佳代が話さなくても、佳代の気持ちは僕にはわかった。僕は、佳代のことをもっと知りたいと思って、自分の心の中のアンテナを広げようとしていたから……」
里紗は、少し間を取って、正面から将司に向かって言った。
「なら、B面に入っていたことの答え、今からでも遅くないと思う。将司くんの思いを、佳代に伝えてあげて」
そう言うと、里紗は暗い夜道を、自宅の方に帰って行った。その様子を、将司はぼんやりと眺めていた。その瞳は、かつてのクラスメイトを見送る、澄んだ少年のものに変わっていた。




