第一章 エピソード1
「おい、将司、遅っせ~よ」
最初に声をかけてきたのは、淳だった。
「本当だよ、あまりに来るのが遅いから、先に始めちゃってるよ」
と、被せてきたのは直哉で、さらに、
「まぁまぁ、二人とも、将司くんだってお店があるんだから、そう怒らなくても……」
と、里紗が続いた。
「ごめんごめん、今日は隣町まで配線の修理に呼ばれちゃってたから」
将司は、三人に詫びるように言った。
「まっ、いいけどよ。将司が来たところだし、もう一回乾杯と行くか?」
淳の一声で、ビールの入ったグラスを持つと、直哉の「乾杯」の発声で、グラスを交わした。
「あぁ、やっぱりビールは最高!」
すきっ腹に、ピールが一気に染みわたっていく感じがして、将司は一日の疲れを吹き飛ばした。
ここは、町で数軒しかない居酒屋の一つ『味よし亭』で、店主の息子と小中学校で同級生だった縁で、将司たち独身四人組は、数か月に一度この店に集まっては、交流を深めていた。もっとも、店主の息子はと言うと、東京の大学に行ったきり、この小さな町には長い間戻って来ていなかった。
それも少し考えてみれば当然のことで、大した産業もないこんな片田舎に留まっていたら、いつ食いっぱぐれしまっても不思議ではなかった。だから、将司の同級生たちの多くは、高校を卒業すると同時に、県庁のある地方都市か、東京や大阪などの大都会に憧れて、こぞって出て行った。
将司も実はその一人だった。関東の私大を出て、一度は東京のメーカーに就職したものの、人間関係で躓き、すぐに会社を辞めてしまった。それからは、アルバイトをかけ持ちしながら職探しをしていたが、ある日、目の前を無表情に行き交う人々の姿を見ていたら、無性に地元が恋しくなった。渡りに舟とは、このようなことを指すのだろうか、ちょうどその頃、父が体調を壊してしまい、家業の電気店が廃業の危機に追い込まれてしまって、悩んだ挙句、将司は地元に帰って家業を継ぐことを決心したのだった。
いずれにせよ、将司たち四人の同級生が、今も地元に残って、交友を深めていること自体、ほとんど奇跡的なことなのだろうが、淳ときたら、そんなことはお構いなしに、お酒を煽ってくる。多少乱暴なところは、小学校時代と少しも変わっていないが、それはそれで人情深いところのある男なので、なぜか憎めなかった。
「あっ、そう言えば、みんな聞いたか。俺たちの小学校のこと?」
淳の一声で、三人の視線が一斉に彼に向かった。
「あぁ、夜にお化けが出るとかって話でしょ。それが見たさに、わざわざ隣の県からも、見物客が来てるらしいね」
と言ったのは、直哉で、
「直哉くん、それを言うなら、お化けじゃなくて、声でしょ」
里紗が、まるでコントをしているようにタイミングよく口を挟んだ。
「声?」
里紗の言った言葉の意味がわからずに、将司は声を荒げてしまった。
「まさか、将司、知らなかったのかよ?」
淳の話し方は、かつてのクラスでの彼の立ち位置を、彷彿させるものだった。
将司は、かつての自分がそうだったように、小さく「うん」と頷いた。
「夜になったら、学校のスピーカーから誰かの声が聞こえるんだって。私、なんだか気味悪くて……」
「誰かの声?」
だてに大学で機械を学んだ訳ではなかった。それを聞いた瞬間、将司の頭の中では、様々な可能性をはじき出していた。
「はっきり聞こえる訳ではないらしいけど、何人かで会話しているように聞こえるんだって」
と、直哉。
「それって、ラジオの電波を拾ってるんじゃないのかな。ちゃんとしたアンテナがなくても、条件さえ揃えば、何かがアンテナの役割をして、ラジオが聞こえる場合があるかも知れない」
将司は、頭の中に浮かんだ仮説を、三人に披露した。三人は、頭の中に『?』を浮かべながら、閉口した。




