第三章 エピソード2
ようやく休みが取れた。将司の電気店の定休日は月曜日、本当は週末を定休日にしたかったが、冷蔵庫の設置を仕事が休みの日にお願いしたいとか、日曜日以外は留守にしているので、日曜日にエアコンを取り付けて欲しいと言った客の要望が多かったので、週末は店を開けざるを得なかった。それでいて月曜日はゆっくり休めないところが将司のような自営業の痛いところで、以前に修繕に行ったことのある会社や工場から、緊急に呼び出されることが多かった。向こうは仕事をストップさせてでも、将司が修理に訪れるのを待ち侘びているものだから、無下に断るのも憚られた。
そんなこんなで、何週間ぶりにようやくひと息がつけるようになった。日ごろできなかった分、まとめて朝寝坊をしてやろうと布団にくるまっていたが、こんなときに限って朝いつもの時間に目覚めてしまう。今日は休みだからと、自分の身体に言って聞かせるのだが、無意識のうちに身体が仕事モードになっていているのだから、どうしようもなかった。
結局、将司はいつもの時間に起き出すことになった。部屋の中は少しひんやりとしていたが、窓の外は雲一つなく晴れわたっていた。まさに絶好のお出かけ日和、こんなときに一緒に出かけられる人がいたらなと、叶わぬ夢に想いを馳せる。
とにかく、じっとしているのが、もったいなかった。だからと言って、どこかに行く宛てがなかったので、将司は何かをして過ごそうと思った。歳末セールの内容を考えるもよし、少し気が早いが、お店の年賀状のデザインを描き出してみるもよし、「あっ、だめだだめだ」また仕事のことを考えてしまっている自分に、将司は苦笑した。
「部屋の整理をしてみたら?」
不意に思い浮かんだことだった。将司が今いる実家のこの部屋は、将司が子供の頃から使っていた部屋だった。両親が自宅の一角で電気店を営んでいたので、家の一階は仕事場同然の有り様で、一人っ子の将司は、二階のこの部屋に籠ることが多かった。買ってもらったプラモデルを組み立てたり、テレビゲームに夢中になったりして、この狭い六畳の和室は、子供の頃の将司にとっては、楽園そのものだった。
かつて、将司が打ち込んだそれらのものは、今も押し入れにしまったままになっているはずだった。そう思うと、急に懐かしさが込み上げてきた。将司はずっと締め切っていた押し入れの襖を、そっと開けた。
かび臭い臭いが、鼻をついた。それに、中の空気が埃っぽい。将司はそれらに怯みようになったが、大きく深呼吸をすると、息を止めながら中のものを順に取り出した。
「そうそう、これこれ。クラスで、流行ってたんだよな……」
将司がそう独りごちたのは、テレビアニメになった戦隊もののプラモデルだった。友達が家に遊びに来たときに見せびらかそうと、完成した状態でしばらく部屋に飾っていたのだが、いつの間にか邪魔になって、押し入れにしまったままになっていた。
続いて出てきたのは、テレビゲームの機械とカセットの数々だった。ゲーム機から伸びたコントローラーが二つにわかれていて、同時に二人でゲームを楽しむことができた。
「そう言えば、淳に一度だけ、ゲームで勝ったんだよな」
淳と言えば、クラスで『ゲーム名人』と呼ばれるほどの、腕の持ち主だった。巧みな技を仕掛けて、相手を次々に打ち負かせていった。その淳が、たった一度だけ、将司に負けてしまうと言う珍事があった。そのときの淳の、間の抜けた顔と言ったら……将司は、昨日のことのように思い出した。
他にも、懐かしい物がたくさん出てきた。小学校の絵画展で銀賞を貰ったときの賞状や、一か月間給食を残さずに食べたご褒美に、先生から首にかけてもらった手作りの金メダルなど……どれも一度はいらないと思っていたものでも、だいぶ時間が経ってから改めて眺めてみたら、当時のことがまるで昨日の出来事のように、鮮明に蘇ってくる。まさに、将司の部屋の押し入れは、眩い頃の思い出がいっぱい詰まった宝箱だった。
整理するつもりで、それらのものを引っ張り出したのだが、懐かしい気分に浸っていると、捨てるに捨てられなくなった。このまま元通りにしまったところで、誰かが困ると言う訳ではなかった。
畳の上に広げたものを押し入れにしまいかけたとき、ふと一つの白い小箱が目に留まった。「何だろう?」と思って軽く振ってみると、カサカサと音がする。蓋を開けてみたら、中から包装紙のようなものが出てきた。ところどころが破れていて、もとの色がすっかりあせてしまっているようなその紙。将司は、「こんなもの、あったかな」と、首を傾げた。もう一度、その箱を手に取って、かすかな記憶を辿った。途端に、身体が浮いたような気がした。次の瞬間、ふわっとした甘い感覚に包まれ、目の前にセピア色の景色が広がった。




