第三章 エピソード1
「ねぇねぇ、もうすぐバレンタインデーだよ。里紗はどうするの?」
「どうするって?」
「そんな、もったいぶっちゃってさ。直哉くんにチョコレートあげるんでしょ」
「そっ、そんな、あげる訳ないでしょ。あんな子に……」
そう否定しながらも、里紗の頬はみるみるうちに赤くなっていく。顔に出やすいタイプだった。次の言葉を探そうと、ほんの一瞬、彩香が考える素振りを見せたのを見計らって、今度は自分の番とばかりに、里紗は攻撃を仕掛けた。
「そう言う彩香の方こそ、どうなのよ。吉岡くんに、チョコレートあげようと思っているんでしょ」
「あっ、あげないよ。吉岡くん、チョコレートが嫌いだって聞いたから……」
「嘘だよ、そんなの。こないだも、駄菓子屋さんで、『野球バット』のお菓子をいっぱい買っちゃってさ、当たりが出るまで食べるんだって言ってたんだからね」
「でも、あげないってば……」
そう必死に返す彩香の顔も、すでに紅潮していた。
さっきから流していた曲が終わり、里紗はカセットテープを入れ替えた。再生ボタンを押すと、テレビで人気のアイドルグループの曲が流れ始めた。リクエスト曲を募集して、一番人気の曲だった。放送委員会の担当の先生が、レンタルCDを借りてきてくれて、それをカセットテープにダビングしてくれたのだ。
「ところで、佳代はどうなの?バレンタインチョコ、誰かにあげるの?」
話題がなくなったからか、彩香が思いついたように訊いた。
佳代は、まったく表情を変えることなく、いつものように原稿に向かったまま、何も答えなかった。
彩香の訝しげな視線に気づいた里紗は、慌てたように、
「そりゃ、佳代だってチョコレートをあげたいって思っている人がいるよね」
と、佳代の方を見ながら口を挟んだ。それに対して、佳代は、ほんの少し頬を赤らめただけだった。
「なんだ、里紗、佳代が好きな人のこと、知ってるんだ」
その相手が誰であるか、訊かれたらどうしようかと思っていたが、彩香がそれ以上何も訊かなかったので、里紗はほっと胸を撫で下ろした。
そんな二人のやりとりを横目に、佳代はいつものように黙々と、放送原稿を書いていた。




