第二章 エピソード5
その帰り道、将司は、いつもの国道沿いの道を、直哉と並んで歩いていた。
「なんだか、今日の里紗の様子、変だったよね」
先に、口を開いたのは直哉の方だった。
「あぁ、そうだよね。会ったときから、元気がなさそうだったし……。それに、里紗は僕にあのことを覚えていないかと訊いてきたけど、僕にはさっぱり、なんのことを言っているのかがわからなかった」
適度に酔いが全身をまわっていて、それからしばらく沈黙が続いた。
「やっぱり、里紗は将司のことが好きなんじゃないか?」
将司は、はっと肩を持ち上げた。
「なっ、何を言ってるんだよ。そんな訳ないよ」
と、慌てて否定した。
「でもさ、将司があのことを覚えていないと言ったら、急に悲しそうにしていたよ。あのことって、一体何なんだよ。将司は本当に覚えていないの?」
直哉が、迫るように訊いてきたので、将司は気持ちがすくんでしまい、すぐには言い返せなかった。
「本当に覚えていないんだ。里紗とは、同じクラスメイトとして、それなりに仲良くしてきたつもりだよ。もちろん、正直に言うと、彼女に憧れたこともあった。でも、僕には到底釣り合わない相手だと思っていたし、里紗とは友達として仲良くしていたいと思っていた」
「それじゃ、佳代という女の子のことは?里紗のさっきの様子では、里紗と佳代が放送委員をしていたとか言う話のあたりから、話がもつれたように思うけど……」
将司は、それを聞いて、闇夜の中に六年生の頃のことを思い浮かべた。
「佳代という女の子がいたことは、なんとなく覚えているよ。ほら、夏休みが終わった後に、東京の学校から転校してきたじゃないか。色白で、肌のきれいな女の子。最初は、みんな新しい仲間ができたと言って喜んでいたけど、彼女、恥ずかしがりなのか、誰とも喋ろうとしなくて、結局教室でぽつんと一人でいてたような気がする」
「あぁ、確かにそんな子がいたような気がする。自己紹介で何も言えずに、泣き出したんだったっけ。あのときは、米倉先生がうまく取り繕ったから、事なきを得たものの、見ているだけで、冷や冷やしたのを覚えているよ。もっとも、僕なんか、あの頃は淳とサッカーをすることに夢中になっていたから、女子たちとはほとんど喋ったことはなかったけどね」
まわりに緑のランプをつけたトラックが、二人の横を風のように通り過ぎて行った。よほど先を急いでいるのだろうか、闇にくっきりと浮かんで見えた緑のランプは、あっという間に二人の視界から消えていった。
『色白の女の子 白のワンピース 放送委員……』
将司は、心の中で反芻した。何かがあったような、なかったような、朧げな記憶の中を、必死に掘り返そうとした。
「まっ、将司が何も覚えていないって言うのなら、里紗が言ったことは、それほど大したことじゃなかったんだよ、きっと。僕たち、もう三十なんだからさ、そんな遠い昔のことをいちいち思い出してばかりいないで、いい加減本腰を入れて生きていかないとな」
直哉の言う本腰を入れて生きていくとは、そろそろ家庭を持つことを指しているのだろう。
「まぁね、いい人がいたら……」
将司は、こういうときの常套句のように、そう言い返した。そう言いながら、それはいつになることかと、若干の焦りを感じ始めていることを、認めざるを得なかった。




