第二章 エピソード4
「いやぁ、それにしても参ったぜ、あのときは……」
淳が、魚の煮物に箸をつけながら、当時を振り返って言った。
「まさかの淳に、主役がまわってきた件だね。でも、淳は最初は嫌がっていたくせに、最後は見事に演じ切っていたじゃないか」
淳をなだめるように言ったのは、直哉だった。
「そりゃ、俺だって、任されたからにはよ、ちゃんとやらないとって思った訳だけど……」
そう言って、淳は里紗の方を向いた。里紗は、軽い笑みを浮かべただけで、その日は珍しく口数が少なかった。
「でも、結局、みんなで劇をやってよかったじゃん。お客さんたちの中には涙を流す人もいたし、僕たちの仲もあれをきっかけにさらに深まったみたいで、今もこうやって集まっているんだから」
里紗を代弁するつもりで、将司が言った。あとで聞いたことだが、淳に主役を推したのは、学級委員長をしていた里紗だった。六年二組は、なんだかんだ言って、仲のよいクラスだった。そんなクラスメイト達には、小学校生活の集大成のような発表会の場で、仲間割れをして欲しくないと、里紗は思っていたのだ。だから、あの話し合いの後、里紗は米倉のもとを訪れて、淳のことを相談した。相談を受けた米倉も、考えていることは同じだったようで、意気投合した二人は、放課後遅くまで教室に残って、配役を決めたのだった。
「それにしても、あの『未来の六年二組』って台本、よくできていたよね。二十年後に、俺たちが再会して、お酒を飲みながら昔を懐かしむという筋書きなんて、今の僕たちとそっくりでしょ」
「そう言われてみれば、そうだよな」
直哉が言ったことに、頷く淳。
「僕が会社の社長として社会に貢献するってのは、まだ早いかも知れないけど、淳が警察官になって町の平和を守る話とか、将司が実家の店を継ぐために、都会から戻って来るなんて話は、まさにその通りになっているもんね。それに里紗も……」
直哉が里紗のことに触れかけた瞬間、将司の心の中を、すっと過るものがあった。でもそれが何であるのか、このときの将司にはわからなかった。
「ところで、あの台本って、誰が書いたんだったっけ?」
大事なことを忘れたとでも言いたげに、淳が訊いた。
「えっと……誰だった?」
直哉がそれに続く。
「確か、あの子だよ。ほら、僕の席の隣に座っていた……」
将司はそう言って、かつての教室の中の光景を必死に思い出していた。いつも白いワンピースを着ていた。肩の下まで髪を伸ばし、きりっとした瞳の女の子。喉元まで、彼女の名前が出かかっていたのに、なぜか思い出せなかった。
それもそのはず、彼女は六年生の途中から転校してきた生徒だった。もの静かな女の子だったと思う。休み時間も誰かと話すことなく、黙々と読書をしているような女の子。だから、将司たち男子から見れば、ちょっととっつきにくい感じで、いくらクラスの仲が良いとは言え、ほとんど一緒に喋ったことがなかったのだ。
「それって、佳代のこと?」
里紗が、突然、口を開いた。
「そう、確か、そんな名前だったような……あっ、そうそう、里紗、放送委員で一緒だったんじゃない?給食の時間になると、よく教室からいなくなっていたから……」
と、将司は閃いたように答えた。
「そう、私たち、放送委員だったんだよ。将司くん、やっと思い出した?」
「あぁ、うん……」
思い出すもなにも、まともに話したことがなかったから、ほとんど記憶に残っていないのだ。将司の表情を見ながら、なおも里紗は続けた。
「それじゃ、あのことも覚えてないの?」
「あのことって?」
その答えを聞いて、里紗は寂しそうな表情を浮かべた。
「いや、覚えていないのなら、いいんだ」
いいもなにも、里紗が何のことを話しているのかが、さっぱりわからなかった。
そんなやりとりを、どこか他人事のように、ぽかんと口を開けて見つめる淳と直哉。気がつけば、なんとなく、その場の雰囲気が白けてしまっていた。




