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7.異世界に落とされて

 突然、真っ白な謎の空間に飛ばされて白髭のお爺さんと対峙したとき、宮杵みやぎね颯太そうたは「あ、これはネット小説でよく見かける異世界転移ってやつだな」と思った。

 それくらい颯太はオタク文化に毒されていたし、それゆえの物わかりの良さを身につけていた。

 なので、見知らぬ土地に行く不安よりも、これから始まる俺主人公による俺による俺勇者!な物語に対する期待と興奮の方が勝り、わりと白髭の神様のことを信じて受け入れた。


 小説同様ユニークスキルを授けられ、いざ異世界へ! と転移させられたときも、転移先が空の上だったのには少々驚いたが、まぁ、このあたりはアニメやゲームに多いパターンだったので取り乱すことはなかった。

 何かしらフォローが入ると当然思ったのだ。

 実際死ななかったし問題はない。


 異世界で最初に出会ったのは少女だった。

 颯太と同じ年頃のどこにでもいるような女の子。

 素朴で可愛いなと思ったけれど、アイドル級の物凄い美少女ではない。

 身なりから判断すると、どうやら町娘のようだった。

 堅牢なお城のお姫様やグラマーな肢体の美女魔術師を期待していただけに、ちょっとだけ拍子抜け。 


 いやいや、それよりも……


「ここに来る前、白い謎空間で白髭の神様っぽい人に『王女様に召喚されるからその世界を救え』とか言われたんだけど」


 世界の危機とは聞いていたが敵が誰なのか、どこにいるのか、詳しい話は聞いていない。

 王女様らしき姿が見えないのは何か召喚に手違いがあったのだろうか。


 幸い神様から授かったチートのおかげで会話をすることは問題なく、少女とコミュニケーションはとれた。


 少女はすぐに颯太が勇者であることを察してくれた。

 今日勇者が召喚されることは国中、いや少女の話から察するに世界中が知り、注目されていたことらしい。

 空から降ってきた風変わりな格好の少年、というのも決め手になった。


 しかし、世界中かぁー。


 世界の危機を救うのだから当たり前なのだが、大層なことである。


 颯太は寝転がり空を見上げた。


「天の川とか初めて見た」


 空には地球で見たことないくらいたくさんの星々。

 そして地面には地球ではありえない光る花々。


 俺ほんとに異世界来たんだなぁー。


 ぼんやりと空を眺めながら颯太はこれからのことを考えた。

 右も左もわからない状態の颯太がまずやることはお城の王女様に会い、何から世界を救うのか聞くことである。


 少女に召喚した王女様のことを聞くと、勇者を召喚したのはこの国の王女でお城もここから半日ほどのところだと教えてくれた。

 そして今日はもう夜遅いので家に泊まってほしいという提案まで……。

 同じ年頃の少女の家に呼ばれるという状況にどきっとしないわけがない。

 そんな非常事態、彼女いない歴=年齢&幼馴染は男ばっかりの颯太には今まで一度もなかった。


「え?いいの?マジで?行って夜中に寝てたら急に袋に詰められて奴隷商に売られたりしない?ぼったくりバー的な感じで」とも考え、無駄にばたばた手を動かしたり無駄に何か考え込むように天を仰いでみたりしたけれど、「現代っ子の自分がなんの備えもなしにいきなり野宿とか死ぬ。死ななくてもメンタル削れる」と考え直し、少女の言葉に甘えることにした。


 少女の家では、少女の家族が歓迎してくれた。

 少女に面差しが似ている優しそうなお母さん。

 クマみたいな体格の立派な髭を貯えたお父さん。

 小学三年生くらいの年のやんちゃそうな弟。

 日本でもいそうな、ごく一般的な家族構成。


 颯太が勇者であることを知るとみんな緊張した面持ちになった。笑顔が少しぎこちない。

 お父さんは慌てて街の役人に連絡に行き、お母さんは「お夕飯豪勢にしなくちゃ」と言ってキッチンに駆け込んでいた。


 夕食の席では、もっぱらお父さんと会話をした。

 丘にいた経緯、颯太の世界のこと、それから服装のこと。まるで警察の職務質問のよう。


 その間、弟くんが興味深々の目で見てくるので、途切れた会話の合間に「学校とか行ってるの?」と聞いたら盛大に固まらせてしまった。

 まぁ、無理もないのかもしれない。

 颯太だって家に突然オリンピックの金メダル選手が来たら緊張で何も話せなくなる自信がある。

 もっとも颯太は勇者なりたてでまだ何も功績を残していないのだけれど。


 颯太は気まずくなってお皿に乗ったハンバーグらしきものをつついた。

 日本で食べていたものと似ているけれどちょっと違うハンバーグ。

 肉はスパイシーな香辛料がめちゃめちゃ効いていてホワイトソースがかかっていて、ベリーっぽい何かのジャムが添えてある。


 美味しいけれど食べ慣れない味。

 ハンバーグが酸っぱいとか、違和感しかない。

 颯太は申し訳ないと思いながら、酸っぱいジャムをお皿の端っこに避けてハンバーグを食べた。


 夕飯を食べ終わったあとも、この少女の家族と颯太を隔てる微妙な空気は流れていた。

 お母さんと少女と弟の三人がキッチンで片付けをしているのを颯太は暖炉のある居間で眺める。


「ちょっと、これまだ泡ついてるじゃない。ちゃんと洗い流しなさいよ」

「えー、少しくらい良いじゃんかー」

「良くない!お母さん、コルトが適当すぎるー!」

「こら!ちゃんと洗わないと次使うとき困るでしょ!」

「ちぇっ、めんどくせー」


 どこにでもある一家団欒だ。

 颯太の家もこんな光景は日常茶飯事だった。

 さっき避けたジャムを思い出す。

 ここではまさに自分の方が酸っぱいジャムなんだな、とどうでもいいことを考えた。


「ご家族はいらっしゃったのかな」


 颯太がキッチンを見ていると、お父さんが声をかけてきた。

 こちらは暖炉の前でパイプをくゆらせ、古い洋画のようだ。


「ええ、父と母と姉が」

「そうか、うちと同じ家族構成か」


 お父さんの目が細くなる。

 クマのような大きな身体ともじゃもじゃの髭から怖そうな印象だったけれど、目は優しいことに気がつく。

 少女の雰囲気はお母さん似だけれど目元はお父さん似なんだな、と颯太は思った。


「正直なところ、召喚される勇者様がまだこんなに……メイリスと変わらない年の方だとは思いませんでした」

「頼りないですか」

「いえ、いえいえ!とんでもない!ただ……」


 お父さんが言い淀んだ。


「いえ、なんでもないです」


 言葉の続きは何だろう。

 不安?心配?

 そうだよな、異質な格好とはいえ見た目はただの子どもだ。

 こんな子どもに世界の命運を任せるのだから。

 ちゃんと悪を倒せるのか疑って当然だ。


 白髭の神様に会って異世界に落とされたときの高揚感がだんだん薄れてきていた。

 これから色々あるだろうことに思いを馳せ、少々面倒くさくなる。

 大きなため息をつきたくなるところをぐっとこらえていると、お父さんがパイプを置き、颯太の目を見てきた。


「勇者様、これからお城に赴き、あなたは旅に出ることになるでしょう。でも、また私たちのもとを訪ねて来てください。いつでもいい。そして何度だっていい」

「…………はぁ」


 今まで少し事務的だった態度とは打って変わって感情的で、でも真剣な物言いに、颯太は不思議に思いながらも頷いた。


「また来い」か。忘れなければそうしてもいいかな。


 勇者に対するお世辞かもしれないし、本当にそう思ってくれているのかもしれない。

 颯太はこの時、軽く心に留めておく程度の気持ちでお父さんの言葉を聞いていた。




 ◇◆◇


 次の日は朝早くお城へと出発した。

 世界名作劇場とかに出てきそうな屋根のない荷馬車の後ろに少女と二人乗せられる。

 御者はもちろん少女のお父さんだ。


 馬車はひどく揺れた。

 全く眠れなかった頭にガンガンとひびく。

 自動車と整備されたコンクリートってすごいものだったんだな。


 道はどこまで行っても麦畑だった。

 これも日本にはない光景だ。

 ファンタジーっぽい。

 けれどすぐ飽きる。延々と麦畑なのだ。

 麦、麦、麦、たまに家、麦、麦、麦、たまに小川。

 夕方、お城に着くまでその景色は続いた。


 お城は颯太が思っていた以上に巨大で荘厳だった。

 少女のお父さんから小さな国の小さな街だと聞いていたから、遊園地にあるお城みたいなものを想像していたのに、全然違った。

 石造りの街並みもその中心にそびえ立つお城も威圧的で身体がひゅっと引き締まる緊張感がある。


 多分遊園地は楽しげな明るい色であるのに、このお城と町は灰色だからだ。

 そう納得してあたりを見回す。

 街の建物がどれも五階建て以上で空が小さく見えるのも威圧感の正体の一つかもしれない。

 あまり好きにはなれそうにない街だ。


 城門をくぐると大歓声で迎えられた。

 まだ何もしていないのに大英雄が凱旋したかのようだ。

 歩くたびに立派な身なりの大人たちが話しかけてきて、足を止められる。

 その度に兵士に「まずは国王陛下の謁見が先です!」と促され、人の壁が割れていく。


 やっとのことで謁見の間につき、国王陛下にお会いして事情を説明し終わるともう夜になっていた。

 そのとき、やっと念願の王女様にも会ったが、素っ気ない態度のわがままそうな女性だった。

 多分颯太よりも年上だ。見た感じ18歳くらいの美人な人で、近づき難い雰囲気がある。

 これからの旅の仲間だというけれど、親しくなるなら丘で会った少女の方がいいな、と失礼にも颯太は思った。


 夜も更ける前に少女とお父さんが家に帰るということで、颯太も城門までお見送りをすることにした。

 颯太はもちろん、しばらくは城で寝泊まりする。


「ああ、ここでも天の川は見えるんだ」


 城門まで来たとき、ふと、颯太は呟いた。

 建物の山の中で空は狭く、明かりも多いこの街では、日本の街のように天の川なんて見れないと思っていた。

 しかし、明かりは空の星を消すほど明るくはなかったのだ。

 丘の上で見たほどはっきりとはしていなかったが、太く白く輝く川は黒い夜に描かれている。


「あの」


 と、丘のあの場所からずっと会話らしい会話をしていなかった少女が声をかけてきた。


「昨日の夜も“アマノガワ”って言ってましたけど、それって“天上のこぼれたミルク”のことですか」

「えーっと、そうなるのかな。俺の世界では星が集まって白く線のようになっているところを、天を流れる川のようだから“天の川”って呼んでたよ」

「“天の川”……素敵ですね」

「そういえば……」


 颯太は天の川に別名があることを、そこで思い出した。


「天の川は別名ミルキーウェイ、“ミルクの道”と呼ばれていたかな」

「ミルクの道……不思議!違う世界なのに同じようにミルクで例えるなんて!」


 そこで颯太はハッとした。

 自分はこの世界に来て、元の世界との違いばかり数えていた気がする。

 ミルキーウェイのようにこの世界にだって同じものがあるはずなのに。

 少女の笑顔がきらきらしていて眩しく見える。


 颯太は少女のお父さんに向かって言った。


「あの、またあなた方に会いに行きます。まだ、よく分からないけれど自分にとってそれが良い気がする」


 少女がきょとんとした顔をする。

 お父さんは嬉しいそうな顔だ。


「良いでしょうか」

「ああ、もちろんだとも」


 力強く頷かれ、颯太は何か肯定されたような気がした。自然と頰が緩む。

 まずはこの世界を知ることだ。

 それからたくさんの同じもの、味方を見つけること。


 今まで颯太が感じていた違和感。

 それは孤独だった。

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