43 不穏な早朝
翌朝、体が揺さぶられる感覚でアマリアはまどろみから目覚めた。
「アマリアさん、起きてください」
目はまだ開きたくないが、少し焦ったような声が聞こえる。レオナルドのようだ。
「……ん? ……もう、朝?」
「いえ、まだ明け方前ですが……」
「……じゃ、まだ寝たい……」
「お気持ちは分かりますが、非常事態なのです」
「ひじょうじたい……」
なんだか物騒な言葉が聞こえたので、アマリアは億劫なまぶたを開き、ごろんと寝返りを打った。そして、先ほどから肩を揺さぶっていたレオナルドをぼんやりと見上げる。
レオナルドは既に普段着に着替えていたし、髪もちゃんと整えている。彼はアマリアを見るとなぜかはっと息を呑み、起きろと言ったくせにさっと布団の上掛けを引き上げて視線を逸らしつつ言った。
「……どうやら屋敷に賊が侵入したようなのです。安全確保と状況確認のために起きるようにと、使用人の方が先ほど来ました」
「ぞく……えっ?」
やっとアマリアの脳みそも覚醒した。
レオナルドは頷き、アマリアの髪を撫でてから立ち上がった。
「既にユーゴは自発的に魔力の調査を行っています。アマリアさんが今すぐ何かをする必要はないのですが、いつ呼び出しが掛かってもいいように支度だけはお願いします」
「う、うん、分かった。ごめん、やっと目が覚めた」
「お気になさらず。……僕はリビングにおりますので」
そう言い残すとレオナルドは紳士的に目を逸らしたまま寝室を出て行く。体を起こして気づいたのだが、寝ている間に寝間着のボタンが外れていたようで、胸元がぱっかり開いていた。
レオナルドに申し訳ないことをしてしまったと思いつつ、アマリアは急いで着替え、洗面台で顔を洗って髪もとかした。公爵からは「普段着に使ってほしい」ということでドレスをもらっていたが、とても一人で着られるものではないので、とりあえずシンプルなワンピースを着て上に一枚カーディガンを羽織りリビングに出た。
ユーゴの姿は見えないが、「屋根のあたりにいるはずです」とレオナルドが教えてくれたので、茶を飲みながら帰りを待つことにした。
「それで……賊が侵入したって、どういうことなの?」
ひとまず紅茶で水分補給してから尋ねると、向かいの席のレオナルドは難しい顔でカップを置いた。
「僕も詳しいことは分からないのですが……夜、邸内の窓ガラスが割られていることに巡回の兵士が気づいたそうです。もしかすると貴重品を奪われているかもしれないとのことで、調査中としか聞いていません。おそらく、窓から侵入して同じように逃亡したのだろうとのことでした」
「公爵邸に盗みが入ったってこと?」
信じられない気持ちでアマリアは問い返した。
ポルクの集落ならともかく、王都にある公爵家の邸宅に簡単に盗みが入るものなのだろうか。貴重なものも多いだろうし、当然警備もしっかりしているはずなのに。
ぎゅっとワンピースの裾を掴むと、レオナルドがいたわしげにアマリアを見つめてきた。
「僕たちは寝入っていたので、おそらく犯行を疑われることはないでしょう。しかし、聴取を受ける可能性はあります」
「寝ていた、としか言えないわ……」
「ええ、それでいいんです。もし問われたとしても、寝ていたから何も知らなかった、と事実だけを言いましょう。公爵様だって、アマリアさんを疑うことはしないでしょうから」
そう言ったところで、カタンと窓が音を立てた。レオナルドと同時に振り向くと、窓の桟に腰を下ろすユーゴの姿が。
「ユーゴ、おかえりなさい。大丈夫なの?」
「ただいま、ママ。おれは大丈夫だよ。ちょっと魔力の調査をしていただけだから」
アマリアが駆け寄ってユーゴを抱き上げると、彼はアマリアにキスして大人しく腕の中で丸くなった。レオナルドが窓を閉め、早朝の冷たい空気の中で活動したユーゴのために毛布を持ってきてくれる。
「それで……何か分かったことはあるのか?」
「一応屋根に上って、魔力の残滓がないか確認した。でも、それっぽいのは全然見つからなかったよ」
アマリアからレオナルドにパスされ、ふかふかの毛布にくるまって蓑虫のようになったユーゴは淡々と説明する。
「空間魔法を使った気配もないし、魔法で窓ガラスを割った形跡もない。現場っぽいところは兵士とかがうろうろしていたから近づけなかったけど、外部から盗みに入ったのだとしたら完全に武力で押し入ったんだと思う」
「……やっぱり、公爵家に保管している宝飾品とかが目当てなのかしら」
ユーゴの分の茶の支度をしながら、アマリアは呟く。
今はあまり凝った茶を淹れられないので、茶葉を蒸らして櫛切りにしたプリネを漬けるだけにした。ユーゴは体が冷えているから、炎属性の力を持つプリネで少しでも体を温められるはずだ。
昨日、小腹がすいたとき用にということでメイドが果物を持ってきて厨房に置いてくれていた。それを探していると、背後からユーゴとレオナルドの会話が聞こえてくる。
「どうなんだろう……おい、レオナルド。まさかママが疑われるようなことはないよな?」
「もし疑われるとしたら、アマリアさんより僕だと思うな。窓を叩き割って侵入して外壁伝いに部屋に戻るなんて、アマリアさんではできませんから」
「レオナルドが疑われるの!?」
「可能性の話ですよ」
思わずプリネを握り潰してしまいそうになったが、振り返ったレオナルドが優しくなだめてくれた。
「もちろん、僕が公爵家の貴重品を盗む理由なんてありません。でも、身体能力を鑑みると僕も容疑者の一人に入ってもおかしくないんです」
「……もしそうなったら、私も全力でレオナルドの無実を証明するわ!」
「それは……。……いえ、とてもありがたいです。ありがとうございます」
レオナルドは笑顔で頷いた。




