44 失われた形見
紅茶を飲んで一息ついたところで、ドアがノックされた。
廊下に立っていたのはトビアスとオリビアで、どちらも青い顔をしている。
「おはようございます、アマリア様。……侵入者の件は、レオナルド殿から聞いていますか」
「おはようございます、トビアス様、オリビア様。……どこかの部屋の窓ガラスが割れていた、ということくらいしか聞いていません」
「……そうか」
アマリアの言葉に、なぜかトビアスは少し安心したように頬を緩ませた。だがすぐに表情を引き締め、オリビアを伴ってリビングに入ってきた。
「ある程度のことが分かったので、あなたたちに状況を報告せよと父から命じられました。今、話をしてもいいでしょうか」
「もちろんです」
トビアスとオリビアをソファに座らせ、その向かいにアマリアとレオナルド、レオナルドの膝の上にユーゴが座った。レオナルドは落ち着いた様子だが、ユーゴは心なしか神経を尖らせているようで、むっつり黙ってトビアスたちを見つめていた。
「まず、被害状況ですが……窓ガラスが割られ、侵入されたとおぼしき部屋は、昨日アマリア様もご案内したルフィナ様の部屋です」
「母の……部屋ですか?」
つまり、公爵夫人やオリビアと一緒に入った、母の絵やドレス、宝飾品が置かれたあの応接間のことだ。
「ルフィナ様の絵の脇に窓があったでしょう? あの片方が割られ、宝飾品を置いたガラスケースも壊されていました。公爵邸にはもっと貴重な品を置いた部屋もあるので、ルフィナ様の品を狙っての犯行だと見て間違いないでしょう」
「……何か、奪われたのですか」
アマリアは問うた。
アマリアは宝飾品にはさほど興味がないが、母の遺品となると話は別だ。何が何でも遺品を譲ってもらいたいという気持ちはないが、母が父から贈られたものを誰かに奪われたというのは、気分のいい話ではない。
アマリアの質問に答えたのはオリビアだった。
「ガラスケースは割られたものの、ほとんどの宝飾品は手つかずでした。……ただ一つだけ。アマリア様は、台座の中央に指輪が置かれていたのを覚えてらっしゃいますか」
もちろん覚えている。ひときわ大粒の宝石が付いていたし、他の宝飾品よりも目立つ配置だったので印象も強かった。
(お母さんの遺品が奪われたのなら、きっと公爵様は必死になって犯人捜しをされているはず……)
「被害にあったのは、その指輪だけだったのですね」
「はい。他のものは配置も変わっていなくて、犯人は指輪だけを狙ったのだろうとお義父様はおっしゃっています。大粒の宝石が嵌っているので、換金目的ではないかと思われます」
「……なるほど」
「アマリア様たちには申し訳ないのですが、この事件が解決するまでお三方を外に出すなと父上がおっしゃっています。もちろん、不自由のないように手配はしますが、今しばらくこちらに滞在していただくことになります。申し訳ありません」
「いえ、トビアス様が謝られることではありません。私たちではお話しできることも手伝えることもないと思いますが、何かあればおっしゃってください」
「はい、感謝します」
その後、「疑うようで申し訳ないのですが……」と恐縮しっぱなしのトビアスたちにより、服装検査や室内の点検がなされた。レオナルドとユーゴの検査はトビアスが、アマリアの検査はオリビアが行い、使用人たちが室内をあらためたが、当然何も出てこなかった。
トビアスたちが出て行った頃にはすっかり太陽も昇り、やっとアマリアたちが普段起床する時刻になった。メイドが朝食を持ってきたので三人で食べ、先ほどの件について話し合うことにする。
「まさかルフィナ様の遺品が狙われていたとは……公爵様の心中はいかばかりでしょうね」
刻んだマーユの入ったスープをスプーンで掬い、アマリアはレオナルドの言葉に頷いてみせる。
「奪われたのが指輪だけというのも不思議な感じがするけれどね」
「アマリアさんは実際に指輪をご覧になっていたのですよね。そんなに価値がありそうなものでしたか?」
「そうね……これくらい大きな青い宝石が嵌っていて、宝石の表面にはランヘル伯爵家の家紋が刻まれていたわ。お母さんの絵にも同じものが描かれていたから、価値があるのは間違いないと思う」
「かもん?」
隣でパンを食べていたユーゴが不思議そうに問うたので、アマリアはユーゴの膝の上に落ちていたパンくずを拾いながら頷いた。
「貴族は、お家ごとに印を持っているの。ほら、このコルネート公爵家の中でも同じような印を見たでしょう? お母さんの指輪の宝石には、あんな感じの印が入っていたの」
「ふーん。変なの」
「何が?」
「だって、犯人はその盗んだ指輪を売ってお金にするんでしょ? だったら、かもんが入っている宝石を売ったらすぐにばれちゃうんじゃないかなぁ」
まぐまぐとパンを食べながらユーゴが言った言葉に、アマリアは目を瞬かせた。
確かに、犯人が指輪を売り飛ばすつもりなら、足がつきやすくなる家紋入りのものは狙わないだろう。
ふとレオナルドを見ると、彼は難しい顔でなにやら考え込んでいた。
「……アマリアさん。その宝石に刻まれた家紋は、どれくらいの大きさですか?」
「え? えっと……宝石がこのくらいで、一面を覆うくらいのサイズだったと思うけど……」
「それなら、盗んだ際に犯人が家紋に気づかないはずもないでしょう。……実は僕も、ユーゴと同じことを考えていました。もし僕が犯人ならば、いくら夜中の暗がりの中だろうと、家紋が入っていることが一目瞭然の宝石をわざわざ奪いません。家紋が入っていることに気づかないほど小さなものだったならともかく、転売目的なら足がつきやすい品は狙わないでしょう」
「……確かに、そうよね」
アマリアもしっくりきて同意した。
「だとすると……犯人の目的は、転売じゃないの?」
「今現在の情報で考えられるのは……売るためではなく指輪そのものに執着があったということでしょうか。公爵家の宝物庫ではなくルフィナ様の遺品の部屋を襲撃したということから、こちらの方が有力かと思います」
(つまり……お母さんの遺品だからこそ狙ったの?)
そう思うと、あまりいい気持ちにはなれない。母の熱狂的な信奉者か、はたまた母に恨みを抱く者かになる。どちらにせよ、二十年以上前に死んだ人間の遺品を今になって奪いに来るなんて、ろくでもない。
(……ん? 今になって?)
「……どうして犯人は、『今』指輪を盗んだのかしら」
アマリアが呟くと、レオナルドも小さく頷いた。
「僕も思っていました。ルフィナ様の遺品が目当てなら、あの部屋ができたという五年前からずっと機会はあったはず。今はむしろ、アマリアさんがいらっしゃるということで警備が強化されている状態。わざわざ今このときを狙う必要はないんです。……ただの強盗目的であれば」
「……」
「この事件、何か裏がありそうです。長引けば長引くほど僕たちの帰宅も遠くなりますし……ルフィナ様の遺品の指輪が戻ってくる確率も低くなる」
「ねえ、おれたちにできることはないかな? 指輪を探すとか、みんなに質問するとか、怪しい奴を探してえいっ! ってしちゃうとか」
最後のはちょっとやめてほしいが、指輪を探したり不審な人物を調べたりして、事件解決に貢献することはできるかもしれない。
アマリアたちは一応客で、容疑者にもなりうるので派手なことはできない。だが、ただ手をこまねいて事件解決までだらだら過ごすよりは有意義なはずだ。
(お母さんだって、公爵様からもらった指輪を奪われたままにはしたくないはず。お母さんの指輪、絶対に見つけないと……!)




