41 公爵家の事情①
その後、アマリアは公爵夫人とオリビアからかつて母が使っていた道具やドレスの説明を聞き、部屋を辞した。部屋の鍵を掛けたのはメイドだが、その鍵はすぐに公爵夫人に渡され、刺繍入りのポーチに大切にしまわれていた。
鍵を部屋に戻しに行くという夫人と別れてオリビアと一緒にリビングに向かうと、向かい合って座るレオナルドとトビアスの姿があった。
「ただ今戻りました。あなた、レオナルド様とお話ですか?」
「ああ、彼が傭兵だと聞いて興味が湧いてね。普段どのようなことをしているのか尋ねていたんだ」
「まあ……レオナルド様を困らせるようなことは言ってませんよね?」
「も、もちろんだ! そうだよな、レオナルド殿?」
「ええ。こうして貴族の方に傭兵としての仕事を知っていただくというのは、僕としても意義のあることだと思っているので」
レオナルドは紳士的に応えた後、アマリアを見て微笑んだ。
「ルフィナ様の品を見に行かれていたんでしたっけ。どうでしたか?」
「なんだか新鮮な感じがしたわ。……ユーゴは?」
「ユーゴ君には、うちの子どもたちと一緒に遊んでもらっています」
答えたのはトビアスだった。そういえば、トビアスとオリビアの間には既に子どもが二人いたはずだ。どうやら子どもたちは続き部屋にいるようで、男の子と女の子のはしゃいだ声、そして「えーっと」「あー、ちょっと待ってよー」とユーゴの間延びした声が微かに聞こえる。
(ユーゴ……孤児院でもそうだったけど、子どもの相手をしてくれていたのね)
おそらくトビアスの子は五歳くらいだろうが、推定実年齢数百歳のユーゴにとっては苦痛だろう。ちらっとレオナルドを見たら、「ユーゴの方が申し出てくれたんですよ」と苦笑を返された。
(後でしっかり褒めて、甘やかしてあげないとね)
アマリアがレオナルドの隣に、オリビアがトビアスの隣に座ると、メイドが茶の支度を始めた。既にレオナルドたちは一杯飲んでいたようなので、アマリアたち用の茶器が並べられる。
「公爵様は、本日どちらへ?」
「城です。ゴタゴタの末に公爵家を継ぐことになった父ですが、国王陛下からはたいそう信頼されています。父は早く引退して田舎に引っ込みたいそうですが、国王陛下からなかなか了承を得られていない状況です。きっと今日も仕事の後、陛下と交渉なさるのでしょう」
トビアスが教えてくれたので、アマリアは頭の中に入っていたなけなしの知識を掘り出す。
(国王陛下……確か、四十代くらいだったかな)
王都に来るのも初めてなアマリアは、自国の国王について詳しいわけではない。だが、若い頃は武勇で名を馳せた王子だったこと、下は五歳上は二十歳くらいの王子王女がたくさんいること、隣国エディスの王女だった王妃と結婚して二十年以上経っても仲睦まじいことなどは、噂で聞いていた。要するに、現レアンドラ王室は非常に家族仲がよいそうだ。
国王は武術の達人だが反面、政治はそれほど得意ではないそうだ。だが優秀で頼りになる臣下がたくさんおり、国王自身も不慣れながらに臣下から教えを請うたり研究したりと努力しているという。もしかすると公爵も、国王を鍛える人物として重用されているのかもしれない。
(そうだとしたら、いくら公爵様本人が引退を申し出ても国王陛下からの了承は得られないだろうな……)
公爵はかわいそうだが、レアンドラの未来を考えるとできるだけ長い間国王の重鎮として側に使える方がよいだろうし、周りもそれを願っているはずだ。
「……そういえば、先ほど母が使用していた品々を見せていただいたのですが……あのような部屋が公爵邸にあることについて、先代公爵様や奥様のご実家などは何もおっしゃらないのでしょうか」
アマリアが尋ねると、トビアスはオリビアと顔を見合わせた後、頷いた。
「……あなたはご存じないのでしょう。私の父方の祖父――実際には大伯父にあたるコルネート公爵は長らく病床に就かれていましたが、五年前に亡くなりました」
「五年前……あ、まさか」
「父が私たちをルフィナ様の墓参りに向かわせるようになったのも五年前――つまりそういうことです。大伯父の死によりようやく父は、自分を縛る者から解放されたのです。ルフィナ様の墓参りを始めたのもそうですし、あの部屋も五年前に作られました」
「当時わたくしは下の子の出産のために里帰りしていたのですが、帰ってきたら屋敷の雰囲気が大きく変わっていて驚いたものです」
オリビアも頬に手を当ててそう言う。
「全体的に明るくなっていましたし、ルフィナ様のお部屋についても、全ての使用人の了承の上で作られたとのことです。使用人の中にはお義父様がルフィナ様と結婚なさっている頃から仕えていた者もいるそうなので、あの部屋に収められた品々に思い入れのある者はそこそこいるのです」
「それと、母の実家のグラナド侯爵家ですが……あそこはもう二十年以上前に取り潰し処分を受けています」
トビアスの言葉に、アマリアは目を丸くした。
(え、そうなの? 確か、公爵夫人の実家はお金持ちで、それもあって結婚したんじゃ……)
トビアスは暗い顔で言葉を続ける。
「……当時侯爵だった祖父と、母の兄である伯父が不正を犯したのです。そもそも侯爵家は金こそあれ評判はよくなかったのですが、貿易に関する不正が明るみに出たことで一気に信頼が失墜し、身分剥奪処分を受けました。侯爵家の領地は新興の別の貴族のものとなっています」
「そうだったのですか……では、公爵夫人は?」
「私は当時幼くて何も分かっていなかったのですが……母も、かなりうちひしがれたそうです。内政に関与しない女性であり、しかも既に結婚して侯爵家を出ているため直接処分を受けることはなかったのですが、世間からの当たりは強くなりました。しかし父は苦境に立たされた母を決して見捨てず、大伯父から苦言を呈されたときも母を庇ってくれたそうです。そのこともあり、母は今でも父を恩人として尊敬しているようなのです」
トビアスの言葉に、アマリアははっとした。
(公爵様と公爵夫人の「同士」という関係には、侯爵家の取り潰しも絡んでいるのかも……?)
公爵家の内情は、アマリアの思っていた以上に複雑であるようだ。




