40 ルフィナの部屋
翌日、アマリアは公爵夫人とオリビアに呼び出された。
レオナルドとユーゴはトビアスが対応してくれるようなので彼らとは部屋の前で別れ、アマリアは二人の貴婦人に連れられて公爵邸の奥の部屋に向かう。
「ここは、今は普段使いしていない応接間です」
メイドが鍵を開ける傍ら、公爵夫人がしっとりとした声で説明してくれる。
「ここには、ルフィナ様に関する品々を収めております。鍵はわたくしと旦那様で管理し、トビアスとオリビアを含めた四人で定期的に中の確認をしています」
「母に関する品々、ですか……」
母が死んだのは修道院の自室だからか、公爵夫人は「遺品」とは呼ばなかった。母が離婚の際に残しておいたもの、という意味なのだろうが、アマリアにとってはある意味母の遺品である。それも、アマリアが知らない少女時代の母の。
(お母さんのものを、部屋一つを使って管理しているんだ……)
どきどきしつつ、オリビアが開けたドアから室内に入る。
そこは確かに、昔は応接間として使っていたらしくソファセットがある。だがほぼ物置と化しているためか生活感は全く感じられず、アマリアは室内を見回した。
まず、目に付いたのは向かって正面の壁に掛けられた絵だ。額縁は縦に長く、そこには青いドレスを纏った若い女性の全身が描かれている。肖像画はいくつか見てきたが、全身像を見るのは初めてだった。
――そしてもちろん、そこに描かれている女性は。
(お母さん……)
とくん、と胸が鳴る。
記憶の中にあるのよりもずっと若い母が、穏やかな笑みを浮かべてアマリアを見下ろしていた。絵は高めの位置に掛けられているが、おそらくこの絵は母の等身大を描いている。母は小柄な方だったと思うが、それでもこの絵はかなり大きく、存在感があった。
壁際にはドレスを纏ったトルソーが並び、棚には古い書物やペン、ガラスケースには宝飾品が並べられていた。おそらくどれも、公爵の妻だった頃に母が持っていたものだろう。
「ドレスは全て、旦那様がルフィナ様のために注文されたもの。その棚に置いているものは、ルフィナ様の私物です。そしてここにあるのが――」
公爵夫人に案内され、アマリアはちょうど例の絵の足元に据えられているガラスケースに近づいた。これまでアマリアが見たことのあるどのガラスよりも純度が高いので、まるでそこに遮断物なんてないかのように、中に収められた宝飾品をはっきり見ることができた。
ケースの中は中央の盛り上がった階段状になっていて、光沢のある黒い布が敷かれている。そして山の頂上に置かれた指輪を中心に、ネックレスやブレスレット、イヤリングなどが飾られていた。どんなに新しくとも三十年以上前のもののはずだが、どれもオリビアが持つ明かりに照らされて眩しいくらいに輝いている。
中でも一番目立つのはやはり、頂上の指輪だろう。銀のリングに大粒の青い宝石が嵌っている。しかもよく見ると宝石の表面には、何かの模様が刻まれていた。
「これは……紋章か何かですか?」
「宝石に刻まれた模様ですか? それはランヘル伯爵家の家紋です。ここに展示されているほとんどの宝飾品には、家紋が刻まれています」
確かに、夫人に言われて他の宝飾品も見てみたが、全てのもののどこかしらに同じ家紋が入っている。入っていないのは、小さな青い宝石が一粒付いているだけのシンプルな金鎖のブレスレットくらいだった。
また、展示されている宝石はどれも青色だ。
「青い宝石というのにも、意味があるのですか」
「ええ。ランヘル伯爵家では、夫から妻に贈る宝石は全て青と決まっていたそうでしたので」
オリビアはさらっと教えてくれたが、青でなければならないなんて、黄色系統の色が好きだった母は寂しかったかもしれない。
さらに、頭上から見下ろしてくる母の絵に描かれているアクセサリーのほとんどが、ここに並べられていることにも気づいた。ざっと見ただけで確認できるのは、髪飾り、ネックレス、指輪、ブレスレットだが、どれも同じものが展示されている。
母は、青いドレスに青い宝石を纏った姿で描かれていた。チョーカーとグローブ、サッシュなどは差し色として黒を使っているが、母が愛した色は一つたりとも身に纏うことが許されなかったのだろう。
だが、アマリアはふと目を瞬かせた。
(……あれ? でもお母さんは、黄色のアクセサリーをお父さんからもらっていて、それだけは持っておきたかったみたいなことを言っていたはず)
もしそれが公爵家で保管されているのなら公爵と相談して修道院に持って帰りたかったのだが、ガラス越しに見える宝飾品はどれも金や銀の台座やチェーンに青い宝石が付いているものばかりだ。
(ランヘル伯爵家は青い宝石と決まっているみたいだけど……お母さんがもらったっていう黄色のアクセサリーはどこにあるんだろう?)
もしかすると、家紋などの入っていない安価なものなのかもしれない。だとしたらここには飾られていないだろうし、公爵も存在を忘れている可能性もあるだろう。
アマリアの隣で宝飾品を見つめていた夫人が、ふと口を開く。
「……わたくしもこの部屋の鍵を任されているので、何度もここにお邪魔しています。そしてルフィナ様の姿絵を前に、思いを馳せるのです」
アマリアがそちらを見やると、夫人もアマリアを見て柔らかく微笑んだ。
「夫が愛した人ですもの。わたくしは旦那様の同士ですが、ルフィナ様のようにありたい。ルフィナ様は誰にでも優しく、いつでも旦那様の心の支えになったとのことです。ルフィナ様は、わたくしの一生の目標とも言えます」
「……奥様にそう思っていただけて、きっと母も喜んでいると思います」
少々苦し紛れになったが、母はきっと公爵夫人のことは恨んでいないだろうと思う。
(ううん、そもそもお母さんは誰のことも悪く言わなかった)
伯爵家や公爵家のことを皆に隠したかった、というのもあるだろう。だがそもそも母は他人の悪口を一切言わない人で、他人に悪意を向けられたときも、「きっと何か事情があるはず」「よく話し合って、お互い手を取り合えるようにしましょう」と言っていた。
アマリアは、母のような清らかな心を持っているわけではないのだが、母は決して公爵たちのことを悪くは思っていなかっただろう。
公爵も公爵夫人も、大人たちの都合に振り回された被害者なのだから。




