37 父と母①
間もなくトビアスに付き添われて、一人の中年女性がやってきた。
金色の髪を結い上げており、目は息子と同じヘーゼル。シックなワインレッドのドレスがよく似合っている彼女はアマリアたちを見ると、上品に微笑んでお辞儀をした。
「ようこそいらっしゃいました、アマリア様。コルネート公爵の妻であるマグダレナ・コルネートでございます」
「お初にお目に掛かります、アマリアです。こちらは、息子のユーゴと恋人のレオナルドです」
アマリアが立ち上がってお辞儀をすると、「どうぞお掛けになったままで」と夫人は優しくアマリアを座らせた。
(お父さんの再婚相手だけど、とても優しそうな方だな)
夫人が公爵の隣に座ると、お茶の準備が始まった。
メイドたちがティーポットに茶葉を入れる様を、アマリアはじっと見つめていた。キロス離宮でもそうだったが、王城や貴族の邸宅で働くメイドたちは、茶を淹れる動作が非常に洗練されている。
茶菓子のケーキも目の前で切り分けてくれたが、アマリアだったらトトトトトンと切ってしまいそうなところを、彼女たちはナイフを丁寧に扱っている。切り分ける動作さえ、ひとつの芸術であるかのように思われた。
アマリアがメイドたちの手元をじっと見ていることに気づいたのか、夫人が首を傾げた。
「あら、何か気になることでも?」
「あ、いえ。実は私、紅茶を淹れるのが趣味でして。普段も家で自家製の紅茶を淹れているので、メイドさんたちの手つきに興味が湧いたのです」
「ママが淹れる紅茶は、すっごくおいしいんだ……ですよ!」
アマリアとレオナルドの間に座るユーゴがなぜか自信満々に言うと、夫人は「あら」と目を丸くし、公爵も興味深そうに目を細めた。
「紅茶を作るのか。それはよい特技だな。……そういえば、ルフィナは香水を作るのが好きだったな」
「ルフィナ様が町の市で売られていた香水を見かけたのが、あなたとルフィナ様のなれそめなのでしたっけ?」
夫人の方からルフィナの話題を掘り下げてきたため、アマリアは内心驚いた。
(トビアス様も、公爵夫人がお母さんのことを認めているって言っていたけれど……本当だったんだ)
夫の前妻の話なんて普通なら好んでしたがらないだろうが、夫人は積極的に母の話をしている。そもそも、夫の前妻の子であるアマリアに対しても非常に丁寧に接してくれるし、話すときの表情も落ち着いていた。
(そのあたりも、公爵家の中で話がまとまっているのかな……?)
紅茶のポットがよい香りを放っている。
メイドがカップを温めていた湯を捨て、それぞれのカップに紅茶を注いだ。ユーゴには「蜂蜜を入れますか?」と問うていて、ユーゴは目を輝かせて頷いていた。
公爵夫妻とアマリアたちの前に紅茶が出された。トビアスと、今し方戻ってきたところらしいオリビアは壁際に立っているので、茶の席には加わらない様子である。
まず、家主である公爵が茶に口を付ける。これは修道院を出る前に院長先生から聞いたのだが、レアンドラの貴族の邸宅や王城では、飲み物や食べ物に毒が入っていないことを示すため、もてなす側で一番位の高い者が最初に飲食物に口を付けることになっているそうだ。
公爵が紅茶を飲みバタークリームのかかったケーキを食べたところで、アマリアたちも茶と菓子に手を付ける。「いただきまーす!」とユーゴが最初にケーキを食べ、紅茶も飲んだ。竜の子である彼は熱々の紅茶も平気で飲めるのだが、今は空気を読み、「あつっ!」と熱そうな演技をしてくれた。
これは、レオナルドとユーゴを交えた三人であらかじめ決めていたことである。まさか公爵が実子であるアマリアを毒殺するとは思えないのだが、屋敷の者全員を信じるのは危険だ。
だからまず、ほとんどの毒を無効化できるユーゴが子どもの無邪気さを利用して、一番に食べ物に口を付ける。ユーゴの体は毒を消せるが、変なものが入っていたらすぐに気づけるそうだ。ユーゴを毒味役にするのはアマリアとしては全く気が乗らないが、ユーゴ本人やレオナルドの説得を受け、役目を頼むことにしたのだ。
ユーゴはおいしそうにケーキを食べ、紅茶には「もっと蜂蜜を入れて!」とメイドにおねだりしている。毒は入っていないようなので、遅れてアマリアたちもそれぞれ手を伸ばした。
アマリアは甘そうなケーキよりも先に、紅茶を堪能することにした。アマリアがブルーノの店で買っているものよりもずっと良質な茶葉を使っているからか、匂いの時点で違う。
香りは甘く、味にも苦さや妙な酸っぱさがない。ユーゴは蜂蜜追加を頼んでいるが、砂糖や蜂蜜を入れなくても芳醇な味わいが楽しめた。
「……ルフィナの話だが」
皆がある程度茶と菓子を楽しんだところで、公爵が切り出した。
ユーゴの口元をハンカチで拭いてやっていたアマリアは姿勢を正し、公爵を見つめ返す。
「彼女には、申し訳ないことをした。……グラシエラ殿はきっと、私のことを今でも恨んでらっしゃっただろう」
「えっと……」
「それも仕方のないことだ。……先ほどマグダレナも口にしていたが、私は三十五年ほど前に修道院の麓の町へ視察に行った際、市でルフィナの作った香水を見かけた――」
公爵は、懐かしそうに母ルフィナとのなれそめを語り始めた。




