表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
111/137

36 アマリアとコルネート公爵②

 アマリアは一呼吸置き、首を横に振った。


「……母は死ぬそのときまで、父のことは何も教えてくれませんでした。院長先生――グラシエラ様も同じです。グラシエラ様はきっと、先日私が修道院の墓地でアダン様と会わなければ、ずっと隠し通すつもりだったのだと思います」

「……そうか、それもそうだな」


 公爵は顔を上げ、それまでほとんど感情の込められていなかった瞳に僅かな喜びの色を浮かべた。


「……そなたは三十二年前の冬に生を受けた。私がルフィナと離縁したのは、三十二年前の初夏。……そなたは、私の娘なのだな」


「なのか?」ではなく、「なのだな」――確信を持った問いだ。


 アマリアだって三十二引く三十二の引き算くらいできるし、人間が生まれるまでに必要な日数も知っている。母が離縁して修道院に戻るまでの時間を考えても、アマリアの父は公爵で間違いない。

 それに……目の色が、同じだった。今まで煤けた鏡や水面に映った自分の顔を見たときに見えていた色と、公爵の色は全く同じ。「藍色の目はちょっと珍しいね」と言われたことがあるので、他人の空似でもないだろう。


「……分かりません。確信は持てませんが、きっとそうかと」


 断定したことで後で面倒になることは避けたいのでアマリアは婉曲に言ったが、公爵はその言葉だけで満足だったようで、「そうか。……そうか」と表情を緩めた。


「まさか、この年にして娘の存在に気づくとは思わなかったが……そなたが美しく成長してくれたのなら、私はそれだけで十分だ。父親らしいことを何もしてやれず、ルフィナにも悲しい思いをさせたのだからな」

「……あの、公爵様。母について伺ってもよろしいでしょうか」


 アマリアが申し出ると、公爵はゆったりと頷いた。


「もちろんだとも。……ああ、茶も淹れずにすまなかったな、アマリア嬢。トビアス、マグダレナを呼んできてくれ。あやつもいた方がいいだろう。オリビアは、アマリア嬢たちのための部屋を整えるよう指示してくれ」

「かしこまりました、父上」

「お任せください、お義父様」


 トビアスとオリビアは揃ってお辞儀をし、部屋を出て行った。トビアスはともかく、オリビアまで出て行ってしまうのは寂しいが、我が儘は言っていられない。


「ときに……アマリア嬢。そちらにいる青年と少年はそなたの恋人と息子だと聞いたが、紹介してもらってもよいだろうか」


 アマリアが娘だと暫定したからか、公爵の口調は一気に穏やかなものになっていた。アマリアも肩の力を少し抜いて頷き、ソファの後ろに立っていたレオナルドとユーゴを招いた。


「こちらは、恋人のレオナルドです。ギルドの傭兵で、今は私たちと一緒に暮らしています」

「お初にお目に掛かります、公爵閣下。お嬢様と交際しております、レオナルドです」


 進み出たレオナルドは、朗々とした声で挨拶をした。彼は孤児だから、名乗る家名がない。「ギルドの傭兵」「家名なし」というだけで、彼の社会的身分はある程度察しが付いたことだろう。


(公爵様は、どんな反応を……)


 緊張しつつ公爵の方を伺ったが、彼はしばし沈黙した後、ゆったり頷いた。


「……ギルドの傭兵ということは、戦いの才能があるのか」

「多少ではありますが。魔法の心得がないので、その分剣術でお嬢様をお守りする所存です」

「うむ、男は強いに越したことはない。私は魔法の才能はあるが剣術はからっきしなのだ。己の力で女性を守れる才能が羨ましい。そなたのこと、頼りにしている」


 続いて公爵は、レオナルドの足に掴まってじっと自分の方を伺っているユーゴへ視線を向けた。


「……そなたが、ユーゴか?」

「……はい。はじめまして、公爵様」

「ああ、初めまして。利発そうな子だ。……レオナルド殿とよく似ているが、親子ではないのだろう?」

「は、はい。ユーゴは養子で、私やレオナルドと血のつながりはありません」

「そうか。……ユーゴよ、そなたは母親のことが好きか?」


 公爵が穏やかな声で問うと、ユーゴはしばしじっと黙した後、頷いた。


「……大好き、です。ずっとずっと、ママとレオナルドと一緒に暮らしたい、です」

「うむ、よい返事だ。……アマリア嬢、先ほども言ったが、私には今になってそなたの父親を名乗る資格はない。そのようでは、ルフィナに『都合のいい男』と叱られてしまうのでな」


 公爵は少しおどけたように言った後、ソファの背もたれに身を預けた。


「……本当は、ルフィナに生き写しのそなたを側に置いていたい。だが、そなたは既に田舎で生計を立てているそうだな。そなたは……レオナルドやユーゴと共に暮らしていて、幸せか?」

「はい。三人で暮らすことこそ、私の幸福です」


 舌を噛まず、早口になることもなく、はっきりと宣言する。


 アマリアの幸福は、毎日きれいなドレスを着て食べきれないほどの料理に囲まれることではない。

 娘と出会えて喜んでいる様子の公爵には悪いが、アマリアの幸福はここにはない。あるのは、レオナルドが、ユーゴが、エヴァが、ブルーノがいる、あの集落なのだ。


 公爵はゆったりと頷くと、肘掛けに頬杖を付いた。


「そうであろうな。……トビアスの急な提案だったようだが、そなたたちが会いに来てくれたこと、誠に感謝する。せっかくなので公爵家でもてなすが、その後は責任をもってそなたたちを自宅まで送り届けよう」

「……あ、ありがとうございます!」

「……その顔も、ルフィナそっくりだな」


 公爵は目を細め、笑顔の中でもどこか寂しそうにアマリアを見ていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ