32 決意の出発
翌日、アマリアはレオナルド、ユーゴ、院長先生と並んで座り、トビアスと向き合っていた。
「お話はまとまったでしょうか」
穏やかな笑みを浮かべるトビアスに問われ、アマリアは頷いた。
「コルネート公爵にお会いしてはどうかという件ですが……今から私が申し上げることを全て受諾していただけるのでしたら、呑んでみようと思います」
「そうですか! それは僥倖です。なんなりとどうぞ」
「まず、私とこちらにいるレオナルド、ユーゴの三人で向かいます。客室なども三人用の部屋を使わせてもらいます。また――」
ポルクへの連絡、ギルドへの連絡と休暇延長に関わる事務手続きや今後のレオナルドの傭兵活動に支障がないよう取りはからうこと。道中や滞在中の経費は全て公爵家持ち。
公爵家に着いた後、アマリアたちの意に添わないことはしないこと。公爵家の使用人やトビアスの両親などの対応や振る舞いによっては、すぐに撤退させてもらうこと。訪問終了後は院長先生に手紙を書くので、それが届かなかった場合は相応の報復があること、養子であるユーゴについて詮索しないこと、などだ。
(報復、に関しては院長先生からの提案だけれど……)
これでいけるのだろうか、と思いつつ提案を述べ、不足があればレオナルドが付け足す。
トビアスは最初目を白黒させていたが、アマリアの話を最後まで聞くと真面目な顔になり、頷いた。
「……かしこまりました。あなた方の予定を潰して公爵家にお招きすることになりますし、全ての要件を承諾いたします。金銭に関してはまずは私の金庫から使い、両親との話し合いによっては公爵家から出させていただきましょう。……保証人はグラシエラ殿でよろしいでしょうか」
「……トビアス殿もご存じのように、コルネート公爵家は事情があるとはいえ一度、わたくしやルフィナと交わした約束を破りました。現公爵夫妻が存命の間は決して許すつもりはないということを、重々承知しておきなさい」
院長先生の言葉は容赦がない。さしものトビアスもびくっと身を震わせ、「……両親にもそのように伝えます」と強張った表情で返していた。
(約束を破った……それはきっと、お母さんが公爵と離縁したってことだろう)
トビアスが院長先生の前で誓約書を書くのを見ながら、アマリアは考えた。
(やっぱり、力関係だと公爵家よりも院長先生――修道院の方が強いんだ。強いから、私が生まれたことも、ずっと隠し通すことができた)
それは間違いなく、ルフィナと公爵の娘であるアマリアを守るためだろう。
(……偶然が重なったとはいえ、隠し通すことができなくなった。それなら、きちんと向き合いたい)
最後にアマリアもサインをし、公爵家の執事であるアダンが複写を作った。原本を院長先生、複写をトビアスがそれぞれ持ち、書類入れに収める。
「では……早速参りましょうか。王都にあるコルネート公爵家本邸まで、馬車で二日ほどです」
立ち上がったトビアスが言った。レアンドラ王国の西に位置するこの修道院から王都まで二日ということは、あの豪奢な馬車はかなり速度が速いようだ。レオナルドがギルドから借りてくれた馬車なら、五日近く掛かるだろう。
その後、慌ただしくアマリアたちの荷物が運び出され、挨拶にも回ることになった。ユーゴは孤児院の女の子たちに「ユーゴくん、けっこんして!」と花の茎で作った指輪を手に追いかけ回され、「おれ、人間が怖いって思ったのは初めてだ」とげんなりしていた。
昨日見かけたときから大きいな、立派だな、と思っていた馬車は、内装も立派で広かった。幌馬車は荷物を載せたら三人がなんとか寝ころべる広さだったが、こちらの馬車は内部が一つの部屋であるかのように凝っていて、ふかふかのベッドまであった。外観以上に内部が広く感じられるので、空間魔法か何かでも使っているのかと思ってしまう。
アマリアは貴族の生活をよく知らないのだが、トビアスはここまで来る際に馬車一台ではなく、使用人が乗ったり日用品を載せておいたりするための馬車をもう二台連れていた。しかしその馬車はほとんど空っぽらしく、「わたくしはこちらに移りますので、三人でゆるりとお使いください」と言われた。貴族の金を使う場所がよく分からない。
「うっわ、すごいふかふか! 貴族ってこんなのばかりなの!?」
「……どうかしら。私も貴族様の生活ってよく分からないから」
ベッドに飛び乗ってふよんふよんと遊んでいるユーゴが言うので、アマリアは正直に答えた。
貴族にも色々ある。だが、公爵家の名を冠するのはレアンドラ王国でも五家ほどで、どれもが王家の血筋であるとされている。昨夜院長先生に聞いたところ、コルネート公爵家はとりわけ歴史が古く、長きにわたって王家を支えレアンドラの繁栄を助けてきた存在なのだという。
(……でも、そんな偉い人と田舎のシスターだったお母さんが結婚できるものなのかな?)
レアンドラは近隣諸国と比べると、身分による強制が弱い方だ。下級の貴族であれば裕福な一般市民と結婚することもあるし、平民が貴族の令嬢を娶って一代限りの貴族の名を得ることもあるそうだ。
だが、公爵家となるとさすがにそうもいかないだろう。しかも両親は一度結婚したものの離縁し、父は侯爵家の令嬢と再婚、母は一人修道院に戻って娘を生んだという対応の差である。
(……この辺も、やっぱり知りたい。どうしてお母さんが一人で私を育てることになったのか。それに……私のお父さんが、どんな人なのかも)
馬車が動き出した。ベッドの上に不安定な格好で座っていたユーゴがころんと転がりそうになったので、レオナルドが片手で抱き上げて膝に載せてやった。ユーゴは「レオナルドの膝は硬い!」と文句を言っているが、なんだかんだ言って尻の収まりのいいところを探してちゃっかり座っていた。
(……無茶はしない。でも、お母さんの思いを――無念を少しでも晴らせるなら)
アマリアは顔を上げる。
「その目は、お父様譲りかしらね」とよくシスターたちに言われていた濃紺の目は、強い意志の光を宿していた。




