31 安心できる人
夕食の後でアマリアたちは院長先生に、明日トビアスに交換条件を出した上で同行を考えてみることを申し出た。院長先生も、「それがいいでしょう」と言ってくれ、話し合いの場に同席してくれることになった。
……そして、客室に戻り、寝支度を整えた後。
「はい、おやーすみー!」
いつもならもうちょっとぐずぐずしそうなユーゴが、驚くべき速さでソファに直行し、座面に飛び込むなり毛布を被って芋虫のように丸くなってしまった。慌てて近づくが既に寝息が聞こえているので、本当にここで一人で寝るつもりのようだ。
「……どうしよう」
「寝てしまったのなら、移動させるのもかわいそうですし……僕たちも寝ましょうか」
レオナルドも少し戸惑い気味だが、アマリアを寝室に誘ってくれた。
昨日までユーゴと一緒に寝ていたベッド。レオナルドはアマリアよりも身長があるので、ソファに寝ると足が飛び出してしまう。だから、大柄な彼こそベッドを使うべきだとは思っていたのだが……。
(まさか、旅先でレオナルドと一緒に寝ることになるなんて……)
ちらっと隣を見ると、レオナルドは肩をすくめ、ベッドに座った。アマリアも腰を下ろし、靴を脱ぐ。
「あっ、アマリアさんが奥に寝てください」
「えっ?」
「壁側なら落っこちることもないでしょう? ……それとも、何かあったときのためにこちら側に寝ておきます?」
レオナルドがアマリアのことを気遣ってそう言ってくれたのだと気づき、アマリアはふるふると首を横に振った。
「……いいえ、大丈夫よ。私、できるだけ小さくなって寝るから、レオナルドは思う存分体を伸ばしてね」
「そんなに気を遣わなくていいですよ。傭兵の仕事をしていたら、ベッドで寝られることさえありがたいくらいなんですから」
「今は傭兵の仕事をしているわけじゃないもの。だから、たまには甘えてちょうだい」
アマリアは強く言い、ベッドに這い上がって壁際の方で丸くなった。これくらい小さくなれば、レオナルドが両手両脚を広げても大丈夫だろう。
しばらくしてぎしりとベッドの表面が軋み、「んっ」と小さな声を上げてレオナルドがアマリアの背後で横になる気配がした。ベッドサイドの明かりをレオナルドが消すと、寝室を照らすものは窓から差し込む星明かりのみになる。
寝てしまえば、朝になる。それは一人で寝るときやユーゴと一緒に寝るときと、何ら変わりはない。
……そのはずなのに。
(ど、どうしよう! 全然寝られる自信がない!)
目を閉じてもちっとも体は休まらないし、背後から聞こえる自分以外の人間の呼吸の音に、耳が敏感に反応してしまう。
ユーゴのときは、こんなことにはならなかったのに。
「……アマリアさん」
まんじりもせずにいることに気づかれたのか、少し掠れた声がアマリアの名を呼ぶ。びくっと身を震わせてしまったので、寝たふり作戦はできそうにない。
「……どうしたの?」
観念して問うと、ぎしり、とベッドの板が軋んだ。
「……抱きしめてもいいですか?」
懇願するような声に、ひぅ、とアマリアの喉が鳴った。
レオナルドに抱きしめられたことは、何度もある。彼のたくましい腕に抱き寄せられると、どきどきするけれどとても安心できて、幸せな気持ちで胸がいっぱいになった。
(でも……今するの? これから寝るというときに? ベッドの上で?)
目を開いて考え込むアマリアの背中を見てどう判断したのか、くすっと笑う声が聞こえた。
「……すみません、困らせちゃいましたか? ただ……せっかくあなたと同じベッドで寝られるのだから、あなたを抱きしめて寝たいと思ってしまいました。そっちの方がお互い安心できるかな、と」
「……」
「……嫌でしたか?」
「……嫌じゃ、ないわ」
「では、抱きしめてもいいですか?」
「……恥ずかしいから、後ろからなら」
「嬉しいです」
ふわっと微笑むレオナルドの顔が見えた気がする。
ぎしぎしと音を立て、レオナルドが近づいてくる。そして、左腕がアマリアの腹部に回り、遠慮がちに抱き寄せられた。
どきどきしていたアマリアは、抱き寄せられたことで背中がレオナルドの胸板にぴったりと寄り添ったことに気づき、一瞬身を強張らせてしまった。だが、空いている方の手で優しく髪を撫でられ、吐息に首筋を撫でられていると、驚くほどあっさり体から力が抜けていく。
「……レオナルド」
「痛いとか、寝心地が悪いとか、僕の腕が重いとか、そういうことはないですか?」
「ないわ」
そっと手を回し、アマリアの腹に添えられたレオナルドの手に重ね合わせる。
普段グローブを装着している大きな手の甲はごつごつしていて、指先の感触だけでも血管が浮き出ていることや骨張った手触りがよく分かった。少し指先に引っかかるのは、古傷か何かだろうか。
「……不思議。すごく、安心できるわ」
「本当ですか? 僕も、とても幸せな気持ちです」
とく、とく、と背中越しにレオナルドの脈動を感じる。速すぎず遅すぎないその脈拍は、彼もまた安心しているという証だろうか。
「……おやすみ、レオナルド」
「おやすみなさい、アマリアさん」
言葉に続き、髪の隙間から首筋にキスを落とされた。くすぐったくて愛おしいその感触に微かに身を震わせた後、アマリアは目を閉じる。
その日、見た夢の内容は、翌日になると忘れていた。
だがとても幸せな夢だったということだけは、漠然と覚えていた。




